第7話 明かされた真実
フランツ様と私の婚約解消、そしてカミユ殿下と私の婚約は、瞬く間に学園中に広がった。
特に、フランツ様と私の婚約解消については、誰もが皆やはりそうなったか、と思ったようである。
一方でカミユ殿下との婚約は、当人である私が恥ずかしくなるほど、ドラマチックに伝わっていた。
おおまかな内容はこうである。
まず、カミユ殿下は入学早々に私に恋心を抱いた。
しかしながら、私にはフランツ様という婚約者がいたため、私の幸せを思い泣く泣く身を引いた。
ところが2年になると、妹であるクレアが入学し、私の婚約者は私を幸せにするどころか、私を蔑ろにしてクレアにべったり。
さらに私に対して、暴言や暴力まで振るっている状況に、カミユ殿下は耐えきれなくなり、フランツ様から見事に私を奪い取り助け出した、というものである。
カミユ殿下が私を好きになったのがいつなのか、さすがに私は知らないけれど、概ね当たらずしも遠からず、といったところかもしれない。
現に、私が腕を掴まれているところを目撃していた生徒もいたようで、生徒たちをはじめ貴族たちも皆、カミユ殿下に好意的でカミユ殿下を擁護する動きを見せた。
そのため、カミユ殿下が婚約者を奪い取った悪者のように言われてしまうことはなく、皆一様にフランツ様とクレアを悪と位置づけていて、私はそのことに非常に安堵した。
とはいえ、まるで1つの物語のように自身の婚約解消と婚約について広まるのは、恥ずかしいったらない。
「お姉さま、こんなのあんまりですわっ」
振り返れば、目の前にナイフを振り上げたクレアがいた。
恐怖で足が竦んで、動けない。
せっかくこの人生では、カミユ殿下と幸せになれると思ったのに、やっぱり上手くはいかなかったみたいだ。
そう思ってゆっくりと目を閉じたとき、なぜか知らない男性の声が聞こえた。
「シェリル様、ご無事ですか?」
「えっ?」
慌てて目を開けると、知らない男性が、クレアを拘束している。
「やめてっ、痛いわ、離しなさいっ!」
クレアは叫んで、必死に暴れているようだけれど、相手は騎士なのかびくともしないようだ。
「シェリルっ!」
私に駆け寄って来る足音が聞こえる。
振り返らなくても、声ですぐにカミユ殿下だとわかった。
「よかった、無事だった」
後ろからぎゅっと抱きしめられる。
そのぬくもりに、私はようやく恐怖から解放されたような気がした。
「君は未来の皇子妃だからね。念のため護衛をつけておいたんだけど、正解だったみたいだね」
「あ……」
こんなところでも、カミユ殿下は私を守ってくれていたのだ。
その事実がどうしようもなく嬉しいと感じてしまう。
「殿下、この者はどのようにいたしますか?」
「僕の婚約者を害そうとしたんだ。捕らえて皇宮に連れて行け。処罰は全て父上の判断に任せる」
「しょ、処罰だなんて、そんな、私は……っ」
「未来の皇子妃にナイフを向けたんだ。たとえ妹であっても、お咎めなしで済むはずはないだろう」
カミユ殿下は情け容赦ない態度で、クレアと向き合っていた。
何を言っても無駄だと、さすがに悟ったらしいクレアは、最後は力なく項垂れて、そのまま騎士に連れて行かれた。
「カミユ殿下、申し訳ございません。私の家族のことで、殿下のお手を煩わせてしまって……」
「それはかまわない。でも、たとえ君の妹でも、僕は彼女を許すことはできない。僕のシェリルを何度も殺そうとするなんて……っ」
「え……?」
私はこの時、ようやくカミユ殿下の部屋で感じた違和感の正体に気づいた。
クレアが私を殺そうとしたのは、1度だけのはずである、今回の人生に限っては。
そして、ひたむきに、婚約者であるフランツ様を見つめ、努力を重ねた私は、3度目までの人生にしかいない。
カミユ殿下が何度も願ったというのは、きっと……
「カミユ殿下、殿下も繰り返しているのですか……?」
殿下は驚いたように目を見開いた後、困ったように笑った。
「バレちゃったか……うん、シェリルには、全部話すよ」
そう言うと、カミユ殿下は私に手を差し出した。
私はおそるおそる、その手に自分の手を重ねた。
私はまたしても、カミユ殿下の部屋を訪れることになった。
前と同じふかふかのソファに座らせてもらって、目の前に座るカミユ殿下の言葉を待った。
「実はあまり知られていないけれど、皇族の血を引くものは1つだけ、特別な能力を持って生まれてくるんだ」
「特別な能力、ですか……?」
知らなかった。
私は、今とんでもない皇族の秘密を聞かされようとしているみたいだ。
「そう、第1皇子であるセドリック兄上には、未来を見る能力が、第2皇子であるフィリップ兄上には、治癒能力が。そして、僕には、時を操る能力がある」
「時を操る……?」
「少しだけ時間を止めたり、時間を巻き戻したりすることができるんだ」
「それって、まさか……」
「そう、君が死ぬたびに、時間を巻き戻して同じ2年間を繰り返させていたのは、僕だったんだ」
衝撃の事実に、感情がついてこない。
今、私は嬉しいのか、悲しいのかさえ、よくわからない。
「どうして、そんなことを……」
「君に生きて、幸せになって欲しかったから」
私とカミユ殿下は、この5度目の人生ではじめてまともに会話したのだ。
なぜ殿下は1度目の話したことさえなかった私に、そんなことを思ってくれたのだろう。
「言っただろう、ひたむきに婚約者だったあいつを見つめる君に恋をしたんだ。あいつなんかのために、きみはいつも一生懸命に努力をしていた。だからこそそんな君に見向きもしない君のあいつに腹が立つことも多々あったけれど、他でもない君があいつと結婚することを望んでいるようだったから、その努力が報われてほしいといつも願っていた」
カミユ殿下は、私が殿下をよく知らない時から、こんなにも私のことを見てくれていたのか。
「1度目の時、君が婚約破棄されたと聞いて、僕は君を探したんだ。もしかしたら、婚約破棄されたのなら、僕にもチャンスがあるんじゃないかと思って。でも、僕が君を見つけた時には、君は自殺することを選んで冷たくなってしまっていた。あれほど努力していた君が報われないなんて悔しくて、今度こそどうか幸せになって欲しいと願って、僕は君の時間を巻き戻すことにした。でも、僕が巻き戻せるのはあの日までが限界だったんだ」
私の時間をカミユ殿下が巻き戻すためには、私と殿下が知っている共通の場面でないとダメなのだそう。
そしてカミユ殿下が時間を戻せる範囲で、もっとも古い場面があの場面だったのだそう。
つまり、あの光景を私だけでなく、カミユ殿下もご覧になっていたということになる。
「2度目の時、君はもしかしたらフランツ・エルドレッドを諦めているんじゃないかと淡い期待を抱いた。けれど、やっぱり君はあいつなんかのために、それこそ1度目の時以上に努力を重ねていた。だからこそ、今度こそ幸せになれるように見守ろうと思ったのに、今度はよりにもよってあいつに殺されて……っ!僕が見つけた時には、やっぱりもう君は冷たくなってしまっていたんだ……」
その時のことを思い出していらっしゃるのか、カミユ殿下は身体を震わせ涙を流している。
私が死んでしまった時も、こんな風に私のために、泣いてくださっていたのかもしれない。
「3度目の人生も、やっぱり君はフランツ・エルドレッドを諦めてはいなかった。だから、また同じように見守っていたけれど、今度はよりにもよって、君の妹に殺されてしまった。それでもやっぱり君はフランツ・エルドレッドを諦めないのだろうと思っていた。けれど、この時はじめて君は自分から婚約解消へと動いた。それでもやっぱり、結局あいつに殺されてしまったけどっ」
「あ、いつ……?」
4度目の人生、私は自分が誰に殺されてしまったか知らないけれど、カミユ殿下は知っているみたいだ。
聞いてみようと思ったけれど、過去を思い出し、怒りに震えている殿下には、私の声は届いていないみたいだ。
「だから、今回は、僕が奪ってもいいんじゃないかと思って、声をかけたんだ」
「今まで、自分から何かを変えない限り最初の人生と違うことは1度も起きませんでした。けれど、殿下だけは違っていて、私が何もしなくても私の人生に変化をもたらしてくれました。それは、この現象事態が、殿下の力によるものだったから、なんですね」
やっと、私の中で、いろんなことが繋がったような気がした。
「ごめん、君が冷たくなった姿を見つけるたびに、僕は悲しみに耐えられなくて時間を巻き戻してた。それが、こんなにも君を苦しめているだなんて、思わなかったんだ……っ」
前回ここへ来たときは、カミユ殿下が私の隣へと座って私の手を握ってくれた。
今回は、私からカミユ殿下の隣へと移動し、その手を握ってみた。
「シェリル?」
「ずっと、何か罰を受けているんじゃないかと思ってました。でも、違ったんですね。私はこんなにもカミユ殿下に想われていたからこそ、同じ時を繰り返していたんですね」
そう思うだけで、苦しくて辛いだけだったと思っていた日々が違ったものに感じられる気がする。
だって、私は、こんなにも、カミユ殿下に愛されているのだ。
「怒っていないの?」
「はい、怒ったりしません。でも、そうですね……もっと早く声をかけてくださればよかったのに」
そしたらきっと、私はもっと早くフランツ様なんてどうでもよくなって、カミユ殿下に惹かれたはずだ。
「でも、私も悪いんですよね。いつまでも、フランツ様との婚約に拘り続けてしまったから……」
その所為で、カミユ殿下と出会えるまで、こんなにも時間がかかってしまった。
それでも、こうしてカミユ殿下に出会えて、カミユ殿下と両想いになれて、今はとっても幸せだ。
だからだろうか、苦しかった日々も、今の幸せに必要だった愛しい日々だと考えることができる。
「シェリルっ、必ず、必ず僕は君を幸せにして見せるからっ」
「ふふ、私はもう、幸せすぎるくらい幸せです、カミユ殿下」
「そんなことない!まだ全然足りないよっ!今までたくさん辛い思いをした分、シェリルにはもっともっと幸せになってもらわないと!」
カミユ殿下と一緒に、もっともっと幸せになりたい、そしてカミユ殿下にももっともっと幸せになってほしい、そう思った。
「まさか学園内に皇族だけが使える部屋があったなんて……」
「他国から重要な人物が留学なんかに来てた場合、学園の生徒の中に皇族がいたら、やっぱり対応しないといけなかったりするだろ?元はそういった時のことを考えて、準備されたものらしいよ」
でも、今は皇族の方々が、誰にも邪魔されたくない時に、使っていることがほとんどなのだそうだ。
今、その、皇族だけが使える部屋に、カミユ殿下と、そしてフランツ様と一緒に足を踏み入れている。
あの後、私は気になっていた、4度目の最後についてカミユ殿下にお聞きした。
するとカミユ殿下はその説明の場所には、フランツ様も居た方がいいとおっしゃって、3人でここへ来ることになったのだ。
「フランツ・エルドレッド、君は今回が2度目だろう?」
カミユ殿下が、確信を持って、フランツ様に問いかけた。
フランツ様は目を見張った後、こくんと小さく頷いた。
「やはり、シェリルの妹がシェリルを突き落としたあの場所に、おまえも居たんだな……」
「私を突き落としたのは、クレア、だったんですね……」
つまり私は3度目の人生からずっと、クレアに殺されるか、クレアに殺されそうになっているということだ。
随分と恐ろしい妹を持ってしまったらしい。
「僕が知っているのは、それだけだ。他の事は、憶測でしか話せない。だが、おまえは全て知っているだろう、フランツ・エルドレッド」
私との婚約が解消されて、フランツ様は随分とおとなしくなったような気がする。
もっとも、フランツ様もクレアも、学園内で向けられる目がとても厳しいものになってしまったから、あまり派手な行動をできなくなってきた、というのもあるかもしれないが。
クレアが先日私に刃物を向けたのは、そんな今の状況が全て私の所為だと考えたからだろう。
フランツ様は、何も言わず、ただ目を閉じて息を吐き出した。
それからしばらく沈黙が続いた後、ようやく当時の詳細をぽつりぽつりと話してくれた。
フランツ様の話の内容をまとめると、こうである。
私との婚約が解消され、クレアとの婚約が成立した時、フランツ様はそれはそれは喜んだそうだ。
しかしながら、伯爵家の次女として自由奔放に育ったクレアは、侯爵家の夫人となるために必要な知識や教養をいつまで経っても身につけようとしなかったのだそう。
フランツ様は再三に渡り、自分のことが好きならば、自分のために努力してほしいとクレアにお願いをした。
しかし、クレアの主張としては、自分のことが好きならば、ありのままの今の自分を受け入れてほしい、と完全なすれ違いで。
さらには侯爵夫妻より、クレアの態度は次期侯爵夫人としてとても認められない、フランツ様がクレアを選ぶのであれば侯爵家を任せることはできないと告げられたのだそう。
これに関しては単にクレアだけの所為ではなく、フランツ様もまた次期侯爵として能力が足りなかった面もありそうだけれど。
そこで、フランツ様は恋愛をするならクレアがよいけれど、結婚相手としては自分のために努力をしてくれる私の方がいいと思い始め、私と婚約を結び直すために手紙で私を呼び出した。
けれど、それをクレアが私のせいで、クレアとフランツ様の婚約が解消され、未来の侯爵夫人となる道を絶たれたと勘違いし、フランツ様より先に指定の場所に現れて、私を始末したのだという。
「なんとも迷惑な……そんなくだらないことに、シェリルが巻き込まれていたなんて……」
吐き捨てるように言った、カミユ殿下のお言葉に心底同意した。
結局自分たちの努力が足りなかっただけだ、そんな事情に私を巻き込まないでほしい。
「4度目の人生、私はクレアではなく、フランツ様とクレアに殺されていたんですね……」
「お、俺は、何も……っ」
「いいえ、きっかけはフランツ様ですわ。ご自身が侯爵を継ぎたいというためだけに、好きでもない私ともう1度婚約しようとなさったんですから」
「しかし、クレアさえ納得してくれていれば、何も……っ」
「それでも私は死んでいたはずです。再度婚約を迫られ、断れず、未来に絶望し、自ら身を投げて……っ」
そうあの場に先に着いたのがクレアであっても、フランツ様であっても、方法が異なるだけで、やっぱり私は死を迎えていたはずだ。
フランツ様は私の言葉を聞いて、肩を落とし、項垂れている。
けれど、同情する気は全くない。
「君はあの場にいたのに、シェリルを助けようともしなかったんだね」
「ち、違うっ!間に合わなかったんだ……っ」
「もう、どちらでもいいことです、カミユ殿下。全て、終わったことですから」
「君がそう言うなら……」
カミユ殿下は、まだいろいろとフランツ様に言いたいことがあったようだけれど、結局私の一言でこの件は全て終わりになった。
「もう1つだけ、聞いてもいいですか?」
「シェリルなら、いくらでも」
先にフランツ様を退室させ、部屋には私とカミユ殿下の2人きりになった。
私はそこで、あと1つ確かめられていなかったことを、聞いてみることにした。
「あの日、私が屋上から身を投げようとした日、カミユ殿下は屋上にはいらっしゃらなかったですよね?」
「うん、あの日僕は、ちょうどシェリルが飛び降りようとしている場所の、真下にいたんだ」
やっぱりそうだ。
あの場所に、私を止めることができる人は誰もいなかった。
それでも私が無事だったということは、つまり……
「今にも飛び降りそうなシェリルを見つけて、慌てて時間を止めたんだ。止めていられる時間は長くないから、急いで屋上まで駆けあがって、シェリルを安全なところまで退避させたよ」
やっぱり、思った通りだった。
「私、本当にカミユ殿下に、愛されていますね」
「わかってくれて、嬉しいな。ねぇ、キスしても、いい?」
「き、聞かないで、ください……」
「うん、じゃあ聞かない」
カミユ殿下のお顔が近づいてくるのを感じて、ゆっくりと目を閉じた。
触れるだけの優しい私のファーストキスは、私をとても幸せな気持ちで満たしてくれた。
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