前編-5-

「……くそっ!」


 更に数日後、計画通りにいかないことに苛立ち、スマホをベッドに放り投げる俺がいた。この態度からわかるようにアイからの反応は一切ない。

 何故だ? 何故、上手くいかない? その自問に対して自答ができない。

 もしかして、本当に何もなく、アイのダイレクトメールも誤送信で、これからは平穏な――と甘美な思考が過ぎりそうになる。だけど、その度に気を引き締めて、それを全力で否定した。そんな都合よくいくわけがない。偶然であんなダイレクトメールが届いてたまるか。

 とはいえ、俺もいつまでも自由に動けるわけではない。現在は会社を休職しているが、その主たる原因だった不眠症も改善の傾向にあった。下手すれば三ヶ月の休職期間よりも早く復帰もありえる。

 生きていくには金がいる。金を得る為には労働をしなければならない。これだけはどれだけ抗っても変えられない現実だ。アイへの――対処を終えても、俺の人生は続く。そうなれば仕事と金は必要不可欠だ。復職して給料が気にくわなければ転職すればいい。いずれは小説家で生きていくのだからバイトで食いつなぐも有りだろう。

 問題は仕事が始まれば、休憩時間などの合間でアイへの対処を考えなければならない。仮に『何か』を決行するときに有給休暇で休めば、怪しまれるような気がする。

 だから、この休職期間中に終わらせたい。


「だが、ここまで相手が反応しないのも不可思議だ。何かを待っているのか……例えば、仕掛けるタイミングが別にあるとか」


 アイは俺が脅されるのが最も嫌だと感じるタイミングを待っている、としたらそれは……


「おっ!」


 先程、ベッドに放り投げたスマホが震えたので俺は飛びかかるようにダイブして、それを拾う。通知欄にはダイレクトメール……ではなく、普通のメールが一通。舌打ちを鳴らして、中身を確認すると、同時に俺の中で合点がいった。


「アイはこのときを待っていたんだ」


 メールの件名には、


『受賞式の開催について』


 と記載されていた。今回佳作をとったので受賞式の案内が編集者から届いたのだ。

 アイはこのときを待っていたんだ。俺が最も邪魔されたくない、小説家として一歩を踏み出す――この日だ。輝かしい日とそこから小説家となる俺は、この日に脅されればその内容を承諾してしまうだろう――想定していなかったなら。


「逆に利用するんだ、この日を。この日に待ち構えて――終わらせる。そして、俺の小説家としての日々が始まるんだ」

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