第四章 最終結果
前編-1-
御久良山に行った日から、一ヶ月が経とうとしていた。あの日から俺は一日の大半を寝室のベッドで布団にくるまり、座って過ごすことが多くなった。
まず家の中に監視カメラや盗聴器がないかを専門業者に依頼して調べってもらった。結果は『そんなものは存在しない』だった。ごちゃごちゃとアンテナのような専用道具出して調べていたので信憑性はあると思うし、信じる他ない。
そうなれば、アイは何を見て、あのようなダイレクトメールを送ったのだろうか? 家の中に監視カメラも盗聴器もないとなれば外から見られていた、と判断するのが妥当だろう。ストーキングをされている可能性もある。そう考えると外に出るのが怖くなった。もしかしたら、眠った隙に家に入られるのではないかと考えるようになり、寝るのも怖くなった。
結果、不眠症となり病院へ入退院を繰り返す始末だ。もちろん病院の先生には相談した。
「誰かに見られている気がする」
「周囲の視線が怖い」
それに対する医者の回答は、
「そのようなことをおっしゃる方はよくいるんですよ、貴方だけじゃない。でもね、そのように思う方々の九割は気のせいなんですよ」
と、じゃあ残りの一割が俺だ、と叫びたくなる見当違いの回答だった。医者なんだからしっかりと考えて回答して欲しいものだが、俺自身も何故そのようになったか……その本当の理由を話さないのだから責めることもできないでいた。
会社には医者に診断書を出してもらい休職させてもらうことにした。期間はまずは三ヶ月。そこから復帰出来るかは医者と相談して決めることになっている。
今は社会が弱者を見捨てないようになっているのだと痛感した。結果を残し続けていた頃は役に立たない社員なんて切り捨ててしまえば良い、と思っていたけど今はその救済のシステムに救われている。皮肉なもんだ。まぁ、戻ることが出来たとしても会社に居場所があるかはわからない――いや、一度このような状態になった人間に重要な仕事を任せるわけがない。プロジェクトが大詰めになったところで、また倒れられた……そんなことになったら洒落にならない。会社はそんなリスクを冒さない。戻れたとしても自主的に退社してもらえるように当たり障りのない仕事を任されるか、頃合いをみて遠くに左遷するような辞令が出るのだろう。
「――あっ。はぁ、はぁ、くそ……」
不眠症とはいえ、全く寝ないわけじゃない。座りながら、五分から十分。長いときで三十分の浅い睡眠をしては体がびくり、と反応して目を覚ます。
そのあとにすることは決まっている。スマホの確認だ。アイからのダイレクトメールが届いていないか確認し、何もないことに苛立つことの繰り返し。
『何か知っているんですか? 何を知っているんですか?』
俺は覚悟を決めて、アイに返信をした。しかし、それに対する返信は未だに届かない。毎日、毎日スマホのチェックはしている。さっきみたいに少し寝てしまったときもそうだし、それ以外では肌身離さず持ち歩いている。お陰様でスマホが震えていないのに、震えているように感じてしまう。マナーモードなんて解除しているのに馬鹿な話だ。
「返信してこいよぉ……」
嘆くように、恨むように呟く。俺にとってはアイの返信が全てだった。
忘年会のあとの記憶は戻らない。あの悪夢が現実かどうかもわからない。夢カタルを殺害したのかもわからない。埋めた場所もわからない。何にも知らない、わからない。
だから、何かを知っているアイの返信がこの状況を打破してくれるはずなんだ。良い方向か、悪い方向かはわからないけど。
あと夢カタルの現状についても調べてはいる。そもそも、彼が元気にSNSに何かしら投稿すれば俺が気に病むことなんてなく、全て解決するんだ。だけど、それもない。ずっとない。
夢カタルが持っている情報発信関係を全て調べても、彼の更新はあの日からずっと止まったままだ。ネットのざわつきも止まらない。彼のファンも心配、疑惑、邪推、無神経な投稿を続けている。
『忙しくて更新とかできないとしても、そろそろ何かしらの発信がないと変じゃない?』
『作者失踪シリーズ?』
『書籍化、アニメ化が決まっていて失踪は洒落にならない』
『警察案件?』
『過労死したのに出版社が公表していないんじゃない』
『炎上の件もあったしな』
憶測が憶測を呼び、それを咎める人も情報がないのでSNSは荒れている。この中で本気で夢カタルのことを心配している人は何人いるのだろうか。そう思うと彼が少し不憫に感じると共に、今この世で一番彼の安全を願っているのは間違いなく俺だと気づく。
『何か知っているんですか? 何を知っているんですか?』
アイに送信したダイレクトメールを見て、脱力したように手を放り出し、スマホを見ることを諦める。やはりここはアイからの返信を待つしかない。それ以外、俺に出来ることなんて……すぅ、と意識が遠のく。勝手に瞼が閉じて、その闇に吸い込まれる。あぁ、眠たい――
そのときだ――けたたましく、スマホの着信音が鳴り響いた。
「うわぁぁぁぁ!」
想定外の音に遠のきかけた意識は強制的に現実へと引き戻された。体がびくんと跳ね上がり、心臓はドン、と大きく内側から強く叩いた。あとはそれを一定のリズムで叩き続けている。
「だ、誰だ?」
着信は長く、どうやらメールなどの通知ではないようだ。おそらく電話だ。俺は会社からかな、と思い、スマホの画面を見る。しかし、
「だ、誰だ……」
画面に表示されているのは見覚えのない電話番号だった。
まさか、アイが直接電話を――いや、何で電話番号を知っているんだ? 教えた? いつ? いや、そんなことはどうでもいい。出ないと、切れてしまう前に――
俺は震える手でスマホの着信に対応する。
「も、も、もしもし?」
声は震え、かすれていた。相手の返答を待つが、わずかな沈黙が無限のように長く感じ、思わず固唾を飲む。
がやがや、と人が忙しなく動くような何処かで聞いたような音――あぁ、これは会社の音だ。無秩序だが周囲に気を使い合う音。そう感じたとき、相手の声が聞こえた。
「あぁ、すみません。私、英集社の坂井、という者ですが――」
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