前編-4-

『受賞のご褒美に少しお高い万年筆を買いました。前から欲しかったんですよ』

『パソコンも買い替えようかな? 今のやつ、長いこと使ってるんだよなぁ』

『本格的に小説家として生きていくにはどうすればいいんだろう? 今度、編集者さんに会ったら詳しく聞きたい』


 俺はSNSにそのような投稿を定期的にするようになった。さも自分が周囲より頭一つ飛び出て、それをアピールしたり、悩んでいたりする投稿だ。受賞したことには違いないがまだスタートラインにも立っていない未熟者なのに、周囲とは違うことへの優越感に浸る勘違い野郎を演じる。すんなりこのような投稿が出来ることに、元々こんなことをしたかったんだろうな、と自身の中で承認欲求が満たされていることを感じながら腑に落ちる。

 受賞のときの投稿とは比べ物にはならないが、こんな投稿にもコメントはわずかながらついた。


『ご褒美良いなー』

『仕事道具は大事ですからね』

『同じ物書きとして分かります。悩みますよね。私はまだ受賞経験はありませんが、私が思うに――』


 これまで親しくしてきた人は、これまで通りコメントを。一方で全く知らない奴もコメントをくれた。こんな俺に擦り寄っても甘い汁なんてないし、あったとしても恵んでやる気なんて一切ないのに。

 まぁ、そんなことはどうでも良い。俺が欲しいのは特定人物のコメントだ。ダイレクトメールを送ることも考えたが、それをするとこちらの焦りが勘づかれ、より反応をしない可能性も考慮して送ってはいない。だから、アイへのダイレクトメールは『何か知っているんですか?』で止まっている。ここで止まっているからこそ、このアピールは相手を苛立たせて、俺の余裕をなくす為に動いてくることを期待しているのだが。

 こちらが焦っている振りをして色々送ることも考えたが、この策は最終手段だろう。ストーカーや誹謗中傷被害を訴えるような動きをされると厄介だ。

 とりあえず、今出来ることは疑似餌として相手が食いつくまで派手に動くだけだ。俺は自意識の高い勘違い野郎の投稿を続けた。目標があれば、それが原動力となり俺を突き動かした。すると、余計なことを考えなくなったおかげか不眠症も少しは改善されてきた。俺を不眠症にまで追い詰めた存在が、その存在を消す為に動くことで回復に向かうとは皮肉なもんだ。


 さぁ――食いつけ、食いつけ、食いつけ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る