シーン2
その日の夜、また長谷部くんから連絡が入った。いそいそ準備して、僕は彼の家に行く。
キッチンに並んで立ち、魚を焼く彼の隣で簡単なサラダを作る。家で一緒に晩ごはんを食べようと誘われて、僕は少し浮かれていた。
一夜限りじゃなかった事と、次の日に誘ってくれた事が嬉しくて。
「長谷部くんって昼間は何してるの?」
「ヒカルでいいよ」
綺麗な笑顔で僕を見て、
「来年の活動に向けてレッスン受けたり、バイトしたりかな。透夜から聞いた? 今のグループは期間限定で、俺はその後にモデルと俳優をやるの」
「うん。知ってる」
レタスをちぎってたら、やっぱ可愛いなと頬にキスしてきた。
「今日はずっと、茜に会いたくてヤバかったよ」
「そうなんだ」
嬉しかったけど普通に返す。
図に乗らないようにしなきゃ。何しろ長谷部くんは、未来のスター候補なのだ。
晩ごはんを食べた後、一緒にお風呂に入った。
昨日は照れてちゃんと見れなかったけど、程よく鍛えた素敵な体をしている。
「茜ってホント女の子みたい」
僕の乳首を触って、不思議そうな顔をする。
「ここ、大きいよね。しかも感度いいし」
「あんま言わないで」
僕のコンプレックスなのでキスして黙らせる。
頭をがっつり持って情熱的なのをかましてたら、長谷部くんは胸を撫で始めた。
「んんっ」
「……茜。もう入れたい」
「ダメだよ。まだ無理」
僕が準備してたら長谷部くんも手伝ってくれた。
そのまま壁に手をついて、後ろから激しく抱かれる。バスルームは声も音も響くので、段々エロさが増してくる。
あっという間に二人ともいってしまい、のぼせそうになったのでシャワーを浴びてからバスルームを出た。
「喉かわいたー」
僕が甘えると、長谷部くんがニヤニヤ笑う。
「お水ちょうだい」
「待ってて」
冷蔵庫から水を出して、僕に渡す。長谷部くんはタオルを頭から被ってて、そんな姿でもかっこいいって何なんだろって不思議だった。
「ヒカルって、ホントにイケメンだよね」
「今更だな」
笑って僕の隣に座り、
「魅力がすごいって、最初に褒めてくれただろ? あれを聞いた時、心の中でガッツポーズしたよ。茜、絶対に俺を気に入ったって」
「うん。初めて動画観た時から気になってた。ヒカルもそうなの?」
「ひとめ惚れだよ。昨日茜と会った時、ビビって電流が走った。だから……」
僕を膝に乗せて、軽くキスする。
「早く手に入れたくて焦ったんだ。普段の俺は、あんなにがっついてないんだよ」
「嬉しい」
肩に腕を回して、彼にしがみつく。
両想いだねと囁くと、可愛すぎるってとまたキスしてきた。
「男の子を好きになるとか、自分でも驚きだけど。恋って突然落ちるんだよな。茜の性別なんて全然気にならないもん」
「うん。わかるよ」
僕の初恋が正にそうだった。いつのまにか春木さんで頭がいっぱいになって、何度消しても浮かんできた。
「茜は最初から男の子が恋愛対象だった?」
「わかんない。初恋は男で、高校でも男と付き合ってたけど、中学の時には彼女がいたよ」
「え?」
驚いた声だったので、彼から腕を離して顔を見る。
「僕、付き合ったのって、その二人だけなんだよ。初恋は片想いのまま終わったし。それが透夜のお兄ちゃん」
「……そうなんだ」
「こないだ偶然会って、それで透夜と知り合ったんだ」
話を透夜に持っていこうとしたのに、長谷部くんは話を戻して、
「待って。それじゃあ茜は、両方出来るって事だよね。……入れるのと入れられる方?」
ああ、気になってたのはその事か。
「うん。どっちも好きだよ。ヒカル、今度試してみる?」
「いや……。確かに若干気になるけど。茜すごく気持ち良さそうだし」
「うん。気持ちいいよ」
長谷部くんにキスして、舌を舐める。
口を離してすぐ、俺のも今みたいに舐めてと乞われたのでその通りにする。
「これホントにエロいなあ」
気持ち良さそうな長谷部くんと見つめ合って、彼をぺろぺろ舐めた。
イケメンはこんな時もイケメンだなと思い、ドキドキが止まらない。
「ヤバい。ちょっとストップ」
僕の頭を押して離し、
「こっちに座って。俺もやってみたい」と手を差し出した。
「マジでやるの? 抵抗ない?」
下着を脱いで、僕はソファに横になる。
「茜のなら多分、いける気がしてきた」
長谷部くんは僕のを舐め出した。
うわ、ホントにエロい。でも目が離せない。
「ヒカル、もうやめて。僕いっちゃうよ」
「いいよ」
パクっと口に咥えるので僕は軽く悲鳴をあげる。そのままいってしまい、長谷部くんはごくんと飲んだ。
「え、うそ」
起き上がって、大丈夫か尋ねたら苦笑いで、
「うん。まあ、何とか大丈夫」
「無理すんなよ」
健気な彼が愛おしくて、僕はソファに押し倒してフェラしてあげた。
同じように飲んであげると、僕を上に乗せて好きだよと言った。ああ、もう何これ。
こんなの、ハマらない方がおかしいよ。
大学の帰りに透夜と待ち合わせて、一緒にごはんを食べに行った。
長谷部くんの事、彼はもう知ってて、
「聞いたよ。ラブラブみたいだね」と冷たい声を出した。
「うん。ごめんね」
とりあえず先に謝る。いいよと透夜はそっけなく言って、
「僕が茜でも長谷部くんに惚れるから。やっぱりモブは、恋愛でも主役になれないってことか」
「やだな。拗ねんなよ」
タイカレーを真顔で食べる透夜は、心の中がまるで読めない。
「それに、想定外は長谷部くんの方だよ。まさか本気で茜を好きになるなんて」
「だよね。僕も意外だった」
一夜限りだと思ってた関係は、恋人へと変化した。部屋の合鍵をもらい、もう三回ぐらいお泊りしている。
「今日僕と会う事、長谷部くんに言った?」
「うん。報告してくるって言った」
「だろうね。牽制されてる」
何の話かと思ってたら、
「首にキスマーク付いてるよ。マーキングされまくってるね」
「あ、ごめん」
長谷部くんは噛み癖があって、僕の体はいつも痣だらけだ。
首回りは特に注意して隠すんだけど、何かの拍子で見えたんだろう。
「明日CDが発売になる。それと同時にファンブックも出版される」
透夜が僕をしっかり見つめた。細い目の奥に、強い光が見えた。
「長谷部くんは、これからもっと人気が出るよ。覚悟してた方がいいんじゃないか?」
「わかってる。大丈夫」
まだ、そこまで本気じゃない。
僕は今もまだ、過去の自分に囚われたままだ。
たくさんの分厚い皮を剥がしたら、傷ついた一昨年の僕がちらりと顔を出す。
透夜と別れて夜の街を歩く。
雑踏の中に一人でいると、心がざわざわする。
僕の好きだった人と歩いた街はここじゃない。でも懐かしい気持ちになるのはどうしてだろう。
バイトを終えて相良の家に寄り、一緒に透夜たちの配信を観る。
「マジでイケメン。何これ。三人ともかっこいいんですけど」
「うん。やっぱり動画で見るといいよね」
「あ、CDの宣伝してる」
須賀くんが手に持って、三人で曲の紹介をしていた。僕も聴いたけど、正直歌は微妙だった。
「みんな音痴なんだよね」
透夜がのんびりと話す。しゃあないやんと長谷部くんがつっこむ。
「俺ら、ボイトレした事ないねんから」
「うん。なんでしなかったんだろね」
「確かに」
須賀くんも首をひねる。
「売る気を感じられないよね。でも曲はいいんだよ」
「そやね。曲はほんまにいい」
「そう。だから皆さん、ぜひ購入してみてください」
須賀くんが可愛く笑った。
「特典DVDも付いてます」
「俺らがただ外で喋ってるだけやけどな」
三人で爆笑して、配信が終了した。あははと相良も笑う。
「おかしー。イケメンがほのぼの会話してる」
「透夜が癒し担当なんだよ」
実物と違って、三人ともキャラになりきってるのが面白い。
「それで、茜の彼氏はメガネくん?」
「うん。写真見る?」
スマホを開いて画像を見せる。
探すまでもなく、最近はヒカルの写真しか撮ってない。
「ヤバい。ホントにかっこいいね。もっとエロいのはないの?」
相良がニヤニヤする。
「あるよ。ヒカルのタブレットに動画が」
「うわ。過激」
「そうなんだよ。あれは誰にも見せられない」
スマホを閉じると相良が真面目な顔で、
「……今度は本気?」と尋ねた。
僕は立ち上がって勝手に冷蔵庫を開け、水を取り出した。
「難しいな。芸能人だから、あんまり好きになってはいけないし。でもそれくらいの方が僕には合ってるかもだし」
「そんなの変。頭でするもんじゃないよ、恋なんて」
相良が怖い顔をする。
僕のスマホが振動して、ヒカルからのメッセージが流れて消えた。
「そろそろ行かなきゃ」
僕が立ち上がると相良も立ち上がって、
「会いたい。なんか、会わなきゃって気持ちになってきた」と何故か僕のリュックを持った。
「一緒に来るの? いいけど、送れないよ?」
「タクシーで帰るから大丈夫」
相良は学生らしからぬ、リッチな発言をした。
そして僕の腕を組み、行くよと急かす。仕方ないので慌てて部屋を出る。
ヒカルのマンションの下に着いた時、ちょうど車の止まる音が聞こえた。
振り向くとヒカルが立っていて、相良を見て不審そうに眉を寄せた。とりあえずロビーに入って彼女を紹介する。
「友達の相良。高校と大学が同じなんだ」
「初めまして」
珍しく相良が顔を赤くしてる。
「茜の事、よろしくお願いします」
「あ、はい」
ヒカルが戸惑った顔で僕を見たので、彼の腕を触った。
「急に連れてきてごめんね。なんか心配性な子でさ。一度ヒカルに会いたいって言うもんだから」
とりあえずヒカルの警戒を取ろうと思って口にしたのに、相良は急に僕を睨んだ。
「そりゃ心配もするわよ。あんたまだ、過去を引きずったままだし」
「ちょっと。……やめろって」
冷たい声で彼女を止める。そして思いっきり睨みつけた。
僕の血相に相良が黙る。
ヒカルの腕を強めに引っ張って、彼女に背中を向けて歩き出した。
エレベーターに乗ってすぐ、
「今の何? ていうか、相良さん置いてって大丈夫?」とヒカルが尋ねる。
ごめんと謝って、彼にしがみつく。
部屋に入って一緒にバスルームへ行き、彼に抱いてもらった。
でも全然いけなくて、ヒカルだけいかせて体を離す。
「良かったら話、聞かせてくれる?」
ベッドの上でヒカルが尋ねた。首を振る僕に、わかったと頭を撫でて、
「色々気になるけど。俺は今の茜が好きだよ。それだけは忘れないで」
「ありがとう」
ヒカルにしがみついて、僕は少しだけ涙を流す。
一番怖いのは、彼を本気で好きになる事だ。
大切な人がまた、急にいなくなってしまったら――僕を覆う皮はどんどん分厚くなって、そのまま窒息するかもしれない。
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