シーン5

 お墓参りをしてからも、駅で別れる時も透夜はずっと機嫌悪そうに黙ったままだった。面倒くさいなと思いつつ、待ち合わせの時間だけ念押しして背を向ける。すると名前を呼ばれて、


「また明日。僕は明日も君に会うから」

 そう言って手を振って向こうに歩いていった。変な奴。そんなの分かってるよ。


 また電車に乗り、あくびを噛み殺す。

 移動が多くてとても疲れていた。

 実家に帰ったらすぐに寝よう。そう思ってたのに、家に帰ってすぐに、ヒカルに電話してた。


「久しぶり」

 そう言うと彼は笑った。

「昨日ぶりだろ」

 ああ、そうだっけ。何故か昨日がもう遠い。


『実家はどう?』

「なんで知ってんの? あ、透夜か」

『そうだよ。逐一、報告もらってる』

 なんだ、つまらない。

「お母さんが張り切って、今日は出前のお寿司を食べたよ」

『いいな、お寿司』

「うん。夏休みに帰らなかったこと、めっちゃ嫌味言われたけど」

『それは俺のせいでもあるな』


 僕は軽く咳払いをして、今時間あるかなと尋ねた。

「元カレの話、してもいい?」

 聞きたいと言うので、磯山の話をした。

 言葉にすると凝縮される。そして、思い出はもっと複雑で曖昧なのに、言語化してしまうとその言葉の通りに、認識を上書きされてしまう。

 だから本当は人に話したくないんだけど。


 なるべく言葉を選んで伝えた。磯山への気持ちも、出来るだけ本音で。

 ヒカルは黙って聞いてくれて、僕が話し終えたら、ビデオ通話に切り替えたいと言った。きっと僕の顔を見たいんだろう。でも断った。何故なら、もう涙でぐちゃぐちゃだから。


「こういうのは電話の方がいいんだよ」

 強がりを言ってみる。ヒカルは笑った。

『なんか抱えてるなと薄々感じてたけど、なるほどね。茜は不安なんだな』

「え?」

『男と付き合って、上手くいくかどうかが』

 僕は何も言えなくなる。


『周りにはそういう人が誰もいなくて、逆に心中するようなカップルしかいなくて』

 ああ、そういう部分もあるかもしれない。

 誰か、男同士でも幸せになってる奴らが周りにいたら。今みたいに、こんなに苦しい気持ちになってないのかも。


「怖いんだよね」

 ベッドにもたれて座り、僕はティッシュで目を押さえる。

「なんか色々怖い。本気で人を好きになるのも怖いし、ヒカルとの関係も上手く行けば行くほど怖いよ。ハッピーな状況が、逆にプレッシャーみたいに感じる。足元から砂が引いてくみたいに、頼りなくて不安な気持ちがずっと続いてて。こういうことに慣れてないから、どういう感情でそばにいればいいのか、わかんないし」


『それって恋愛に限らないよね』

 ヒカルの声がグッと近くなって、ふと彼の体に触れたくなった。

『いい事が続いたら、やべーって思うし。なんかわからんけど、平均を取りたい気持ちが芽生えるっていうか』

「そう。次は悪いことが来るように思ったり。それで何か失敗して、ほらやっぱりって納得して」

『ハッピーが当たり前って、なかなか思えないよな。それなら、俺たちはそういう仕様だと諦めて、上がったり下がったりをいちいち気にせずに、そんなんもんかって流せたらいいね』


 気にしないなんて、今の僕に出来る訳ない。でも慰めてくれる気持ちが嬉しくて、そうだねと同意する。

『とりあえず一言いうなら。俺は茜のことめっちゃ大事に思ってるよ』

「うん。それは伝わってる」

『早く、帰ってこいよ』

 照れた声が可愛い。明日の夜には帰るよと伝えて電話を切った。



 次の日、透夜と僕は雷神カフェに向かった。

 店名同様、店構えからすでにパンクかつサイケな雰囲気が漂ってて、普通の田舎の商店街の中で異彩を放っている。客層を選びそうだなと思いながら、おそるおそる店に入った。開店時間を少し過ぎたばかりで、店内に客はほとんどいなかった。


 お好きな席にどうぞと声をかけられ、少し奥まった窓際の席に座る。テーブルも椅子も同じ物が無くて、無秩序極まりない。でもトータルで見るとバランスが取れていて、センスの良さを感じる魅力的なお店だ。


「オシャレな店だな」

 透夜がポツリと漏らす。だね、と相槌を打ってメニューを手に取った。優しそうなおばさんが水を運んできて、

「こちらはサービスです」と、かりんとうが入った小皿をテーブルに置いた。


 僕はミックスジュース、透夜がクリームソーダを頼んで、かりんとうを一口つまむ。素朴な甘みが美味しい。


「カウンターであくびしてるおじさんがいるんだけど」

 写真を撮りあってから、透夜が小声を出す。

「あの人が店長だろうか」

「え、あのイケてない人が?」

 声に出すなよと頭を軽くこづかれる。さっきのおばさんもそうだけど、店の人が田舎のシニアって感じの普通の人たちで、店の雰囲気にまるで合っていない。

「とりあえず、話しに行ってみるか」


 透夜が立ち上がった。

「すみません、席変わってもいいですか?」

 そう言ってカウンターに近づいた。僕も自分のコップを持って後に続く。

「お、なんだい。全然構わないよ」

 店長らしき人が、手に持ってた新聞を置いて気さくに笑う。

「おじさんと話す?」

「はい。実はちょっと聞きたいことがあって」


 僕たちは磯山の友達だと前置きして、

「もしご存じなら、播磨さんのお墓参りをしたいので場所を教えていただけますか?」

 そう言うと、店長は眉を大きく上げた。

「ふうん。磯山くんか」

「え?」

「いや……。一度だけ、ここに来たことがあるんだよ。生きていれば君と同級生か。まだ本当に若かったんだねえ」


 店長は肩を落として、

「なんであんなことになったのか、あの二人が亡くなってからもうずっと考えているんだよ。突然の出来事で、全く気づいてやれなくて。何か出来たんじゃないか、話を聞いてやれたらと、後悔ばっかりでね」


 ああ、ここにも同じ思いの人がいたんだ。


 おばさんもやってきて、

「本当にね。未だに整理がつかないんだよ。うちの息子も、ちょっと見てられないぐらい落ち込んで、しばらく仕事を休んでたし」

 元々は息子の友達で、と店長が話を引き継いで、

「うちの養子になりたいって口癖のように言ってて、それが可愛くてね。息子よりも長く一緒にいたから」

「そうそう。うちの子は東京行っちゃって帰ってこないし」


 おばさんは店長の奥さんなんだと気づいて、

「友達なら息子さんは、何か事情を聞いてたりしませんか?」と聞いてみた。


「ううん。ちょっと疎遠になってたみたいで、ねえ」

 おばさんが意味深に店長を見る。店長は首を何度か縦に振って、

「とにかく誰も、亡くなった理由を知らないんだ。遺書も無くて、でも突然思い立ったにしては練炭買ってきたり、色々謎が多くてね」

「そう。あの子は優しいし、身辺整理っていうの? そういうのをきっちりするタイプの真面目な子でね。だから、何もかも途中で放り投げて逝っちゃったのが不思議なのよね」

「これがまあ身投げとか、縊死とか、そういう発作的なものならまだ分かるんだがな。体の不調を感じて、心療内科に通い始めたところだったし」

 おばさんも黙って頷く。こんなに身近な人たちでも、原因が分からない、なんてことがあるんだろうか。


「お墓はね、まだ作ってないみたいよ」

 おばさんが僕を見た。

「そろそろ三回忌だから、墓地を探してるってこの前聞いたけど。お母さんがまだ人と話せる状況じゃ無さそうで、お父さんが休みの日に色々見て回ってるって」

「もし会ってみたいなら」

 店長も僕を見る。

「家に行くといい。ただし、お父さんが家にいる土日にね」



 帰りの新幹線の中で、

「どうすんの? 播磨さん家」と透夜が聞いた。

「うん……どうしよっかな」


 正直言うと、播磨さんのお墓参りに期待はしてなかった。

 知らない人だし、お墓が無ければそれでも構わなくて。今回の目的はあくまでも磯山の墓参りだったし。

 だけど、雷神カフェに行って、播磨さんが亡くなった原因が、前より気になりだした。


「行くなら付き合うよ」

 透夜があっさり言う。

「でもおまえ、忙しいじゃん」

「あ、訂正する。来月以降で良ければ付き合うよ」

 考えとくと言って、僕は窓の方を向いた。トンネルの中、真っ暗な窓に自分の姿がぼんやり映っていた。


「次は海に寄っていくか」

 急に頭を撫でられて、驚きでビクッと肩が上がった。

「今日は時間なくてごめん」

「あ、うん。そんなの気にするなよ」

「だって茜、海好きだろ」

 透夜が優しく笑う。普段は無愛想で真顔がデフォだけど、笑うと急に愛嬌が出て可愛くなる。


「透夜さあ、もうちょっと太ったら? ていうか筋肉付けたら、もっといい感じになると思う」

 意外という風に眉を上げて、

「筋肉は僕には不要だよ」

「頭良くて、脱いだら細マッチョって最強じゃん」

「そういう発想はなかった」

 メガネをクイっと上げて、また笑う。


「とりあえず、茜にとっていい休日になったようだね。僕も付いてきた甲斐があったよ」

「何それ。筋肉の話から逃げるの?」

「運動は苦手で」


 それから透夜は、いかに自分が運動に縁が無いかを語り始めた。こいつって見た目よりも全然、優しい。他人に興味なさそうなのに、ちょうどいい量で気を遣ってくれる。


「いい奴だな」

 ふと口から溢れた。

「茜が相手だからね」

 そう言って笑い、まだあるぞと話を続けた。

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