第5話 生活様式
この日、第二船体議会院議員の出席者は8割近くがリモートでの本会議出席となっていた。
「今回の視察で感じたことなのですが、『つくば』出航以来初の危機的状況に遭遇したと思います。この世代交
代船という閉じた環境内では、互いに共存共栄することが何を置いても大切なことだと思います。そう思いませんか春川議員」
竹上が発言している等身大モニター画面が本会議場に浮遊していた。
「はい。私も彼と一緒に視察したのですが、危機的な状況と言えます。罵り合うのではなく、折り合いをつけて歩み寄れる意見を求めたいと思います」
春川は本会議場内を見回すように言っていた。
「それでは、まず電力使用量の内訳から見ていきましょう」
石川議長が議事を進めて行った。
「我々第二船体では人工子宮などを作動させる電力を必要としていません」
鹿野が等身大モニター上で発言していた。
「そうは言っても、分娩室のモニター機器や照明に電力は使うでしょう」
第三船体議会院の富田は、男性の外見で腕の筋肉をぴくぴくさせながら応じていた。
「使いますけど、その使用量が違います。あなた方の出産というか、誕生までには温度管理、養分補給などいろいろな機器に電力を必要としています」
「だから、なんですか。子孫を増やすな言うのですか」
富田はだんだんヒートアップしてきた。
「酷いぞ、差別だ」
第三船体議会院議会席から鹿野のモニターに向けてヤジが飛んだ。
本会議場内はざわついてきた。
「あのぉ、それはそれとして、第三船体で次世代の人を増やすのに、どれだけのコストを必要とするのですか。そのコスト高が、人口減少の原因ではないですか」
本会議場に出席している第二議会院議員の松田は、かなり太っているが、無重力なので直立姿勢は苦になっていなかった。松田のか細い声に議員たちは聞き入ろうとしたため、騒然としていた本会議場は、静かになってきた。
「まぁ、確かにコストはかかりますが、様々な補助金があります」
外見が女性の中性の寺島が応えていた。
「でも、その補助をいくらしても、人口は減る一方じゃないですか」
村西は嘲笑しているようにも見えた。
「それを言うなら、第二船体の女性は、出産・子育てを押し付けられ、自殺したり、鬱になる人が居ると聞きますが」
「中にはいますが、ごく稀です。現在、各母親担当の子育て相談支援員が居ることを知らないのですか。それに子育てママのコミュニティーSNSも充実していますけど。あっ、母親やママやと言ってはいけないんでしたっけ。親のコミュニティーと訂正します」
村西が前に出ると、もめそうなので、松田が代わって応えたが、ちょっと皮肉っぽくも聞こえた。
「なるほど、言い方はいろいろとありますね。性差をなくした生殖方法はまさに進化の証です」
第三船体議会院の植村は誇らしげであった。
「進化ですかぁ」
村西はムッとしていた。
「かつての脊椎動物が卵を産むスタイルから、胎児出産に進化したように、女性に過大な負担を強いる体内子宮の旧人類から、女性を解放する人工子宮に進化した新人類と言ったようなものです」
植村がけしかけ始めた。
「それじゃ、我々を旧人類とでも言いたいのですか」
村西の声は甲高くなった。
「あくまでも、例えですけど」
植村は平然としていた。
「異議あり、植村退場だ」
第二船体議会院席からヤジが飛んだ。
「皆さん、静粛に願います。また本題からズレて来ているようです。ここで小休止といたします。再開は15分後です」
議長の石川はなだめるように言っていた。
本会議棟内のラウンジで休憩している竹上たち議員たち。その視線は、中性の犯人があまり抵抗せずに保安部員に連行されていくテレビ画面に向いていた。
「交渉の結果、凶悪な立てこもり犯は逮捕され、人質は無事解放されました」
女性アナウンサーの声で伝えられていた。
「交渉が上手く行ったようですね」
現場の男性レポーターは、大柄中性の保安部員にマイクを向けていた。
「はい。しかし少し時間がかかり過ぎたかもしれません」
大柄中性は、淡々としていた。
「しかしあの交渉人は、犯人をよく説得できたよな。一人殺しているんだぜ」
竹上は画面を見ながら、先刻自分が出くわした中性に感心していた。
「竹上先輩、通路にいたあの中性ですか。ただ者ではない雰囲気が漂ってましたから」
「交渉のキャリアを相当積んでいるのだろう。大したものだ」
竹上が言っていると、近くにいた第二船体議会院議員の村西が近寄って来た。
「あまり褒めると図に乗るわよ。それじゃなくても進化した新人類と自負している人達だから」
「それにしても犯人も逮捕する側も中性だったとは、皮肉ですよ」
鹿野は何気なく言っていた。
「立てこもり事件の解決に因みまして、申し上げたいのですが、人質だった男女5人を無事に解放に導いたのは、キャリアを中断なく重ねた結果とも言えます。ここからも女性に生殖を押し付けない、男女平等に基づいた中性の人生モデルはこれからも促進されるべきです。人工子宮による生殖に必要な電力は削減の対象にはなり得ないでしょう」
第三船体議会院の三田が淡々と述べた。
「それはあくまでも一面しか見ていません。この凶悪事件の犯人もまた中性ではないですか」
第二船体議会院の吉本の野太い声が静かに応えた。
「あのですね、犯罪発生件数は第二船体の方が圧倒的に多いわ」
外見が女性の寺島は、やけに女性っぽいファッションであった。
「それは、人口が違いますから」
吉本は吐き捨てる様に言う。
「犯罪発生率で見るとほぼ、同じではないですか。それに内訳をみると性犯罪の件数が多いと言えます。これは男女という性が歴然と残るからではないですか」
第三船体議会院の植村はいろいろなデータを各自のノートパッドに転送提示させていた。
「男女があるから性犯罪が多いというのは、偏見というかこじつけでしょう」
遂に村西が甲高い中年女性の声を響かせた。
「データで言うのでしたら、家庭環境、とくに親子の愛情が関係していると言われています。特に母親の愛を受けずに育った子供は、凶悪犯人なりやすい傾向にあります。もちろんそうならない人もいますが、乳児期に保育カプセルに入れ、週末に顔を合わせる程度では、愛情は感じないように見えます」
竹上は村西が冷静になり、かつ納得しそうなことを言っていた。
「それは我々第三船体住民の生活様式を否定することですか」
植村は本会議場に浮遊する竹上の等身大モニター画面を睨んでいた。
この日も、発言の度に本題からズレ始めた。建設的な意見は出ずヤジの飛ばしあいになり、時間をオーバーして本会議を終えた。
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