第3話 乗員本会議
無重力は上下がない平等の象徴と位置づけられ、乗員本会議場は第一船体にあった。直立状態で浮遊する竹上の正面には、自律浮遊している議会ノートパッドがあった。本会議の定数は第二船体議会院・乗員議員20名と第三船体議会院・乗員議員20名となっていた。出席している議員たちは円形に浮遊しており、リモート出席してい
る議員用の等身大モニター画面が5つ浮遊していた。
「…第二船体、第三船体共に同等に電力使用量を削減し、当面の対応とするのが妥当と言えます」
第三船体議会院の三田は抑揚のない中性の声で淡々と述べた。
「いや、ちょっと待ってください。現在の人口は第二が6万人で、第三が2万人です。これで同じ量を削減というの不公平ではないですか」
第二船体議会院の村西は、挙手しながら甲高い中年女性の声で言っていた。
「男女平等に反した旧来の生活様式に回帰した結果、出生率が上がってしまい、人口が増えてしまったのですから仕方ありません」
三田はにべもなく吐き捨てる様に言った。
「それに男女差別の象徴となる、くだらない給付金があるからです」
別の第三船体議会院議員がヤジを飛ばしていた。
「専業主婦がいる旦那に特別扶養手当があることが、そんなにイケないことですか」
村西は少々感情的になりかけていた。
「女性に子育てと結婚を押し付ける悪行につながっているからこそ、子供がやたらに増えるのです。野蛮としか言いようがありません」
第三船体議会院の植村は村西に蔑んだ視線を向けていた。竹上は素早く挙手する。
「植村議員、悪行とは言い過ぎではないですか。そもそも21世紀の先進国と呼ばれた国々などで、人口減少が起こったのは行き過ぎた男女平等が原因です。女性がエセ男性になろうとして、男性の真似ばかりするようになった反省から生まれた回帰主義ではないですか。野蛮とは酷い。それにですよ。今まであなた方、第三船体の人たちも、我々の生活様式を尊重していたのに、その言い草はないと思います」
竹上が発言すると、村西はつり上がった目を少し下げていた。
「女性は子供が産める尊い貴重な存在です。生物学的な差異を無視して、これを放棄させる生き方を女性に押し付けたから子供が減ったのです。だから第三船体はもともと4万人だったのに半減したわけですよ」
第二船体議会院の田中は白髪交じり女性で、静かに言っていた。
「われわれは野生動物のような生殖行動はとらず、機械的でクリーンに子孫を増やしています。その数にとやかく言われる筋合いではありません」
第三船体議会院の寺島は、珍しく胸に膨らみがあり外見上女性の姿をしていたが、声は男っぽかった。
「それに、男性女性にとらわれず、特に生理が終わってないブリーダー期の女性のように感情的にはなりません。性を意識しない中性か、去勢した男女なのもので」
植村はニヤニヤ笑っているような顔つきであった。
「とにかく電力不足の緊急時には、時代錯誤の専業主婦は廃絶していただきたい」
三田は自分の意見を曲げるつもりは全くない表情を浮かべていた。
「なんだか電力不足の話からそれて来たようですが、それなら今まで黙って来たけど言わせてもらうわ。女性を無理やり引っ張り出して、外で男性と同じように働かせることが果たして正しいのでしょうか。生理のきつい女性などは、家にいたい時だってあります。それだったら全員ではないにしても、家で子育てをして子供に愛情を注ぐ、専業主婦がいても良いはずです」
村西はぴしゃりと言った。
「でもそれですと、男性は給料が増えることを目的に結婚する人が増えますし、女性を家庭に縛り付けることになります」
寺島は胸を揺らしながら言う。
「縛り付けるわけではありません。尊い子育ての時期を過ぎたら、自分が決めた人生を自由に歩むことができます」
第二船体議会院の吉本は野太い男性の声が議場内に響いた。
「子供が産める時期はキャリアが積めず、家庭に縛られるわけじゃないですか」
寺島はしつこく食い下がる。
「第二船体の社会では、子育てを終えた女性をそれなりに優遇しているので、キャリア不足とはならないはずです」
竹上がさり気なく吉本をフォローした。
「それこそ、あなた、女性差別だ。女性が男性のようにキャリアを積めなくしています。子供を産まなかった女性、生む選択をしなかった女性はどうなるのですか」
「そうじゃなくて、男性の人生モデル、女性の人生モデルがあって、全く同じにはできないのです。身体的な違いに基づいた救済制度はありますよ」
村西は半ばあきれ顔になっていた。
「それにお節介のお見合い制度で、モテない奥手の男女までもが、結婚できてしまうのは問題です。他人が決める結婚などありえませんよ」
第三船体議会院の新田は、乗員議員になれる下限の22才の中性であった。
「お言葉ですが、本人たちの意思によって断ることができますし、無理やり結婚させることはないですけど」
吉本は村西が言いかけたが、それを静かに制して発言していた。
「それは回帰主義者の屁理屈でしょう」
第三船体議会院の議員たちがヤジが飛んだ。
「あんたらこそ、エセ・フェミニストの生物学的乖離主義者じゃないか」
第二船体議会院の議員たちがヤジで応酬していた。
「あぁ、議員の皆さん、ご静粛に願います。電力不足の議題からだいぶそれた上に、建設的な意見が出ず、単なる罵り合い、言い合いになってしまったので、今日の本会議は休会とし、また明日定時に再開することといたします」
乗員本会議議長の石川が締めくくった。議員たちはぶつぶつ言いながら、各船体につながる専用出口に向かって浮遊して行った。
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