掲示板民と安価で作る、平行世界の『VTuber』

宵月ヨイ

『初めまして、VTuber』

初配信まで

第1話 僕はただ、グッズを買いに行っていただけなのに...。

 今日は推しのグッズの発売日だ。家から徒歩で10分程度の最寄りの駅から電車で北へ上る事およそ15分、地方最大都市につく。

 そのはずなのだけど、今日は強風注意報が発令されている、誠に運がない僕の身は残念なことだ。

 と言っても行かないと言う選択はまずない。行かないと言う事は、僕の推しのライバーに対する推し感情がただの強風如きに邪魔されると言うことに他ならないからね。


 佐々木という、どこにでもあるような看板の家を飛び出して、その途中で「優希、風が強いから気を付けなさいよー」という、風が強いんだし洗濯物を外に干せばすぐ乾くんじゃね?などと考えているのか2階のベランダから外に洗濯物を干している母さんの声に「分かったー!」と適当な返事を返して、僕は自転車のストッパーを脚で弾いて車道を爆走し始めた。


 と言っても、別に本当に爆走すると言う訳じゃない。気分はマフラーを外した改造バイクを鳴らして二酸化炭素と一緒に爆音をばら撒く暴走族、実際は時速20㎞も怪しい自転車漕ぎだっていいじゃないか。そんな中二病をこじらせたみたいな発言、どうせ今ぐらいしかできないんだし。

 ―――来年の冬には受験だしなあ。

 僕はその事実に少しだけ鬱になりながらも、電車の踏切を渡って国道まで爆走した。


 最寄りの駅は西口も東口も栄えているけど、まっすぐ進むと新旧二本の国道につながる東口の方が比較的栄えている。

 そして僕の家があるのは西口なので、当然僕は踏切を渡った後に国道まで抜けることになる。

 左右の安全確認はしたし、そもそも踏切のカンカンカンカン...という音がしていないので危なくはない。そして―――僕は、駅東口に向かう曲道で、派手に転んだ。ガラガラ...と、チェーンが回る音のみが虚しく響いていた。


 いてて...と、近くに落ちていた自転車を押して、ついでにそのせいで挟んでいた足に激痛が走る。それでも何とか立ち上がろうとした時。


 ビィィィッ!


 普段その音を聞けば通行人だろうが運転手だろうが最低一瞬は硬直してしまうだろうその音を聞いて動けなくなった僕は。

 曲がり角へ―――僕が突っ立っている方へとハンドルを切った、軽自動車に大きくはねられた。



「いてててて…ん?あれ、痛くない」

 可笑しいな。僕、明らかに撥ねられていたよね?どーん、って。それで、なんか歩道者用の地下道の出てくるところの一つに激突して…そっから記憶がないな。

「あ、スマホ!」

 日にちが変わっているかもしれない。そうなっていたら、初日に推しのグッズを買うと言う中学3年生の唯一と言ってもいいカンフル剤が…ッ!

 某銀髪の天使がニコニコしているのを頭に思い浮かべて、いつも僕がスマホを入れているパーカーの真ん中の空洞みたいなところに手を突っ込んでみようとして。


 僕は、真ん中どころか今着ているものに穴がないと言う事に気付いた。

『…おお、脳細胞が賦活している!これなら意識の回復も望まれるだろう!』

『本来ならばありえない話ではあります。試験中の新薬を受け入れられなければ、彼女は確実に命を落としていたでしょう。しかし、彼女は既に脳波も確認できています。意識の回復も或いは…という所ではありますが、少なくとも生命活動を送るのみならば彼女は間違いなく生きていますよ』

 …なんか外にいる。本当なら見えないはずの僕の視界が、モノクロではあるものの形を成していく。音が、耳に入る。光が―――


「うわっ、眩しっ!」


 …それが、この世界での僕の一言目だった。



「おはよう、依在イア。今日も可愛いねー」

「ちょ、お姉ちゃん止めてよ。僕はレズじゃないってば」

「それを言うなら私もだよー。5日間も死んでいたのに蘇ってきた可愛い妹を愛でる姉の気持ち、分からないわけじゃないでしょ?」

「…ちょっとだけだからね?」

「へいへーい」


 この世界に来て一週間ぐらいが経った。その間に僕は、明らかに元の世界とは違うこの世界での情報を調べていた。

 まず、僕の名前は佐々木依在。佐々木という苗字は変わらなかったけど、依在でイアと読むキラキラネーム…とも思えない謎センスの塊のような名前で、しかも女になっている。年齢は17だけど件の脳死事件の時に退学扱いになっており、どこかへ行くとも何もできないだろう存在だ。


 だからこそ、僕はこの身体がいいと思ったのだけど―――

 なんと、この世界。未だにVTuberどころか、初○ミクすらいないのだ。

 日本はこの世界でも第二次世界大戦で敗れたみたいだけど、全世界から支援されている中国と合い打つような感じで中国一帯が日本の領土、しかも国名も大日本帝国のままだし使用されている暦も戦時中さながらの皇紀で、更に昭和天皇もご存命。わけわかんない世界だ。


 そして次に、この家のことだけど...僕がよく知る場所に、佐々木家はある。しかし、昔の本来知っている家よりは明らかに敷地が広い。具体的には、住所区分で前は番地の後に号まで書いていたのに、その号が消えるくらいと言えばいいのかな?とにかく、すごい広い。そして、その中に建物が三つ立っていて、それぞれ『生活用』『機械用』『就寝等用』になっている。庭にはちょっとした畑や溶接用に作られたらしい特別な小屋、木々が生い茂る小林など様々で、本当にここは僕の家なのかと疑いたくなる。


 家族構成は3世帯?お爺ちゃんお婆ちゃんと、この体のお父さんお母さん、そしてそこそこ歳の近いお姉ちゃんと僕の六人暮らし。それぞれ、章お爺ちゃん、草江お婆ちゃん、敏三お父さん、優音お母さん、恵美お姉ちゃん、そして僕こと依在。お爺ちゃんとお父さんの名前を変えた方が合うと思うのは内緒。

 この家族自体、調べれば問題は山ほど見つかる...というか悪いわけではないけど、一般人ではない。脱逸している方の逸般人だよ、明らかにね。


 その中で僕に直接関連するのは、今ベッタリとくっついてきている恵美お姉ちゃん。

『Emilia』というラノベなんかじゃよく聞きそうな(実際、推しの箱にもエミリアちゃんがいた)名前のイラストレーターで、そしてシスコン...いや最早レズの域だろう。

 初日なんか、「体大丈夫?」などと言いながら服を脱がせてきて、体全体を弄られて...思い出すだけで寒気がする。

 ともかく、そんなお姉ちゃんに甘えられながら、僕は推しの供給のない世界に少しづつ干からびていくのだった。

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