第093話 御使い様と奇跡の代償

 ──アタシが神官戦士ってどういう事かしら?

 そういえば、身に着けているのはショートとはいえ白いローブに白いマント、加えてメイス使いだったわね⋯⋯。

 その上、戦闘力が桁違いに高いともなれば、神官戦士と勘違いするのは無理もないことなのかしら?

 そういえば、白メイス君って長いこと教会の片隅で放置プレイされてた子だったわね⋯⋯。

 それに今更思い出して気付いたけど、アタシが白い衣装を好んで着るようになったのって、聖女認定されてからだったわ⋯⋯。

 村の人たちから勧められて、良く似合うと褒められたからだったけど教会関係者に仕立てる気満々で、きっと聖女には白い衣装が一番とか考えていたんだろうなぁ⋯⋯。

 まぁ、今更好みを変えるのは難しいし、身に付けてる白ショートローブと白マントのスタイルは、今後も変える気は無いけどね。

 ──それでも評価がダダ下がりでストップ安で底値に達している神殿関係者と勘違いされるのは、正直言って面白くない。

 だけど、ここで下手に否定してもややこしくなりそうだし、否定も肯定もせずにスルーして話しを進めるとしますかね──


 そう決めたアタシは神官戦士に関しては触れず、表情を変えることなく話を進め始める。


「⋯⋯治療魔法ならある程度──エクストラヒールより上位のモノも行使できるわ。一先ずは⋯⋯サヘランだったかしら?彼を仰向けにして状態を確かめる。だからザン──カテジナは少し下がってちょうだい」


 そう言ってアタシの一・五倍近い巨躯の大男サヘランをいとも簡単にうつ伏せの状態から仰向けへと反転させる。

 そして顕になった顔色は青を通り越して白さすらも感じさせるものであり、見ただけでサヘランが重篤な状態に陥ってることが判る。

 その口元からは泡立った血が溢れ出ており、弱々しい呼吸を確かめるために口元へと耳を近づける。

 そこで聞こえてきたのは、体躯に似つかない〝ヒュゥヒュゥ〟とのやや甲高く弱々しい呼吸音。

 それに加えて時折〝ゴボゴボ〟といった水が泡立つような嫌な音が混ざってくる。

 ──口元の泡立ってる血液、弱い呼吸音とそれに混じる異音。

 少なくとも肺は挫傷してる──なれば折れた肋骨が肺に刺さってる可能性が高い。

 それ程の衝撃を受けたとなると他の臓器も少なからずダメージを負ってると考えた方がいい。

 その他にも跳ね飛ばされた時に盾と鎧に挟まれた両腕が折れ曲がった上に潰れてる。

 幸いなのは出血が少なく感じられることだけど、これはエクストラヒールが功を奏したのだろう──


 サヘランの状態を簡単に確認したアタシは、その内容をカテジナに伝える。

 カテジナも神聖魔法中級下位の治療魔法を扱える魔法士であり、サヘランの顔色や腕の状態などからも治療が困難なことは察していたようだった。

 カテジナが使っていた治療魔法エクストラヒール──神聖魔法の中級クラス下位とされる治療魔法である。

 その効果としては単純な骨折や切断部が綺麗に残っていれば、手足の結合も可能といったところである。

 それでもサヘランの状態を鑑みると中級中位のグレーターヒールですら救命の奇跡には届か得ないと感じられる。

 少なくとも中級上位のグレーテストヒール、願わくば聖女による上級治療魔法フルヒールでなければ救えぬ程の重篤な状態であった。


 その様態からサヘランを救う事が叶わないとの自己結論に至ってしまったカテジナは、力が抜けた様にその場にへたり込んでしまう。

 大切な仲間を救うことが出来ない悲しみと、その原因となる負傷に携わってしまった自責の念に耐え兼ねて、カテジナの瞳からは涙が溢れ出す。

 そんなカテジナをサヘランを挟んで見つめていたフロレアルが静かに口を開く。


「──治療魔法を行使する前に一つ約束⋯⋯いえ誓ってもらうわ。アタシがこれから使う治療魔法については、絶対に他言しないと誓えるかしら?」


 顔を伏せて静かに涙していたカテジナは、アタシからの問い掛けに、伏せていた顔を上げ、消え入りそうなか細い声で短い返事を返してくる。


「──はい⋯⋯、誓います。ですから⋯⋯どうかお願いします──」


 その誓いの言葉を受け取ったアタシは、膝を付き横たわるサヘランの胸に己が右手を当てる。

 そして己が左手を握り締め、自分自身の胸に軽く押し当てる。

 その後に瞳を閉じて治療魔法フルヒールを行使する──


 ──上級治療魔法フルヒール。

 対象がさえいれば、例えどの様な負傷であっても、正に奇跡の如き治療魔法。

 フルヒールを行使するに併せてフレアルの全身が薄く淡い金色の輝きに包まれる。

 それに続いて、フロレアルの右手を介してサヘランへと金色の輝きが伝わって行く。

 やがて、サヘランの全身が輝きに包まれると目に見えて判るほどの速さで傷が癒えて消えゆく。

 ──潰れ折れ曲がっていた腕が太く逞しい真っ直ぐなモノへ。

 ──細かった呼吸は緩やかだが強いモノへ。

 ──蒼白だった顔色は嘘のように血色を帯びたモノへと変化する。


 その一部始終を間近で眺めていたカテジナは確信するに併せて決意する──


 ──ワタクシことカテジナは、本当の奇跡というモノを生まれて初めて──しかも眼前で拝見する機会に恵まれましたの。

 その奇跡を目の当たりにした瞬間、ワタクシは呼吸をすることさえも忘れ、その光景に心を奪われ、ただただ見つめておりましたわ。

 奇跡の力を振るわれてらっしゃるフロレアル様、その余りにも美しく神々しいお姿に、ワタクシは同性にもかかわらず見惚れておりました。

 ──ふと意識が戻った際に、ワタクシは悟り、そして確信致しましたの。

 フロレアル様こそ神様が遣わせになられた〝神の御使い〟その方であると。

 あるいは聖女様であられるのだと察しましたわ。

 ワタクシは、この恩に報いるために、己が身を使へと捧げることをこの時に誓いましたの──


 僅かな時間が過ぎ、フロレアルは身体から魔法力マナが抜け出る感覚が消える。


 そのことから、アタシは治療は完了したと判断し、ゆっくりと目を開いてサヘランの状態を確認する。

 そしてカテジナへと伝わる様に口にする。


「──顔色も良くなって呼吸も安定したから、もう大丈夫だと思うわよ。それでも死に瀕していた事には変わりないから、暫くは無理をさせずに十分な休息と食事を摂らせなさい」


 アタシは微笑み営業スマイルを浮かべながら、教会で重傷者への治療を終えた後のテンプレをカテジナへと伝える。

 そして改めてカテジナの顔を確認すると、そこには何故かが再臨していたのだった。

 泣き腫らして赤くなった瞳は〝トロン〟と惚けており、頬にはうっすらと朱が差している。

 その瞬間、アタシの脳内に〝キュルルリィン!!〟とのまるでフレクサトーンで奏でられたような音が鳴り響く。

 すると何故だか判らないが漠然としたプレッシャーをカテジナから感じ、全身に鳥肌が走る。


 〝ブルッ!〟とフロレアルが身震いするが、それは自分自身の貞操危険に繋がり兼ねない、に対して、危機感知センサーが発したであったが、フロレアルは気づくことができなかった──

 そんなフロレアルに対して、残念さんが己の胸に掲げた想いをフロレアルへと伝える。


「──聖女様、この度は誠にありがとうございました。ワタクシにできることがあれば何なりとお申し付けくださいませ。お望みとあれば、ワタクシの身体や貞操ですらお捧げいたしますわ。できれば今晩にでもご寵愛を賜り、愛でて頂ければ幸いでございます」


 その発言を受けたアタシはドン引きし、営業スマイルが崩れて代わりに頬が引きつり始める。

 そして、傾国の美貌による魅了の影響が強く現れたと考え、捧げ物については聞かなかったことにする。


「⋯⋯取り敢えず聖女様呼びは止めてちょうだい。先の誓いと併せて遵守してくれれば他は構わないわ」 

「──承知しましたわ。では、使とお呼びすればよろしいでしょうか?」


 残念さんからの申し入れにアタシは驚愕する。


 ──これは何の冗談なのかしら?!アタシは告白を控えてる筈の彼氏さんを救った。

 そしたら何故か彼女さんがNTRたみたいに残念さん化していた。

 その上、アタシの熱狂的な崇拝者へとジョブチェンジまで果たしていた。

 ──こんなのいったいどうしろって言うのよ!


━━━━

 今回は、ヒロインからヒドインへと転がり込む堕ちた残念さんことカテジナのキャライメージをリンク先にて掲載しておりますので本編含めて楽しんで頂ければ幸いです。

https://kakuyomu.jp/users/kunnecup1103/news/16818093077687482227


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