後編-2-

 俺がいたのは真っ暗な空間だ。深い、深い泥の中を泳いでいる感覚だった。一つ、一つの挙動が億劫で、ねっとりとした粘りのある黒い泥が身体に纏わり付く。それでも、俺は腕を伸ばす。両手で『そいつ』の首を掴む。そして――力の限り締め付けた。

 相手の皮膚に爪が食い込んだ。それにより皮膚が破れ、血が垂れてくる。可能な限りの力を入れているので、俺の腕は力みすぎて震えていた。


「ごぉぉぉ。ごぉぉぉ」


 俺が首を絞めている相手は何か言葉を発しようとしているが、上手く言葉には出来ず、濁った音を吐き出し続けていた。


 うるさい。うるさい。うるさい。

 黙れ。黙れ。黙れ。


 俺はその音が止まることを願いながら、祈るように力を振り絞る。それはまるで神に願うように手を組むポーズを彷彿とさせた。

 無限にも感じる時間の中で、俺は相手の首を絞め続けた。そして、濁った音が止まり、相手の身体がだらりと力をなくした。


 次の瞬間――俺は安堵ともに泥に沈んだ。そして、俺は闇に身体を委ねる。これで良いんだ――と思ったが、闇が晴れていくとそこは山奥だった。深夜の鬱蒼とした場所で人工的な光も月の光も届かない。それでも明かりが必要なので車のフロントライトで作業場所を照らしていた。

 俺は寒空の下、シャベルで必死に穴を掘っていた。湯気が出るぐらいに身体が熱い。汗をかいているので、服が貼り付いて気色悪い。早く終わらせて、シャワーを浴びたい。頭の中はそんなことしか考えていない。現実逃避なのだろう。それでも、俺は手を止めることなく穴を掘り続けていた。


 次の瞬間。再び、視界が暗転した。


 時間が経過したのだろう。そのときの俺は穴を掘ってはいなかった。寧ろ逆だ。シャベルで掘り出した土をすくっては穴に放り投げていく。単調作業の繰り返しだ。先程より運動量が少ないので身体は熱を失っていて、汗冷えしていた。


 寒い、寒い。早く、終われ。


 唇を真っ青にして震わせながら呟く。

 俺は必死で『それ』を埋めている。見つからないように。二度と光が当たらないように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る