第2話 どうしてこうなった あるいは、姉の独言

「なんか、最近の依在は元気ないよねー」

僕が、Vが存在しないこのファッキン平行世界にTS転生してからおおよそ2ヶ月が経過したある日。家の中で漫画(同人誌とも言う)を描いているせいか、それがない時は僕にベッタリくっついてくる恵美お姉ちゃんが、突然そんな事を言った。


僕は口にも顔にも出さないものの、心の奥では羅刹の如く怒髪は天を衝き顔は怒りと憤怒によって醜く歪んだ僕が絶叫していた。

「そりゃそうだよ、ライバーがいないこんなクソッタレな世界なんて推しの補給ができなんだから!百合はいい、でもやっぱり百合てぇてぇはライバーのそれがいいの!」

きっとそれを聞けば、今の目の前にいるお姉ちゃんみたいに驚愕の顔に...ん?

...


「.........」

唐突に表情を消した僕に驚いたのか、お姉ちゃんは頭に不可視なはずなのになぜか見える「?」を実体化させている。

「ッスゥー...。」

相変わらず頭に「?」を浮かべているお姉ちゃんを横目に、僕は「あああああああああああああああああああぁっ!」と大声で絶叫した。


20秒程度という、いささか長すぎる気がしないでもない秒数絶叫し続けた僕は、やや酸欠になって過呼吸な状態で酸素を肺に送り込んでいた。

お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんはなぜかキラキラした目で僕をみていた。...なんか嫌な予感がしないでもない。

「...あの、お姉ちゃん?」

僕が思うよりも不安げなその声を聞いて、お姉ちゃんは目を閉じるくらいの満面の笑みで僕を見つめた。そして、そのまま謎の威圧感を撒き散らして、変な様子のお姉ちゃんに怯えている僕の肩を両手で掴んで。

「その話、詳しく聞かせてもらおっか?」

ほんの少しだけ開かれた目には、光の反射は一切なかった。



「...平行世界、パラレルワールド、ねぇ」

僕がもともとこの世界の住人である佐々木依在ではないということを説明すると、お姉ちゃんは思案げな表情と共にそんな言葉を口にした。正直言って、お姉ちゃんに失望されたのかな、とほんの少しだけ思ってしまう。

なんだかんだお姉ちゃんと一緒にいる時間が長かったからか、僕はお姉ちゃんに少し依存している節がある。


僕はもともと男だ。そんな心情から来る拒絶を無理やり引き剥がしてベッタリしてきたからなのか、もしくは...初日、つまりはこの世界を何も知らない状態の時から僕を好きって言ってくれたからなのか。無意識的に心を許してしまっている所もあるし、きっと本当の僕...佐々木依在も、お姉ちゃんのことが大好きだったのだろう。...まあ、性愛的な意味かどうかはおいておいて。


だから...失望されて、「いなくなって」なんてさっきの冷たい目で言われたら、今度こそ自分の意思でこの世界からいなくなると思う。

...もしかしたら、元々のこの体の佐々木依在もお姉ちゃんと喧嘩したとか、そういう理由で植物人間状態?になるようなことが起きたのかな。

そんな暗い考えがぐるぐると頭の中をかき乱していると、耳元に仄かな息遣い。


「ヒャぁ!?」

お姉ちゃんのいつもより荒い息と、お姉ちゃんの下のざらざらした感じが耳を擽る。

いつのまにかお姉ちゃんが僕の体に抱きついていて、動こうにも動けない。...いや、もしかしたらだけど、動きたくないのかもしれない。

僕は男、僕は男、僕は男。女の子に興奮してしまうのは当たり前で、それは男としてあるべき姿。だから、これは別にお姉ちゃんが僕の体にナニかするのを期待している、とかそう言うんじゃない。...きっと。


「...ねえ、依在」

耳を舐めるのをやめたお姉ちゃんの優しい囁きが、耳元に届く。ピクッと、さっきまでに疼いた僕の体が小さく動くのは、僕に止めることはできなかった。

胸が小さく痛む。僕とは違う僕がお姉ちゃんのその後の言葉に期待して、無意識的に息が荒くなる。頭の中に、お姉ちゃんにキスしたいという欲求が大きくなって...でも、僕はなんとかそれを押し留める。いくらおねえちゃんでも、初日に裸で絡み合ったとはいえ、抱きしめてきた以外には特に何もしてきていない。僕が今手を出しちゃえば、多分お姉ちゃんはもっと僕に対する関係を深くするとはいえ...なんだか、いつか飽きられて捨てられたらヘラりそうだから。


「...どんな依在でも、私は大好きだからね?前みたいに私のことを滅茶苦茶にしてもいいから...だから、ちょっとづつでもいいからさ。依在は、私に対して...ううん、みんなに対してちょっとづつ心を開いてよ」

そんな優しい言葉と共に、お姉ちゃんの手が僕の背筋に触れる。もしかしたら真っ赤になっているかもしれない僕から、「...っ」と小さく声が漏れ出た。


「あ、依在、ブラ付けてない。もう、家にいるだけとはいえつけなよ?じゃないと、私が揉みしだいてもいいとみなすからねー?」

背中に回る存在の不在に気づいたお姉ちゃんが、即座にその手を前へ...僕の胸の方に進めた。...これじゃあ、もはや初日に裸同士でやったことと変わらない気がする。でも違うのは。


「...いいよ?」

「え?」

「...お姉ちゃん、僕のこと好きにしても...いいんだよ?」

...恥ずかしい話だけど、お姉ちゃんに対しての僕の心の壁が無くなってしまったことだ。秘密を共有していると言うだけで、もう僕はお姉ちゃんから離れられなくなりそうなのに。



「...。」

あどけない寝顔で眠る依在の頬をつんと優しく突くと、「...んぅ」と小さい吐息が彼女の口から漏れ出た。それが可愛くてもう一度突いてみたけど今度は声は上がらなかった。

私は、私の甘えにちょっとツンデレなふうになって戻ってきて...そして、今じゃすっかり私の虜になっちゃった依在の、むき出しの肌を優しく撫でた。


私―――佐々木恵美は、依在が生まれる前から彼女のことが好きだった。

3歳と少しの時にお母さんが妊娠して、その時初めて存在を知って...私は。依在のことをたまらないほどに愛おしいと思った。

産まれてからも、お母さんがいない時は積極的に依在のお世話をした。私に甘えてくる仕草はすごく可愛くて、だからこそ私はデレデレに甘やかしていた。


小学校に入ってからも、依在は私の中での一番だった。周りの女の子が、「今週の⚪︎キュアみた?」なんて談笑しているのを見ながら、私はそんなアニメなんかが私の依在に対する愛に勝てるわけないって思ってた。

依在が中学生になってようやくそれを見てみて、驚いた。それは、とってもかわいい人がいっぱいいた。所詮は絵、その筈なのに私は依在が貶されたように感じると同時に―――それが途方もなく素晴らしいように思えた。


それから私は、イラストを描き始めるようになった。いつか、依在と言う存在を世に知らしめるために。日夜励んで絵を描いて、依在を蔑ろにしていたのかもしれない。

依在が高校生になって半年ぐらいして、依在が私にベッタリしてくるようになった。

でも、私には依在を映すイラストを邪魔するようにしか見えなくて、依在を邪険に扱っていた。一度は大声をあげて叱りつけたこともあった。それでも、依在は私にくっついてきた。


依在が17歳になって。ちょうど3ヶ月くらい前のある日に依在は私の部屋に来た。

「お姉ちゃん、一緒に寝よ?」

それは、最近毎日のように依在が問いかけてくる言葉。いい加減イライラしていた私は、「今回だけだからね?」と厳しい口調で言って、依在と共にベッドに入って...その日、私は依在の手で抱かれた。


私を凌辱しながらもその眼は狂喜に満たされていて、抗おうとしても依在の小柄から出されるとは思えない剛力で抱きつかれれば、私に抵抗はできなかった。


...いや、もしかしたら抵抗したくなかったのかもしれない。

依在が耳元で囁いた、「お姉ちゃん、ずっと一緒にいようね?」という言葉は、私の心を深い檻に閉じ込めてしまっていた。


朝起きて、依在が見当たらなかったときはすごく焦った。その後に依在が脳死状態になったと聞いて、暫く私は寝込んだ。

依在が目覚めたと知ったのは、当人が家に帰ってきてからだった。


一度手から零れて、でも中身は変わっても戻ってきてくれた愛しいイアに。

私は優しく髪を撫でて、耳元でなるべく甘く囁いた。

「ずっと一緒にいようね?依在」

その言葉は、私が自覚するほどに私達の心を縛る、深い檻へと心を繋ぐ、呪縛の鎖だった。



追記:自分で読んでいて「なんだこれ」になる小説ってなんなんだろうなあ by作者

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