僕の音楽を聞く君の涙の理由

八雲玲夜

プロローグ 『ピアノを弾きたい』

音楽は時に人の心を強く揺さぶる。


僕もその1人だ。ある日、あるアニメの曲をフルで聞いた。その歌詞に込められた意味を僕は知った時、僕はその曲に胸を撃ち抜かれた。


僕は音楽が好きだ。


特にピアノとギターが好きだ。あの落ち着いた優しい音色がものすごく好き。


だけど、僕の両親は音楽の道に進むことを許してくれなかった。


僕の父さんはゲーム開発者で、世界でも有名なゲームを手がけたクリエイターだ。


父さんは僕にゲームの知識を1から叩き込んでくれた。プログラムから始まってほぼ全ての知識を高校に行くまでに叩き込まれたはず。


それでも僕、柊侑は音楽に憧れた。


1度でいいからピアノを弾いてみたい。自分の音を出してみたい。


僕の通う自由な校風と選考の多様さで人気の高校、蒼聖学園。


存在する部活動の数は僕の知っている範囲で約600個。部活、同好会、その他諸々含めてこの数なため、異常なのは言わずもがなである。


音楽関係の事をやりたいのであれば部活に入るのが手っ取り早いのだが、あいにくこの学園の所属条件は親の申請書への署名が必要なことだ。


親に音楽関係のことを拒否られている僕にとってこの条件が唯一の障害である。


そのため無所属として、帰宅部となっている。


だからこそ、僕は学校にある3つの音楽室の内、1つの空き教室を使用しようと思ったのだが――


「柊侑さん、音楽室の使用許可は?」


「えっと……」


こんな感じで生徒会長にバレてしまった。


というのも僕が無断で音楽室を使用していることを知っている人はいない。


もし先生に知られた場合は部活への所属を進められるからであって、そうすれば必然的に親には知られる。


それだけは何としても避けなくてはいけなかった。


ありがたいことにこの学園の音楽室は全て超防音素材で出来た壁を使用しているため、よっぽどの事がない限りは廊下に音が漏れることは無い。


ただ、その時の僕は何も考えておらず、音楽室のドアを半開き状態でピアノを弾いてしまった。


その結果、見回りに来ていたであろう生徒会長、鈴城杏奈さんに見つかってしまった。


鈴城さんは僕と同じ2年2組の生徒で、この学園の生徒会長だ。


冷徹で校則には厳しいのだが、生徒が望むことは最善を尽くしてくれる我が学園の誇れる生徒会長である。


その人望もあって、理事長からの信頼も厚い。


「説明して貰えますよね? 無断で音楽室を使用していたことの」


「あっと〜……お疲れ様です?」


「はい、お疲れ様です。で、説明」


「……」


アルカイックスマイルで圧をかけてくる鈴城さんに僕は言い逃れは出来ないと悟った。


これは言い逃れは出来そうにないな……


「すみません……」


「私が求めているのは説明なんですが」


「……その、音楽が好きで、家で楽器を弾けない代わりに、放課後にここで弾いていたんです」


「わざわざここで弾かなくても、うちには軽音部や吹奏楽部、さまざまな音楽関係の部活があると思いますが? それでもここで、無断で使用することに意味があると?」


この人案外しぶといな……


言い逃れさせないうえに更なる説明を求めてくるとか、僕はどうしたらいいんだ。

できれば家の事は話したくないし、出来る限りこのことを人に知られたくはない。


「……鈴城さん」


「はい。何でしょう」


「僕にとってこの場所で、一人でピアノを弾くことは意味がる事です。理由は詳しくは話せないんですけど……それでも、誰かに知られたくない事なのは確かです」


「……本来であれば自身の教室、その他の選択教室のみ許可の有無に関わらずの入出はありとしています。ですが、ここの様に芸術科目、もしくはそれ以外の関係のない教室に無断で入り、挙句の果てにその教室の物を無断で使用するということは原則許されていません。それはおわかりですよね?」


「……」


何も言い返せない。

確かに僕は無断で音楽室に入り、更にはピアノを無断で使用していた。どうやっても僕が悪い。


規則を破り、それを内密にしてくれと生徒会長にお願いしているのだ。そんなのまかり通るはずがない。


生徒会長、鈴城さんの言ったことは全てであり、至極真っ当の事で僕には言い返す余地はない。


ここは諦めるしか――


「ただ、私はこの蒼聖学園の生徒会長。つまりはこの学園の教育理念に憧れている身であります。生徒はのびのびと個性を伸ばすべきだと、私は考えています」


「でも、僕は無断で音楽室を……」


「確かに、規則は破ってますね。でも、それは表面上だけでしょう」


「え……?」


表面上?

どういうこと?


僕の頭の中にはこれでもかというくらいに、はてなマークが浮かんだ。


「規則を守ることが豊かな学園生活に繋がると私は考えていません。規則というのはまず大前提として存在価値なんてありません」


「存在価値が、ないって……え?」


「規則があるのは、放っておくと好き放題やる人がいるからです。全員がしっかりと考えた上で行動すれば問題も起きることはないですし、規則を作る意味なんてさらさらないんですよ」


「確かにそれはそうですけど……」


「それに、全ての人が規則を破るとは考えられないです。あなたの様に人に言えない事情があって、やむを得ず規則を破ってしまっているという人も大勢います。現にあなたは規則を破っているという自覚がある」


確かに僕は規則を破ったという罪悪感にさいなまれながらもここでピアノを弾いている。


「人にすべての行動を頭で考えながら行えと言ってもできる人んていません。もしいるとしたら、余程マイペースな方なのでしょう。ですから、あなたが何も考えていないというわけではないことは私はわかりますので」


クラスの人が噂していたのを聞いたことがある。


鈴城さんの趣味は人間観察だと。

人の表情、態度、言葉遣い、その他の人がなす無意識の行動すべてを見ることが好きなのだという事。


この人に一度目をつけられれば思っていることをすべて悟られるのだという事。


「私の方から理事長先生の方に掛け合ってみましょう。もちろんあなたの意志があればの話ですが」


「親へは言わないでくれますか……?」


「わかりました。私の方からもお願いしてみましょう」


「ありがとうございます、鈴城さん」


「生徒会長と言ってもらいたいところですが、まぁいいでしょう。それより、今後この場所を使用する際は私か音楽の先生に許可を取るように。音楽教諭には私の方から知らせておきます」


「本当に何から何までありがとうございます」


「生徒のためです」


この人が学園中から信頼される理由が分かった気がする。

人望の厚さだ。


生徒のために生徒会長という立場を利用して、生徒を伸ばすことに尽力してくれるこの人が人から信頼されないなんてことはあり得ないだろう。

この人が生徒会長として圧倒的な支持を獲得し続ける理由なんだろう。


なら僕はそれに応えなければならない。

せっかく与えてもらえたチャンスなのだから、僕は全力で楽しまなければ。


僕の音楽は始まったばかりだ。

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