第2話 共存

 第一船体のシャトル発着ポートの片隅に、鋼鉄のタンクのような黒っぽい機械が置かれていた。周囲には中性の作業員たちが5人いて、最終チェックをしていた。

「あのぉ、私は第二船体議会の竹上 豊ですが、あなたが佐原さんですか」

竹上は作業員たちの中で指示をしている人物に声をかけていた。

「あっはい。お待ちしておりました。私はエグゼクティブ・オペレーターをしています佐原VD58です」

佐原はヘルメットを少し上げて会釈していた。

「これが今回の無人実験機ですか」

竹上は機械をまじまじと見ながら、渡されたヘルメットをしていた。

「はい。この仕組みを簡単に説明しますと、内部の極小電磁球を極限まで圧縮し空間にひずみが生じさせて、瞬時に指定した別の場所に移動させるというものです。一般的にはワープ航法の原理とも言われています」

「さすがに、第三船体の方々はキャリアの中断がなく、家庭や性に捉われないので、研究に没頭できるから素晴らしいものが作れますね」

「そうでもないです。私には自家受精の子供が二人いますから」

「それはそれは」

竹上は私も息子と娘がいると言いそうになったが、性別に関わる発言になり、深く立ち入っては失礼にあたるので、曖昧に返事をしていた。

「それでは、実験を開始しますので、宇宙観測区画に移動しましょう」

佐原はそう言うと、竹上の前に浮遊し、軽く手すりを押して進みだした。竹上はワンテンポ遅れて、後に続いた。


 第一船体先端部の宇宙観測区画は世代交代船・つくばの最前部にあり、周囲の宇宙が360度見渡せた。

「そろそろですよ。竹上さん」

佐原は部下の作業員に手早くいろいろな指示をし、最終確認していた。

「いよいよ人類長年の夢が叶う快挙となりますか」

竹上は発着ポートの監視カメラの映像を注視していた。

 「…5・4・3・2・1、爆縮」

女性寄りのオペレーターの声がカウントする。宇宙観測区画は、数分間静まり返った。

 監視カメラの映像の映像に変化はなく、依然として無人実験機は発着ポートに存在していた。竹上が軽くため息をついていると、突然オペレーターたちの歓声が上がった。

「竹上さん、成功です。内部の極小電磁球ケースが50万キロ先の宇宙空間に移動しました」

佐原は自信に満ちた表情であった。

「あぁ、そうなんですか」

あまり実感がわかない竹上であった。

「これを改良すれば、自由にワープ航行が可能になります」

「そうなんですか」

竹上はまだまだ実用化には時間がかかりそうな気がしていた。

「地球ではまだ開発できていないようなので、人類初の快挙です」

「でも人類初って、地球と連絡が取れたのですか」

「少なくとも50年前の通信では発明されていませんし、もし発明されていたら、今頃は『つくば』を探しに来ているはずです」

佐原は相手に隙を与えないように説明していた。

 竹上は事務所に戻り次第、ワープ航法実験の評価をまとめ、第三船体民の優れた科学技術開発力は大切であり、互いの共存共栄が重要であると報告書に記していた。


 竹上は報告書を勤務時間内に書き終え、電動カートに乗っていた。しかし狭い道路には、『つくば』設計段階では想定外の数のカートが列を作っていた。

「ママ、早く帰れると思ったが、やっぱり帰宅ラッシュにはまってしまったよ。先にメシを食っていてくれ」

竹上はハンドル片手にIDスマホを耳にあてていた。

「あらそう。今日は実験の立ち合いだけだから早く帰って来ると思ったけど」

「こればっかりは、どうにもならないよ。しかし皆が自動解除で手動運転をするのを止めさせないと、ラッシュはなくならないな」

「パパ、自動運転でノロノロになるから知られてない裏道をということで皆が手動運転になるのは、わかるけど」

「でもさぁ、結局、本道に入る所で込むから同じじゃないか」

「それがパパ、あなたの仕事の出番よ。道を広げるとか、自動運転の義務化とかね」

「簡単に言ってくれるよな、あぁ少し流れ出した」

竹上は通話をオフにするとIDスマホを胸のポケットに入れていた。


 「パパ、お帰りなさい」

玄関で妻、娘、息子が声を揃えていた。

「どうした。家族総出でお出迎えとは」

竹上は今日の疲れが吹き飛んだように笑顔になっていた。

「パパ、今日は桃香が先生に文才があるって褒められたのよ」

「桃香のやつ、母の日の作文で褒められってさ」

「ねぇ、パパ読んでみるから聞いて」

桃香は作文の書かれたノートパッドを手にしていた。

「わかった。聞いているから、靴を脱がせてくれよ。あぁそれとママ、部屋着のスウェットを持ってきてくれ」

竹上が言っていると桃香は玄関で作文を読み始めた。


 「…お互いに男女で異なる役割分担を担い、支え合っているパパとママのような夫婦に憧れます。私は将来、ちょっぴり怖いけど、ママのような可愛いお嫁さんになりたいと思います」

桃香は読み上げた。

「締めの言葉にママはグッと来たんだろう」

竹上はすっかり部屋着になり、スーツやYシャツを玄関のハンガーにかけ終わっていた。

「桃香、それで学校の先生は何と言っていたんだ」

「やさしい母親思いの気持ちが感じられたと褒めてたけど」

「母親か…母、妻、娘、妹とかの言葉は第三船体では差別用語だから、親、パートナー、子と言い換えられるけどな、あれ、妹はなんだっけ?」

竹上はぼそりとつぶやいていた。

「あなた、ここは第二船体よ。気にしない、気にしない」

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