後編-1-
年末の仕事が落ち着いた金曜日の夜に俺達の部署の忘年会が開かれた。場所は駅前にある中華料理店。既に何度か利用したことのある店で、味もメニューの豊富さも無難だ。円卓が並ぶ座敷で、早く来た者達は上司が座る場所を推察すると、出来るだけ離れた席に座る人、媚びを売る為に近くに座る人、どうでもいい人、とそんな感じで席は埋まり、忘年会は定刻に始まった。
まずはドリンクの注文で瓶ビールが数本運ばれ、アルコールが飲めない人は個別に注文。そして、手元にドリンクが行き渡ると部長が労いの言葉つらつらと語って、乾杯で宴会はスタートした。みんなでシェア出来る唐揚げや酢豚、えびチリなどが大皿で運ばれてきて、各々が小皿に移し、食べながら歓談。
「うん、いつもの味」
「幹事にはもっと店の選択で冒険してほしいよな」
幹事をしない部長や課長からそんな無責任な言葉が交わされるのも、いつものことだった。どうせ冒険したとしても、そこの料理やドリンクの味やメニューの内容が気にくわなかったら場の雰囲気も微妙になって、そのあとも会社でネチネチ言われるのだ。誰が冒険するかって話だ。それなら上司達が納得した実績のある店がローテーションで選ばれるのは当然だろう。
「部長どうぞ」
「あぁ、ありがとう。それ、キミも飲みなさい」
ハラスメントに厳しい世の中になっても、上司に酒をつぐ文化はなくならない。もちろん強制ではないが、部長も人間だから酒をついでもらって会話を交わして気分が良ければ自然とその部下を覚えている。デメリットがないのだから、それをする奴は当然いる。だから、なくならない。まぁ、俺もその一人だ。一部の人間がそんな古くさいことして、と呆れた目で見ているのも知っている。だけど、俺としてはそんな考えの奴は大歓迎だ。そんな奴が多ければ多いほど、俺みたいな奴らのレアリティが上がる。どれだけ社会があーだこーだと文句を言って、規則を作っても、会社と仕事は人と人の結びつきで成立する。相手、という存在を切り離せないのだ。だから、好き嫌いや贔屓もなくならない。それなら少しでも好印象をもってもらうべきなんだ。
ただ俺としても厄介だと思っているのは酒をついだら、つぎ返されること。これがあるので、飲む量を控えていても自然と飲まざるを得ない。俺も酒に強い方ではないから、こういった飲み会は平然を装っても、そこそこ酔って辛い。
「おい、片桐。二件目どうする?」
「あぁ、俺、ちょっと予定があるんだよ」
上司に酒をつぎ終えた俺が最初に座っていた席に戻ると、隣の席でほろ酔いの同僚にそう聞かれた。
「なんだ彼女か?」
同僚がにやけた顔でそう言うとグラスに入っている泡が消えたビールを喉に流す。
「いや、友達と会うんだよ」
「そんなのいつでも会えるだろ」
「あー、なかなか会える奴じゃなくてな」
「へぇ、こっちが地元とかそんなのか」
「そうそう」
対応が面倒なので、適当に相手の言葉に合わせる。疑問がなくなれば話も続かない。
「というか、俺からすれば上司と飲むことの方がいつでも出来る」
「そりゃそうか」
「お前は二件目も行くのか?」
「あぁ、媚び売ってくる」
「飲み過ぎて暴走するなよ」
「あはは、気をつけるよ」
会話のペースを奪って、こっちが主導権を握ると自然と俺への追求はなくなった。少しふらつく頭をこめかみを押して支えると、ポケットからスマホを取り出す。あと三十分でこの宴会もお開きだ。水を飲んで、アイスでも食べたら少しは酔いも醒めるだろう。
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