ラストシーン
次の日、雷神カフェに行くと店長がスーツ姿の人を手招きして、
「紹介するよ。僕の息子のきよら。東京でアパレルの会社やってるの」
今日はこいつと一緒にお墓参りしてねと言われ、掠れた声ではいと頷く。
「よろしくね」
きよらさんが笑顔で会釈した。
なんか、パッと目を引く華のある人だ。
ちょっと色気があって可愛いくて。このカフェの雰囲気に合った、とてもオシャレな人って感じ。
透夜と二人、自己紹介をした後、
「アパレル業界の方って感じですね」と感想を漏らすと、
「服作りが好きなだけだよ」と照れたように笑った。
うん、可愛い。
ちょっと女子っぽい雰囲気もあって、男女問わずモテそうだ。
それから透夜と一緒に彼の車に乗る。
助手席には長い花が置いてあって、
「あ、僕たち何も用意してないんですけど」
「ああ、大丈夫。線香もあるし。それにしても、茜原くんは風邪気味かな? 体調は大丈夫?」
「風邪じゃないです。カラオケでちょっと」
「あはは。若いなあ」
車が動き出し、きよらさんは、二人とも播磨のこと知らないんだよねと聞いた。
「はい、すみません」
「ううん。逆に有り難いよ。磯山くんだっけ。僕はその子のこと、全然知らないから教えてくれると嬉しいな」
「いいですよ。磯山は同級生で、ちょっとチャラい格好してたけど硬派っていうのかな。パッと見はイカつい感じで大人っぽい人でした」
「最初は喋らないんですけど、慣れてきたらめっちゃ喋ってくる人です」
透夜が追加するので相槌を打つ。
「そう。あと笑顔がめっちゃ可愛いです」
墓地へ着くまで、知ってるエピソードを二人で話し、きよらさんは笑顔でそれを聞いていた。
水を汲んで透夜が持つ。広くてまだ新しい墓地は、山の中腹にあるせいか見晴らしが良くて気持ちのいい場所だった。
「播磨はね、正直よく分からない奴だったよ」
きよらさんは苦笑いをする。年上って感じがしないのは身長のせいか、童顔のせいか。
「無口な人ですか?」
透夜が尋ねる。
「ううん。話す時はずっと喋ってたよ。僕との関係が微妙なせいかもね。友達でもあるし、恋人や家族でもあって。離れていても繋がってるような存在だった」
「恋人の時もあったんですか?」
思わず聞いた。きよらさんの左手の薬指が気になって。
「うん。付き合ってたよ」
「そうなんですね」
「君もバイでしょ? 磯山くんは……」
「元カレです。そしてこれが」
透夜を指さすと、今カレですと嬉しそうに叫んだ。
「ふふっ。若いっていいね」
僕は色々、間違えちゃったからとため息をつく。
「播磨が死んだ理由はわからないけど、僕のことはその理由のひとつだと確信してるよ。結婚してからも、実は切れてなかったから」
お墓にたどり着く。
花を供えて僕たちは合掌する。
途中から静かに泣き出したきよらさんを置いて、僕と透夜は木陰のベンチへ向かう。
しばらくしてきよらさんが戻ってきて、
「ごめんね。我慢できなくて。ダメなんだ。未だに受け入れられない」
鼻まで赤くして、きよらさんは嗚咽を漏らす。
彼をベンチに座らせて、
「僕もずっと後悔してます。でも磯山のお母さんに言われたんです。後悔しなくていい。あの子の人生は、あの子のもの。私たちはそれを受け入れて、あの子を忘れずに生きていけばいいのって」
きよらさんは涙を流したまま、しゃがんだ僕をじっと見ていた。
その目に、本当に僕が写っているのかわからない。
透明の石みたいな、感情が伴わない目。
「この言葉で僕は救われたので、きよらさんにもお伝えしました」
「うん。ありがとう」
ハンカチを出して涙を拭い、
「ショックの数が多すぎて、全然納得できないんだよ。一番辛いのは心中だったことかな。一緒に逝くなら僕だろとか、つい思っちゃう。自惚れが過ぎると思われるのはわかってるけど、愛されてたことは間違いないから」
「……ちょっと待ってください」
僕は立ち上がる。
磯山が好きなのは元カレ。そして播磨さんが好きなのも、元カレのきよらさんだとしたら――。
「あの二人は本当に付き合ってたんですか? もしかして集団自殺という形で、たまたま参加者が二人ってことではないんですか?」
僕は磯山が、元カレを忘れられずにいたことを話した。
「憶測ですけど。磯山は亡くなる前に、元カレに会ってる気がするんです。そこで見事に振られて、たまたま状況が似ている播磨さんと出会って……」
「失恋のショックで、ってこと?」
透夜も立ち上がる。きよらさんは首を振って、
「いや、播磨は恋人ができたって言ってた。だからもう僕とは会わないって。僕たちは、彼が亡くなるちょっと前に別れたんだ」
「きよらさんが振られたんですか?」
「そう。妻が妊娠したことを報告して、その後に会った時、別れ話が……」
きよらさんも立ち上がる。
「いや、まさか。妊娠が原因?」
「可能性のひとつです。きよらさん」
急に透夜が力強い声を出した。
「本人たちの言葉を聞いてない僕らは、こうして推測するしかないんです。真相は藪の中。だから自分の中で折り合いをつけるしかない。それなら、いい方向に。遺していった彼らも、きよらさんや茜が苦しむことは望んでいない。巻き込みたくないから、連れて行かなかった。それだけは確かだと、僕は思います」
しばらくして、きよらさんはそうだねと言った。
「優しい奴だった。全部、僕を優先してくれた。どんな形になっても、僕を見守るって言ってくれた。そっか。愛してるから、残していったのか」
きよらさんは涙を流しながら、しばらく放心していた。
そして僕の心も、波が引くように静かになった。
「……僕はずっと、播磨さんが亡くなった理由を知りたかったんです。でももう、諦めます。心中かもしれないし、集団自殺かもしれない。失恋が原因だったり、鬱が酷くなってとか、いくらでも推測はできるけど。もう分からないままでいいや。とにかく僕は一生、磯山を忘れずに、愛おしい思い出と共に生きていきます」
「いいぞ、茜。その調子。お前に一票入れるぞ」
透夜が茶々を入れる。
「選挙演説のヤジみたいなの、やめてくれる?」
「播磨さんの気持ちも代弁していいですか?」
透夜がきよらを見る。いいよと言われて、
「愛してるぜ、きよら。俺はおまえと出会えて本当に良かった。家族と仲良くして、幸せになれよ」
「やだもう。それ本当に言いそう」
きよらさんは泣き崩れた。
彼を囲むように座って、僕たちはきよらさんの頭や背中を撫で続けた。
雷神カフェに戻ってテーブル席に向かい合い、僕と透夜はミックスジュースを頼んだ。
「本当は、亡くなる前の磯山が、少しでも幸せだったらいいなって思ってたんだよね。亡くなる時も、せめて好きな人と一緒ならって。でもさ、好きな人じゃないかもしれないって考えると、途端に怖くなった。だから透夜が、推測だって言い切ってくれてホッとしたよ」
「うん。あれは良くない方向だと思って。きよらさんが後追いしたらって想像して、慌てて訂正した形になったな」
「危ないよね、あの人」
「まあでも、見た目よりは強そうだよ」
マスターと笑い合ってる姿を横目で見る。確かに、なんか大丈夫そう。
「僕もあの時は、茜が立てた推測が当たってるような気がしたよ。でも、さっきも言ったけど真相は藪の中。人の気持ちなんて、簡単に理解できる訳がないし、勝手に決めつけるのも良くないよ」
「そうだね。とりあえず僕は、後悔しないように生きたいなって思って」
透夜の目をしっかり見つめる。
今日の透夜は銀縁のメガネをかけて、いつも以上に賢そうに見える。
「僕、やっぱり透夜とは付き合えない」
「え?」
驚いて目を大きく開けた透夜は、今までで一番、人間味があふれていた。
「ごめんね。僕はまだ、ヒカルが好き。別れちゃったけど、この気持ちが続いてる限り、他の人とは始められない」
本当にごめんなさいと頭を下げる。怒られるかなと思ってたら、うんという小声が聞こえて顔を上げる。
「……だよな。そんなに上手くいかないか。わかった。茜の気が変わるまで、待ってるよ」
「いいよ、待たなくて」
「待たせてもくれないの?」
「そんな価値ないから」
透夜はいい奴だ。出来ればずっと一緒にいたいけど、彼への気持ちは友情がいい。
「じゃあ勝手に、ずっと好きでいるよ」
「それって多分だけど、恋愛じゃないよ」
言い過ぎたかなと思って透夜を見る。
「人の気持ちは他人には分からないよ」
そう言って、彼はまぶたを指で触った。
確かにそう。ごめんね、透夜。
もう言わないよ。
実家から帰った次の日、僕はヒカルの家に向かった。承諾を得て合鍵で部屋に入り、勝手知ったる感じで晩ご飯を作る。
今日のメニューは豆腐ハンバーグとほうれん草のおひたし、キノコの炊き込みご飯とカブのスープ。
ごはんが炊き上がる頃に、ヒカルは帰ってきた。前に会った時より顔色が悪くて、調子が悪そうだ。
「色々言いたいことはたくさんあるけどさ。とりあえず先にごはん、食べませんか?」
そう言うと、うんとヒカルは頷き、箸を持って食べ始めた。
「美味いな」
「良かった。ハンバーグも美味しいよ」
顔を上げるともう、ヒカルは泣いている。君はよく泣くよね。
「……別れたくない」
あれ? デジャブかな。
僕たちは2月に別れたでしょと、言おうとした。でも僕の心は言うことを聞かない。
「好きだよ、ヒカル」
彼は顔を上げた。相変わらずイケメンだ。泣いててもカッコいいって、なんか腹立つな。
「あのさ。まだ付き合ってるつもりなら、なんで大学に戻ったこと言わないかな。そういうのは先に、恋人に伝えるものじゃないのかな」
「……別れるつもり、だったんだ。また会えない日が続いて、茜が辛い思いするなら、このまま会わない方がいいって思ってた。でもやっぱり、こうして顔を見るともう無理だよ。自分の気持ちに嘘はつけない」
戻ってきて、茜。
返事をせずに黙ってごはんを食べる僕を見て、ヒカルもまた食べ始めた。食後のコーヒーを入れようと立ち上がった僕に、
「待って。行かないで」と後ろからハグをした。
「いや、コーヒーだから」
そう言っても腕を離そうとしない。駄々っ子かよ。そう思いつつ口元がニヤける。我ながら性格悪いな。
「わかった、わかった。仕方ないな」
ヒカルの腕を離して、正面からハグする。
「これから連絡は無視しないで。あと、スマホに位置情報アプリなんか勝手に入れないで」
「わかった。ごめんなさい」
「大学に戻った理由を教えて?」
「……ちゃんと卒業したいと思ったんだ。もっと勉強して、自分に自信を持ちたくて。元々、演劇を学ぼうと思って入った大学だし、一からまた勉強し直そうと思って」
あと、茜と一緒にいる時間も増えると思ったから。
切ない目で僕を見る。
ああもう。
まだこんなに好かれてるなんて。
別れ話になったらと、色々シミュレーションしてきた僕がバカみたい。
「言っとくけどね。2月に別れて、僕は透夜と始めるつもりで……」
「わかってる。……知ってる。アプリで見た。嫉妬で気が狂いそう」
「……これに懲りたら、もう僕のことを放置しないでよね」
「しない。毎日、連絡する。ていうか、同棲したいんだけど」
うーん。同棲か。また僕がおかしくなったらどうしよう。
「あと、パートナーシップ制度も活用したいと思って」
「いやいやいや、それはさすがに早いでしょ。まだハタチなんだから」
「でも早めにしないと、茜がまた浮気したら……」
「浮気じゃねー。一旦、別れただろうが」
言い合いはしばらく続き、疲れた僕はお風呂を炊こうとバスルームへ。そこでなんやかんや始まって、いつも以上にしつこくなんやかんやされて、また僕は喉を枯らした。
その夜、夢を見た。
磯山が楽しそうに笑う夢。
それだけで僕は嬉しくて、切なくて、泣きながら目を覚ます。
隣にはヒカルがいて、指にはペアリングがあって。
幸せだと思いながらまた目を閉じる。
本気の恋を、僕は今度こそヒカルと始めたいと思っていた。
きよらさんも幸せになってほしい。
赤い糸はひとつじゃなくて、いろんな人と繋がっている。
もし運命の一人目とうまく行かなくても、二人目の運命の人と幸せになればいいのだから。
そう祈りながら、僕はまた目を閉じた。
END
モブがアイドルになんてなれる訳がない 千花 @Chihana229
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます