前編-3-

「おい、片桐。サボってんじゃねーよ」


 トイレから出てデスクのある事務所に行くと同僚から声をかけられた。自分でも長くトイレに籠もっていたように思ったが、腕時計を見ると十分ほどしか経っていない。一本の煙草を吸う為に当たり前のように三十分は帰ってこない奴らに言われたくはなかった。


「トイレだよ、ちょっと腹の調子が悪いんだ」

「おいおい、大丈夫かよ。緊張してんのか?」

「そういうのじゃないよ」


 俺は同僚の言葉に小さく笑う。


「それもそうか。もう何度も受賞してるもんな、社長賞」

「……まぁな」


 俺はデスクの椅子に座るとスリープ状態になっていたパソコンに慣れた手つきでキーボードを叩いて、パスワードを入力した。寝ぼけたようにのんびりとデスクトップ画面が起動し、最小化されていたメールソフトをクリックして最大化にする。受信ボックスには一件のメールが届いていた。


 件名:本日の社長表彰の件

 本文:片桐殿

    いつもお世話になっております、総務課の北垣です。

    表記の件、本日(十五時から)開催の受賞式は十五分前には会場に

    招集するようにお願い致します。

    以上、宜しくお願い致します。


 メールを閉じるとモニターの右下に表示されている時間を確認する。先程、腕時計で確認した時間と変わらない十四時を五分ぐらい過ぎている。俺は緊張も不安も高揚も感じることなく、寧ろ、先程堪えた嫉妬が残っていることを感じながらも、それを誤魔化すように短時間で処理出来る雑多なタスクを片付けていった。

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