シーン6
大学に戻ってしばらくした頃、雷神カフェの店長から連絡が入った。
すぐ透夜に電話をかける。
「播磨さんのお墓、来年の春頃に出来るらしいよ。店長が一緒に行こうって連絡くれた」
『へえ。じゃあ僕も一緒に行くよ』
「でも春頃って、ちょうど忙しいんじゃないの?」
確か春には契約満了で、その前に解散ライブと新曲リリースで、てんてこ舞いになるとヒカルから聞いていた。
『一日ぐらい、何とかなるよ』
嬉しいな。マジでいい奴。
「あ、そうそう。今日の動画配信、リアルタイムで観るから頑張って」
『そういうの、励みになる。ありがとう』
じゃあまたと言って電話が切れた。
ニヤニヤしてた口元を引き締めて、バイトの面接に向かう。
こないだ実家に帰ったせいで、今はかなり金欠だ。古本屋の店長は、僕を見るなりいつから入れるのと聞いた。相良の紹介のせいか、話が早くて助かった。
コンビニに寄って帰り、配信までお風呂に入ったりのんびり過ごす。ノートパソコンを開いて準備してたら、スマホが鳴った。
この、間の悪さはおそらく相良だ。
「今、忙しいんだけど」
横柄な声音を出すと、相良は矢継ぎ早に、
『わかってる。配信見るんでしょ。その前に知らせなきゃと思って』
SNSに載ってたと、写真を複数送ってきた。全て、めっちゃ見覚えのある写真。
「おい、なんだこれ」
思わず声を荒げる。
一枚目は僕が雷神カフェでミックスジュースを飲んでいる写真。あの日、透夜が撮影した中のひとつだ。
スタンプで顔は隠れてるけど、中指にはめた指輪がしっかり写っている。
有名ブランド店で買った、ヒカルとのペアリング。ファンが見たら、同じ物だと気づくかもしれない。まあそれはとりあえず、いいとして。
二枚目は電車の中で、透夜の膝を僕が握ってるやつ。あいつを起こすのに足を持って揺さぶった時のものだけど、SNSに載せると妙に意味深に見えてくる。
しかもペアリングがしっかり写ってるから、一枚目の人物を彷彿させる筈だ。
そして三枚目は、僕の後ろ姿。
夕日が当たって綺麗に撮れたので、かなり気に入った写真だった。
「……これ、透夜が投稿した?」
『うん。透夜くんのアカウントだよ』
すぐにSNSを見ると、コメントに『大切な人』とだけ書かれていた。おいおい。何やってんだよ。
『私も今から配信見るけど、絶対に荒れると思うから、茜は見ない方がいいと思う』
そう言われたけど、大丈夫と伝えて電話を切る。そしてパソコンに向かった。もう配信が始まっていて、案の定コメント欄はSNSの話題で埋まっていた。
『あれって恋人?』
『指輪がヒカルとおそろ』
『透夜ってゲイなんですか?』
『三角関係ならヤバ』
『ヒカルもゲイってこと?』
『質問に答えてください〜〜』
みるみるうちにコメントが流れてく。
画面ではずっと解散ライブについて話してて、いつもと同じくほのぼのした空気だったけど、コメントを見た須賀くんが、
「ちょっと、これヤバいじゃん。弁明てか説明しなよ、透夜」と話を遮った。
「え? うーん。説明って言われても」
頭を掻いて笑ってる。癒し系キャラを演じてるって分かってるけど、今はやめてほしい。
「大切だなって思ったんだよね。それで勢いで投稿しちゃった」
「透夜にしては珍しいな」
関西弁でヒカルが茶々を入れる。
「そうなんだよね。自分でも驚いてる」
「うんうん。透夜って情熱とか、勢いとかそういうの無縁だと思ってたよ」
須賀ちゃんも笑って、
「で? どうなの。あの写真は恋人?」
「違うよ。友達」
そう言って両手で顔を隠す。
「前に言ったじゃん。一目惚れした相手。友達だけど、やっぱ好きだなって」
透夜は耳まで赤くして照れている。可愛いなと、つい思ってしまった。
「でも相手は? みんなも気づいてるように、その子はヒカルのファンと見た」
須賀くんがSNSの画面をアップで見せて、
「この指輪、明らかにヒカルの真似して買ってるじゃん」
「そうなんだよね。その子、ヒカルの大ファンなんだよ」
透夜が握りこぶしを作って、
「まったく勝ち目無いんだよ。だからみなさん、許してよ」
「まあ、そういうことなら許したるわ」
「なんでヒカルが偉そうなの?」
須賀ちゃんがヒカルの頭をこづく。
「片想いは辛いねって話でした。では次、プレゼント企画のお知らせです」
「え、もう終わり?」
透夜が口をポカンと開ける。
「おまえのせいで巻いてんねん」
ヒカルが透夜を指さす。
「今日はTシャツです。三人の直筆サイン入り」
「えー。もっと話したい」
「まだ言うか。もうええわ」
「世界にたったひとつのTシャツですよ。ぜひみなさん、ご応募くださいね!」
須賀ちゃんとヒカルのフォローが良かったのか、コメントがかなり落ち着いてきた。
『ネタかよ』
『透夜オツ』
『ヒカルのファンなら透夜では無理』
『透夜ガンバレー!』
『配信前の客寄せかな?』
コメントをざっと見てから、パソコンを閉じる。
とりあえず何とかなりそうだ。ホッとして立ち上がり、ヒカルの家に行く準備をした。
帰ってくるなりヒカルは不機嫌を隠そうとせずに、
「今日は、ほんまにしばいたろかなと思ったわ。スタジオ来てた社長な。あの人が仕掛け人やって。ほんま、あり得へん」
「え、透夜じゃなくて?」
「ちゃうよ。なんか面白いことしてって、前から言うてはって。そしたら透夜が、僕の好きな人をSNSに載せるのはどうですかって」
ああ、なんだ。仕事だったのか。
「ごめんな。しょうもないことに巻き込んで」
僕の頭を撫でて、おでこを合わせる。
「申し訳ないけど。茜の指輪、一旦預かってもいいかな? 身バレして面倒かけたくないねん」
「うん。もう用意してた」
ケースをヒカルに渡す。
僕は大丈夫と言って、彼にキスをする。まだ小さな棘がチクチクしてるけど、気づかないふりをしてセーターを脱いだ。
「お風呂入ろ」
ヒカルの手を引いてバスルームに連れて行く。彼を舐めてあげたあと、湯船の中で繋がる。ゆっくり抱き合うのも僕は好きなんだけど、ヒカルは早くてごめんと言ってすぐにいった。
「今日はダメだあ。何をしても気分が晴れない」
「じゃあ早めに寝よっか」
優しく髪を撫でて、そのついでにシャンプーをしてあげた。簡単なマッサージをすると、めっちゃ気持ちいいと目を閉じる。
イケメンだなあと改めて思う。
この顔の魅力を最大限に使って、彼はこれから芸能界という荒波を渡って行くのだろう。
ふと、透夜のことを想う。
一重の細い目。意外と鼻は高いけど、パーツが全て小さめで印象に残らない。
モブの中のモブ、キングオブモブって感じのあいつがアイドルやって、そこそこ人気が出るなんて。
ホント、何が起こるかわかんないや。
翌日、大学で相良と会う。
「うまく収まって良かったね」
そう言った彼女は、僕の指に例のペアリングが無いことを確認して、おもむろに手を繋いできた。
「なんだよ。気持ちわり」
「口の利き方、悪すぎでしょ」
そう言いつつ、嬉しそうに笑う。
ヒカルがめっちゃ怒ってたことを話すと、そりゃそうだよと相良も怖い顔をした。
「変な事務所だよね。プライベートを出せなんて、コンプライアンスとか無いの?」
「よく知らない。でもわりと大手の事務所
みたいだよ」
「透夜くん、使い捨ての駒なのかもね」
ああ、それは確かにそうかもしれない。可哀想だけど。
「一年契約だからね」
「そのまま所属しないんだ」
「うん。4月から大学生に戻るよ」
「ふうん。なら、紹介してもらおっかな」
ん? 相良、透夜に興味あるの?
「全然いいけど。ただあいつ、僕のことが好きみたいだよ」
「だから気になるんじゃん」
相良はようやく手を離し、食堂のメニューを見る。
「あ、今日のランチ、杏仁豆腐付いてる」
「マジで。じゃそれにしよ」
嬉しそうな相良を見ていて、ふと理解する。
結局相良も、僕を好きでいるだけだ。もちろん、親友として。
「そういえば、磯山くんのお墓参りの話を聞いてなかった」
鶏の唐揚げを食べ終えて、相良は真面目な顔をした。
「うん。だいぶ自分の中で消化できたっていうか。行って良かった」
磯山のお母さんに言われたことを話す。
「お母さん、優しいね」
「うん。でもまだ、気になってるけどね。原因は知りたいし」
「そっか。まあ、自分のせいじゃなくても、理由を知って納得したいよね」
そう。納得したいんだ。
そうすることで、この問題が解決する気がして。
たとえは悪いかもだけど、死人に口なし、だから。遺された僕たちは推理するしかない。答えを聞いて納得して、ようやくこの悲しい出来事から一歩前に踏み出せる気がするのだ。
「茜、本当にごめん」
透夜に呼び出されて、夜更けのカラオケボックスへ。 透夜は珍しく、メイクをしたままだ。仕事終わりに、慌ててここへやって来たんだろうか。
「こんなに騒ぎになるとは思ってなかった。配慮が足りなくて、本当にごめんなさい」
「いいよ。僕の方は被害出てないし。まあ、指輪は没収されちゃったけど」
笑って手を見せると、ごめんとまた謝った。
「とりあえず顔洗ってきたら? なんか落ち着かない」
メイクしてる透夜はイケメンで、正直かなり好みの顔だ。こいつごときに緊張したくないし、無理矢理トイレに向かわせて、デンモクを手に取る。
そういえば、ブルホラ(透夜たちのグループ名)の曲はカラオケにあるんだろうか。調べていたらドアが開いて、なぜか須賀くんが入ってきた。
「え、どしたの?」
「いや、僕だけ謝らないのもおかしいと思って。全員で謝りに来たんだ。ごめんなさい」
頭を下げて、おもむろに僕のデンモクを取り上げた。
「全員って?」
「うん。お詫びに歌わせて。歌、下手だからお詫びになるかわからないけど」
ヒカルと透夜も部屋に入ってきて、サプラーイズと言った。そして、さよならサプライズという彼らの歌をダンス込みで歌い始めた。
なるほど。二人なのにパーティルームって、なんかおかしいなって思ってたんだ。
仕方ないので動画を撮ってやる。生で初めて聴いたけど、三人ともマジで下手だ。これ、SNSで晒してやろうか。
曲が終わって、仕方なく拍手する。
「あれ、茜。なんで怖い顔してんの」
めざといヒカルが隣に座る。
「サプライズ嫌い」
「そうなの?」
「こんなんじゃ詫びになんないよ。あとみんな、早くメイク落として。普段の顔で写真撮影しよ」
「あ、それじゃメイク前とメイク後で写真撮ろっか」
須賀くんがそう言って、みんなで写真を撮る。だんだん楽しくなってきて、いろんなポーズで撮影して遊ぶ。
このグループも来春には解散して、今のように会うことも無くなるんだよな。
そう思うと名残惜しい。今のうちに須賀くんとも仲良くなっとこうと思って話しかけた。
「あのさ。アイドルに未練はないの?」
「え? そうだな。未練はないけど、先のことはちょっとまだ、考えてないんだ」
メイクを落とした地味な顔で、彼は明るく笑った。
「とりあえず、終わるまではしっかりやって、燃え尽きようと思ってて。その時、自分がどう感じるかで、将来を決めてもいいんじゃないかって。俺、野生だからさ。頭じゃなくて、心とか肌で感じることが大事だと思ってるんだ」
「うん。そうだね。それがいいよ」
「だろ? 頭で考えても限界があるから」
「それちょっと分かる。僕は考えちゃうタイプだけど、いきなり感情に支配されて思いがけないこと、したりするから」
「そうそう。情熱ね、そういうの大事」
「何語り合ってんだよ」
ヒカルが茶々を入れた。そして僕の肩をぐいっとつかむ。
「この子、俺のだから。あんまり仲良くしないで」
「ヒカル、そういうの嫌われるよ」
須賀くんが笑う。
「愛が重めだから」
僕が茶化すと、そうだよとふんぞりかえる。
「須賀のことも大切に思ってるし、今後も俺がしっかり見届けてやるからな」
「偉そうだな」
須賀くんと二人で笑った。
「それにしても。あいつ、ずっと歌ってるじゃん」
熱唱中の透夜を眺める。
「選曲が面白いよね」
「確かに。この人の曲を歌う奴、初めて見たわ」
「透夜は意外性の塊だよ。俺結構、尊敬してんだ」
「ああ、須賀の言いたいことは分かるよ。熱心なんだよな。何にでも真摯に向き合うところ、いつもすげーなって思ってる」
「僕はね、優しいところがいいなって思ってる」
「ちょっと。褒め殺し、やめてくれない?」
マイクを離して透夜が振り返る。恥ずかしいのか、顔が赤い。
「どうせ最後に言うんだろ? でも、歌は下手って」
「大正解!」
須賀くんが立ち上がり、僕たちは笑う。仲良くて、いいグループだな。解散しちゃうのがホントもったいないよ。
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