第4話 事件

 帰宅した竹上は、家族と共に夕食を食べていた。

「今日の本会議は予想していた通り混乱してたよ」

シチューを口にする竹上。

「ん、ママ、腕を上げたのか、いつになくうまいぞ」

「鶏肉にひと手間加えたの、でもいつになくは余計よ」

「ゴメン、とにかくママや子供たちに囲まれていると、ホッとするよ」

「議員さんたちも互いに今まで鬱積していたものが、爆発したんじゃないのかしら」

「今まで互いに尊重し合って『つくば』で共存し合うとしてきたが、人口に偏りが出てきたから、徐々に本音と建て前の違いが露骨なったきたようだな」

「それで電力不足が発端となったんだわ。これからパパのお仕事が大変になりそうだけど」

妻の香澄はスプーンで大きめのじゃがいも二つに割っていた。

「僕も学校で第三船体の人たちとは生活様式が違うけど尊重し、自分たちの生き方を押し付けてはならないと教えられたけど、やっぱ、あの人たち変だよね」

「こら諒太、あまりそんなことは言わないようにね」

「ママ、お兄ちゃんを叱らないで、うちの中だから良いじゃない」

「あちらの人たちは、うちみたいな家族はいないから愛の形も違うだろう。親世代と子世代が合理的な生活のために同居している感じかな」

「パパ、そこまでクールじゃないんじゃない。でも母親の愛をあまり感じない、冷めた関係っぽいわね」

「俺としては、あぁパパとしては、彼らとどう折り合いをつけるかだな」

「パパ、頑張ってね」

「パパ、僕も応援してるよ」


 竹上は船体間連絡エレベーターの待合ホールで待っていた。船体間の移動には、通路を浮遊して行くか、エレベーターで行くかだった。この日の竹上は頭の中が本会議のことで、いっぱいだったのでエレベーターを使うことにした。

 搬送ユニットが到着し、ホールの扉とユニットの扉が同時に開いた。竹上と一緒に乗ったのは、第二船体議会院の鹿野と第一船体の倉庫や野菜工場に出勤する3人であった。

 「私も竹上先輩を見習って議員になってみましたが、やることが多いですよ。昔の地球の国会議員なんかは、海外視察とかで遊んでいたんでしょう。大違いです」

鹿野は真新しいスーツを着ていた。

「そう、ぼやくな。そのうち手際よくできるようになるから」

「しかし竹上先輩、昨日あんなに揉めていたから、今日も思いやられますよ」

「今日はこちらに融和的な春川議員に質問をふったりして、やわらげようと思うんだ」

「あの春川QR2ですか。しかし名前まで男女の性別がわからないように英数字にするなんて、やっぱイカれてませんか」

「鹿野、言葉に気を付けろよ。下手なことを言うと失言で退場処分になるからな」

「あっ、気を付けます」

鹿野が言っていると同乗している通勤者たちも、口元でシーっと人差し指を立てていた。

 突然、搬送ユニットが急停止する。

「安全確保のため停止いたしました。現在位置は第一船体まで5200m、第二船体まで2800mです」

自動音声が流れた。

 竹上のスマホに警察から着信メッセージがあった。

「先輩、なんですか」

「この先の中間展望デッキの船体間通路で無差別殺人があり、エレベーター・シャフトに爆発物を仕掛けたそう

だが、まだ捕まっていないらしい」

竹上はスマホの画面を見ながら言っていた。鹿野も通勤者たちもユニット内の時計を見つめていた。

「あぁ、遅刻だな」

通勤者の一人がつぶやいていた。

「竹上議員、何とかなりませんかね」

別の通勤者が言ってきた。

「これじゃ、いつ解決するかわからない。エレベーター・シャフトと並行している船体間通路に出るしかないでしょう」

竹上はユニット内の非常扉開放コックを探していた。


竹上たちが通路に漂い出ると、数人の保安部員たちが中間展望デッキの方に向かって急速浮遊して行くのが見えた。

「あのぉ、竹上乗員議員ですね。この先で無差別殺人犯が人質を取って立てこもっています。危険なので、第二船体にお戻りください」

少し遅れて浮遊してきた大柄中性の保安部員が呼びかけてきた。

「犯人は爆発物も仕掛けているそうですね」

「竹上議員はご存知でしたか。搬送ユニットを乗っ取り、起爆装置を手にして人質を取っています」

「かなりの大事だ。遅延証明書がなくてもニュースでわかってもらえるだろう」

竹上は通勤者たちにも聞えるように言っていた。

「部隊長、人質が一人殺されました」

大柄の保安部員のヘルメットのスピーカーから漏れ聞こえていた。

「何っ、今そちらに向かっている。私が交渉を開始するまで刺激するな」

大柄の保安部員は竹上に敬礼をし、急速浮遊した。


 一旦、自宅に戻った竹上。

「パパが人質に取られたかと、心配したわよ」

「俺の一つか二つの先の搬送ユニットが乗っ取られたようだ。早めに出て行かなくて良かったよ」

竹上はネクタイを緩めていた。

「動きがあったみたい、人質が一人解放されたわ」

妻の香澄はリビングのテレビ画面に目が行っていた。

「そうか。交渉が上手く行ったのか。しかしまだ残りがいるだろうし、犯人は捕まっていないのだろう」

「まだ時間がかかりそうね。この報道特番のおかげで、料理番組が見られなくなったわ」

「おかけで俺の方は、リモートで本会議に出席するしかなくなったな。カメラと照明を調整して映りを良くしないと」

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