第6話 ギフト

●6・ギフト

 「パパ、今日は遅かったわね。父の日のプレゼントを渡そうと諒太と桃香は起きていたんだけど、明日、朝早くに遠足に行くから寝かしておいたわ」

「例によって本会議が延びてしまったからな。それで遠足はバーチャルか、リアルか」

竹上はネクタイをスルスルとYシャツの襟から抜いていた。

「明日は第一船体の宇宙観測区画よ」

「バーチャルだと日光や富士山、マチュピチュといろいろと行けるが、たまにはリアルも良いだろう」

竹上が言っていると、リビングの扉が開いて、諒太と桃香が目をこすりながら入ってきた。

「二人とも、まだ寝てなかったの」

妻の香澄が呆れた表情であった。

「父の日のプレゼントか」

竹上は子供たちが渡してきたリボンが付いた箱を手に取っていた。

「だって、直接渡したかったから」

子供たちは声を揃えていた。

「ありがとう。確かに気持ちと共にもらったぞ。さぁ、安心して寝てくれ」

竹上は嬉しそうに箱を手にしていた。子供たちは満足げな顔で子供部屋に戻っていった。


 「おぉ、流行りの蛍光色ネクタイじゃないか。鹿野に自慢できるな」

リボンを取り箱を開ける竹上。

「それね。このリモコンスイッチで色が変えられるからね」

「なるほど、最新の蛍光色ネクタイだな。父の日か。父として誇らしい気がするよ」

「でもさ、第三船体では、考えられないことよね」

「ん、そうでもないぞ、父の日も母の日もないが、性別を感じさせない親の日があるけど」

「親の日ね。それで子供のひな祭りや端午の節句はどうなの」

「日本の伝統文化は引き継がれていないよ。ただ子供成長祈願の節句とか言うのがあるよ」

「何かを飾るの」

「特に決まってないようだが、近頃では両性具有の観音様を飾る家庭が多いと、春川議員から聞いたことがある」

「何から何まで徹底しているのね。そんな人たちを相手に議論するのだから、あなたも大変ね」

「でも、俺にはママや子供たちがいるから、家に帰れば安らぐよ」

竹上は香澄を抱きしめていた。


 「第二船体、第三船体ともに尊重されるべき生活様式はありますが、どらかが正しくて、どちらが進んでいるということはないと思います。電力の不足を互いに補い支え合えることで、乗り越えられる知恵が必ずあるはずです」

竹上は黄緑の蛍光色のネクタイが胸元で輝いていた。第二船体議会院席から拍手が起こり、第三船体議会院席からも、渋々ながら拍手があった。

「竹上議員の、理想を否定するつもりはありませんが、現実を見つめる必要はあります」

第三船体議会院の三田はいつものように淡々としていた。

 この日の本会議は、対立意見の応酬は少ないようにみえた。しかし、昼食休憩を終えた午後の本会議は、徐々にヒートアップしてきた。

 「トイレのしつけができ、歩けるようになってから家庭で一緒に暮らすというスタイルは、あくまで、私の個人的な意見ですが、ペットの扱いに似ているような気がしますけど」

村西は目尻がつり上がり始め、声が甲高くなってきた。

「概ね2才ぐらいまで保育センターに預けておくことが、ペットとは片腹痛いです。週末には愛情をもって面会していますし、こうすることで子育ての負担やストレスが軽減され、趣味や仕事は支障なく思う存分活動できるのです」

植村は中性特有の声で応えていた。

「そうですか。それともう一つ。子供園から大学院まで一人6500万円(21世紀前半のレートで約4000万円)プラス生殖関連及び保育センター費1625万円(約1000万円)というのは、お金がかかり過ぎるのではないですか。だから少子化につながるのでは」

「子育てサポート割という制度があるのはご存知でないですか」

「知ってますけど、そのような余計な経費をいくらかけても、人口は減ってますよね」

「無駄な経費というのですか」

「焼け石に水というところでしょうか」

「あぁ、二人の言い分はいろいろとあると思いますが、村西議員、植村議員の他に意見はありますか」

議長の石川が割って入った。

 乳房と股間に膨らみがある両性具有の中性の木島が挙手していた。

「生殖や出産は神が女性に与えた罰というものです。それから解放されてこそ、真の男女平等が実現し、男女の区別がなくなることで、性的少数派の苦悩も解消されるのです」

「男女の見た目を、あなたのようにファッションとして捉えるのは自由ですが、生殖や出産が神の罰とは、いささか言い過ぎな気がします」

融和派の竹上としても、黙っているわけにはいられなかった。

「竹上議員は第二船体の女性の意見を全て把握していると言い難いですね」

「私の知る限り、大多数の女性は痛みを伴う出産だとしても、決して神が与えた罰とは思わず、神が与えてくれたギフトだと感じています」

「また理想主義ですか」

「あなた方と我々はかなり乖離してしまったことは事実です。しかし『つくば』では、いがみ合っている余裕はなく、生き延びる必要があります。ベータ・タウ星系にたどり着くという人類の共通の目的のためにです」

竹上は同意を求めるように、春川議員の姿が探すが、今日はリモートでもなく欠席のようだった。


 この日も昨日同様に何の進展もなく、本会議は終了した。竹上は本会議の進展がないのも、気になっていたが、春川議員の欠席もかなり気になった。第二船体議会院に融和的な存在が危ぶまれて、何らかの事件に巻き込まれている可能性もあると心配になった。


 竹上が帰宅するとニュースを見ていた妻の香澄が玄関にすっ飛んできた。

「パパ、春川議員の子供が遺伝障害の病気だそうよ」

「何っ、そうだったのか。今日は本会議場にいなかったからな」

「彼、いや彼女…あの人も大変だろうな」

「あっちには支援してくれるサポーターや機械があるから大丈夫よ」

「でも明日は地球出航記念日で休会だから、第三船体の空気を感じるためにも、春川議員のうちを訪ねてみるよ」

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