第6話 打ち明けた思い
なぜ、どうして、こんなことになってしまったのだろう。
あの後、すぐに別の服を持って、数名のメイドさんが部屋に現れた。
私はあっという間にカミユ殿下が用意したらしい、先ほどよりもフォーマルな服装へと着替えさせられ、髪型も服装にあわせて整えられ、さらには涙でぐしゃぐしゃだった顔もきれいに拭いてもらって、軽くメイクまでされてしまった。
さっきとはすっかり別人になってしまった、と鏡に映る自分をまじまじと眺めていると、カミユ殿下が部屋へと戻ってきた。
カミユ殿下もまた、先ほどよりも少しフォーマルな格好に着替えていて、私はそのまま殿下に手を引かれるままについて行き、この部屋までやってきた。
そして、今、目の前の信じられない光景に、逃げ出したい気持ちを必死に抑え込んでいるところである。
「はじめまして、シェリル・アトリー伯爵令嬢」
私にそう声をかけてくださったのは、なんとこの国の皇后陛下だ。
「お初にお目にかかります、皇后陛下」
私は慌ててスカートの裾をつまんで、お辞儀をする。
声が震えてしまっていないか、それだけが気がかりだった。
「ずっと会ってみたいと思っていたの、さぁ、座って。ほら、カミユも」
皇后陛下は優しい笑顔で、私たちは部屋へと招き入れてくれた。
少なくとも今のところ、失礼なことはしていなさそうだ、とほっとする。
「母上、どうか僕とシェリルの婚約を認めてください」
「カミユ、気持ちはわかるけれど、少し待ってちょうだい」
席に着くや否や本題を持ち出したカミユ殿下を、皇后陛下が諫めた。
けれど、殿下は待ちきれないといったように、そわそわとしていらっしゃる。
「カミユがシェリル嬢を好きで好きで仕方ないのは、私もよーく知っているわ」
「えっ?」
「は、母上っ!」
カミユ殿下が私のことを大切に想ってくださっているのは、私も感じたけれど、皇后陛下が好きで好きで仕方がないなんて表現されるほどだとは、さすがに思っていなかったし、皇后陛下がそんなことまでご存知であることに非常に驚いた。
見れば、カミユ殿下は顔を赤くして狼狽えていらっしゃり、皇后陛下はそれを楽しそうに眺めていらっしゃる。
「カミユはユーリの大切な忘れ形見なの。カミユが不幸になるようなことなら、見過ごせないわ」
ユーリ……確か、亡くなった皇妃殿下のお名前だったはずだ。
思い出した、第1皇子殿下と第2皇子殿下はともに皇后陛下の実子だったけれど、第3皇子殿下だけは母親が違い皇妃殿下の実子だった。
皇后陛下と皇妃殿下は同じ夫を持つもの同士であり、さらに政治的に争わさせられるようなことも多いような立場にありながら、まるで姉妹のように仲が良かったことで有名だった。
どこかに出かける際も、皇帝陛下、皇后陛下、皇妃殿下の御三方で向かわれることが多く、至る所で皇后陛下と皇妃殿下が楽しそうに談笑する姿が目撃されたと聞いたことがある。
しかしながら、皇妃殿下は早産となってしまい、第3皇子を御産みになられた後そのまま帰らぬ人となってしまったと聞いている。
そんな皇妃殿下の忘れ形見である第3皇子殿下を、皇后陛下が実子である第1皇子殿下や第2皇子殿下よりも、非常にかわいがっており大切にされている、というのもまた有名な話だった。
今のお二人のご様子を見る限り、この噂は間違っていなさそうである。
「シェリル嬢、あなたはどうなの?カミユのことが好き?カミユと本当に婚約したいと思う?」
「母上、これは僕の……っ」
「今はシェリル嬢に聞いているの、カミユは少し黙っていて。ね、どうかしら?」
考えるまでもなく、答えなんてわかりきっている。
5度も人生を繰り返しても、私をこれ以上ないほど幸せな気持ちにさせてくれたのは、カミユ殿下ただ1人だった。
好きにならずにいられるわけなんてない、でも、だからこそ、自分がどれほどカミユ殿下に不釣り合いな存在なのかも、痛いほどわかっている。
「あなたは、好きではないのかしら?ただ、カミユを利用したいだけ?」
「ち、違いますっ!私が、こんな思いを抱くことさえ、分不相応なことは十分理解しています。それでも、私は、カミユ殿下をお慕いしていますっ」
「そう……」
皇后陛下がまるで品定めでもするかのように、しばらく私をまじまじと見つめた。
いたたまれなくて、でも、どうすることもできなくて、私はただ身を硬くして、じっとそれが終わるのを待つことしかできなかった。
「母上っ、もういいかげんに……っ」
「嘘ではなさそうね」
沈黙に耐えかねたカミユ殿下が声をあげた頃、ようやく終わって、皇后陛下がふわりと笑った。
「いいわ、認めましょう」
その一言に、ほっと息を吐き出した。
カミユ殿下は、とても嬉しそうに笑っている。
「明日、朝一でアトリー伯爵家には通達を出します。私が第3皇子の妃として、シェリル嬢を選んだと。だから速やかに、今の婚約を解消するようにと。また、同様のエルドレッド侯爵家にも、速やかに解消に応じるように通達を出します。これで数日のうちに、婚約は解消されるでしょうから、その後すぐにカミユとシェリル嬢の婚約を結びましょう」
「ありがとうございます、母上っ」
「あ、ありがとうございます、皇后陛下」
カミユ殿下がお礼の言葉とともに頭を下げたのを見て、私も慌ててそれに続いた。
そんな私たちを見て、皇后陛下はくすくすと笑っていらっしゃる。
「ふふ、カミユは本当に嬉しそうね。シェリル嬢、カミユは産まれてすぐに母親を亡くして、ずっと寂しい思いをしてきた子なの。どうか、幸せにしてやってちょうだい」
「は、母上っ!幸せにするのは、僕の……っ」
「はい、必ず幸せにすると、お約束します」
「よろしくお願いしますね」
まだ、私に何ができるかはわからない。
けれどこれほどまでに私を想って動いてくださったカミユ殿下に応えられるように、カミユ殿下を幸せにできるように、これからの人生は努力したいとそう思った。
「ねぇ、さっきの言葉、本当?」
皇后陛下とお話した部屋と後にするとすぐに、カミユ殿下はおそるおそるそう訊ねてきた。
「え……?」
「あ、違うっ!シェリルのことを疑ったわけではないんだ!ただ、その、夢みたいで、信じられなくて……」
その言葉で、ようやくカミユ殿下がおっしゃっているのが、私が殿下をお慕いしていると言ったことだと理解した。
私も、殿下に好きだと告げられた時、幸せな夢だと思ったことを思い出す。私たちは案外、似たもの同士なのかもしれない。
「本当です。殿下のことを、お慕いして……わっ!!」
言い切る前に、ぎゅーっと強くカミユ殿下に抱きしめられ、身動きが取れなくなってしまう。
「どうしよう、嬉しすぎて死んでしまいそうだ」
「そ、それは、困りますっ!」
ついさっき、死のうとしていた人間が言えることじゃないかもしれないけど、カミユ殿下に死なれてしまうのは絶対に嫌だ。
「うん。こんなに幸せなんだ。簡単に死んだりしないよ」
だから、私も決してそんなことは考えないように。
言われたわけではないけれど、より強く私を抱きしめるカミユ殿下の腕が、そう言っているような気がした。
「ねぇ、シェリル、今日は泊まっていかない?」
「ええっ!?」
「だって、もうすっかり外も真っ暗になったし、雨もまだ止んでない。今から帰るなんて危険だろう?」
びっくりしたけれど、そうだよね、カミユ殿下は単純に心配してくれてるだけだ。
まだ婚約前なのだから、深い意味なんてあるはずない。
違う想像をしそうになった自分が、少し恥ずかしかった。
皇宮ならお部屋もたくさんあるだろうし、お言葉に甘えて一晩泊めてもらうのも悪くないかもしれない。
「では、お言葉に甘えて」
「やった!これで、今日はずっとシェリルと一緒にいられるね。せっかくだから、一緒に寝よっか?」
「え?ええっ!?」
これはさすがにダメだろう……
泊まるにしたって、別々の部屋にしないと、なんて思ったりもしたけれど、やはりあらぬ想像をしたのは私だけだったようで。
その実は、ただ手をつないで眠るだけという、年頃の男女が共にベッドに入ったにしては、とても健全なものでしかなかった。
カミユ殿下と同じベッドでなんて、とても眠れないだろうと思ったけれど、そんなことはなかった。
殿下は手を繋いですぐにすやすやと夢の中へと旅立ち、その穏やかな表情を眺めているうちに、私も気づけば夢の中にいた。
目を覚ました時にはすっかり朝で、すぐそばには穏やかなカミユ殿下の寝顔がある。
まつ毛長い、髪サラサラ、顔きれい……そんなことを思いながら見ていると、ぱちりとカミユ殿下の目が開いた。
私はいたたまれなくなって、慌てて顔を逸らす。
「僕の寝顔、そんなにおもしろかった?」
「いえ、その、きれいだなって……」
「きれいなのは、シェリルでしょ」
さらっとそんなことを言って、カミユ殿下はうーんと伸びをしてから起き上がった。
「すぐにメイドを呼んで、着替えを手伝わせるから、ちょっと待っててね」
カミユ殿下がそう言って部屋を出るとすぐに、メイドさんたちが入ってきて、私はあっという間に制服に着替えさせてもらった。
「あ、あの、大丈夫でしょうか」
一度家に戻ってから、学校に行くものだと思っていたのに。
朝から皇宮の豪華な朝食をごちそうになり、まさかの皇宮の馬車にカミユ殿下と乗って、学園へと向かうことになった。
殿下は馬車の中ではずっと嬉しそうに笑って、私にぴったりとくっついている。
けれど、私たちはまだ、婚約者でもなんでもない。
それなのに、今から一緒に登校するなんて、それこそ変な噂が立ちそうで心配だ。
「大丈夫だよ、心配しないで」
どの辺が大丈夫なのか、さっぱりわからないけれど、カミユ殿下はただそう言って笑うだけだった。
「おまえ、いったい、何をしてるんだっ」
カミユ殿下にエスコートをされて馬車を降りると、最初に私の目の前に現れたのは、やっぱり怒りを隠そうともしないフランツ様だった。
「カミユ殿下の馬車で、学園まで送っていただいただけです」
カミユ殿下の手が、今も私の手を握ってくれている。
その手が私を安心させてくれる、フランツ様がどれほど怒っていようとも、今の私は怖くなんてない。
「おまえの婚約者は俺だと、あれほど……っ」
「いつまで続くだろうね、それ」
カミユ殿下が凍えるほど冷たい視線をフランツ様に浴びせている。
それだけで、フランツ様は動かなくなってしまった。
「行こうか、シェリル」
「はいっ」
「ま、待てっ!」
そのままフランツ様を置いて、校舎へと向かおうとしたけれど、我に返ったらしいフランツ様がそれを止めようと私たちの前に立ちはだかる。
カミユ殿下の目がスッと細められ、フランツ様を鋭く睨む。
「今、皇子である僕の進路を、塞ごうとしているのか?ちょうど今なら僕と一緒に来た皇宮の騎士もいるし、不敬罪で捕らえることも、できるけど?」
「も、申し訳ありません」
私には強く出るフランツ様も、権力の前では弱かったようだ。
不敬罪、という言葉を聞いただけで、あっという間に引き下がってくれた。
「あー、早く、世界中に、シェリルが僕の婚約者だって、自慢したいなぁ」
フランツ様から少し離れたところで、カミユ殿下が私にだけ聞こえるくらいの小さな声でおっしゃった。
私は顔が熱くなるのを感じ、思わず両頬を手で覆っていた。
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