雨の日

青篝

短編です

夏が近づいてきた梅雨のある日、

傘を並べて歩く二人の少年少女。

雨は好きだと言いながらも、

梅雨の時期は嫌いだと

少女は矛盾したことを言う。

詳しく聞いてみれば、

少女が好きなのは雨自体で、

雨の振る音や景色に

心の安寧を委ねているのだが、

梅雨時期は洗濯物が

乾かないので嫌いらしい。

母親しかいない家庭に育つ少女には、

好き嫌い依然に、

生活に支障が出る方がイヤなのだ。


帰り道を歩く二人は、

いつも何かが落ちている

曲がり角までやってきた。

手袋や靴下などの衣類や

爪切り、ぬいぐるみ、お皿など、

その曲がり角には

いつも何かが落ちている。

今日は何が落ちているだろうかと

僅かな期待を胸に目を向けると、

それも少年少女の方を見た。

ビー玉のように真ん丸な瞳に、

黒い生地に白のインクを

こぼしたような柄の毛並み。

ダンボール箱の中に縮こまって、

三角に尖った耳をピクピクさせながら

全身を震わせていた。

初めてここに生き物が落ちていた。


小さな猫を見た瞬間、

少女は歩く足を止める。

少年は知っていた。

少女は犬や猫などの

動物が基本的に嫌いだということを。

なんでも、動物達のことを、

人間よりも圧倒的に

『下』の存在だと思っているらしい。

過去に幾度かそんなことはないと

説得を試みたことがあるが、

少女の心には響かなかった。

しかし、今日の少女はどうしたのか、

好きな雨の中で機嫌が良かったのか、

それともただの気まぐれか。

少女の方から猫に近づいた。


少女が猫の頭を撫でると、

猫は嫌がることもなく

されるがままになっていた。

猫はアゴの下を触られるのが

好きな子が多いと

少年が教えてみると、

少女の指が猫のアゴへ伸びる。

猫の気持ちなんて

猫にしか分からないが、

その時の猫の様子は、

とても気持ち良さそうだった。

少女はその猫を気に入り、

笑みを浮かべながら撫で続ける。


しばらく猫を撫でていると、

泣いていた空から

涙が落ちてこなくなった。

次第に太陽が顔を出し、

少年は傘を閉じる。

少女も傘を閉じると、

猫はダンボール箱から飛び出して

どこかへ走っていく。

猫の行方が気になったのか、

少女は猫を追いかけていった。

少年が声をかけても、

少女は気にせずに走る。

少年も慌てて追いかけるが、

夢中で猫を追う少女の

手を掴むことはできなかった。

少女が走っていったのは、

『事故多発!』の危険標識。


叫び声をあげるタイヤ。

直後に響く大きな鈍い音。

雨水が流れていく中に、

少女の真っ赤な涙が混じる。

少女の体を太陽の光が照らし、

天へ登る道ができた。

少年は少女に駆け寄り、

冷たくなっていく少女の体を

精一杯抱きしめたが、

少年の呼びかけに

少女が応えることはなかった。

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雨の日 青篝 @Aokagari

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