シーン3

 CD発売から数ヶ月経ち、僕は意外にも穏やかな日を送っていた。


 透夜の予言は半分当たり、ヒカルの人気はみるみる上がっていった。

 配信の再生回数が増え、グッズの売れ行きも好調。ただ計算違いは、透夜たちの方により人気が出てしまったって事。


 実は地味顔である、というのを暴露した途端、ファンクラブの入会者が一挙に増えたのだ。SNSのトレンドにも乗り、ブルー・ホライゾン(透夜たちのグループ名)は知る人ぞ知るくらいには有名になった。


 SNSのフォロワー数も桁が変わるほど増えたけど、三人の生活は今までとほとんど変わらない。素顔をネットに晒したところで、ファンに気づかれる事は滅多にないのだとヒカルは笑った。


「フォロワーが何万人いても、茜とこうして外でデート出来るんだし」

 そう言うけど、ヒカルはオーラもあってとてもかっこいい。カフェにいる女子がチラチラこっちを見てて、バレないかとヒヤヒヤしてしまう。


「茜は今日も可愛いよね」

 ヒカルの目尻が垂れ下がった。最近は前より僕に甘くて、なにかと女扱いするので恥ずかしい。今日はデートなので耳を出し、長めのシャツとレギンスを履いて女子っぽくしてあげた。こういうのを喜ぶって事は、ヒカルはやはりノーマルなのだ。

 まあ、わかってたけどね。



 映画館でポップコーンをつまみながら、ふと思う。

 永遠なんて、そもそもないのだ。

 男同士だからとか、そういうのじゃなくて。男女の恋愛であっても、ずっと愛し合える保証なんてない。だからこそ、ヒカルが好きだと言ってくれる気持ちに、ただ応えればいい。心のまま、恋する気持ちを育めばいいのだ。いつか別れるという結末が変わらないのなら、尚更今を楽しむべきだ。


 頭ではちゃんとわかってる。

 そう。わかってはいるんだけど――それが難しくて。



 映画を観た後、ごはんを食べに行こうと街を歩いてて、ばったり透夜と会った。気まずそうな彼をつかまえ、三人でお好み焼きを食べに行く。そこはヒカルの叔母さんの店で、大阪弁が飛び交う素敵な場所なのだ。


「はい、茜ちゃん。いつものミックス焼きそば」

 叔母のマドカさんが、鉄板の上に焼きそばを置いてくれた。お礼を言って、三人で一緒に食べる。


「あ、おばちゃん。七味が切れてるで」

 ヒカルもここでは大阪弁になるようだ。堪忍なと七味を持ってきて、

「それにしても茜ちゃん。今日はお姫さんみたいに可愛いなあ。ヒカルは面食いやで、ほんま」と笑って去っていった。

「茜の事、ホントに女だと思ってない?」

 透夜がからかう。そんな訳ないじゃんと僕が笑うと、

「いや、おばちゃんなら有り得る。ほんまもんの天然やからな」

 ヒカルが爆笑した。クールキャラのくせに、彼は笑い上戸なのだ。お酒が入ると余計に笑うので、ヒカルを酔わすのは楽しい。


 引き戸が開いて女子二人が店に入ってきた。髪の長い子がこっちを向いて、何かに気づいたって顔をする。

 あ、ヤバい。そう思ってたら、

「うそ。やっと会えた。ヒカル、久しぶり」と言ってテーブルの横に立った。

「美奈子?」

 ヒカルも驚いて立ち上がる。

 その子は、きゃーと悲鳴を上げてヒカルにハグした。


「動画観てるよ。思ってたよりアイドル、似合ってるよね。そうそう、この子なんてファンクラブに入ったんだよ。須賀くんの声が好きなんだって」

「ええっ、そこは俺じゃないの?」

 後ろにいた連れの子につっこんで笑った。その子は顔を赤くして、動画よりかっこいいですねと目を伏せた。


 ふと透夜を見ると、どこから出したのかマスクを付けていた。知らん顔でスマホを触り、声をかけるなオーラを軽く出している。


 それに気づいたのかどうか、ヒカルは透夜を紹介せずに女子二人と話し、彼女たちを少し離れたテーブル席に案内した。

 そこへマドカさんもやって来て、

「あら、美奈子ちゃん。最近よう来てくれてありがとうね」と愛想良く笑った。


 興味はあるけど気にしない事にして、僕は透夜の顔を見る。

 彼は視線に気づいて顔を上げ、

「あの子知ってる。ヒカルの元カノ」と小声で話した。

「え、マジで?」

「大学が一緒らしい」

「大学って?」

 ヒカルが大学に通ってた事は知らなかった。去年辞めたらしいよと透夜は更に小さな声で言い、

「芸能界でやっていくって決めて、あっさり辞めたらしい。その時に別れたって聞いたけど、あの様子じゃ、彼女の方はまだ未練ありそうだね」


 もう一度振り返ると、美奈子さんって人はヒカルの腕を持って嬉しそうに微笑んでた。

「ヤバ。胸に刺さる」

 冗談っぽく言ったのに透夜は、

「大丈夫。長谷部くんは茜にぞっこんだから」と慰めてくれた。


 マドカさんがお好み焼きを持って来て、

「私、あの子苦手やねん。ヒカルの事振ったくせに、のうのうとまたここに来る神経がわからんわ」と小声で毒を吐いた。

「ヒカルが振られたの?」

 思わず聞いてしまう。いやいや、自分の過去は話せないのに聞いちゃダメだろ。

「そやねん。ヒカルが中退したからやって。高卒とか困るわって、私にもぼやいてたわ」

 叔母さんが顔をしかめる。振り返りたい気持ちを抑えて、僕は鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるお好み焼きを切り始めた。


 しばらくしてヒカルが戻ってきて、

「ごめんね。ちょっと話、長引いちゃって」と僕の肩を抱いた。

「元カノって聞いたけど」

 軽くジャブを打つ。すると、うんと素直に頷いた。


「同じ大学だったんだ。あ、俺は中退したんだけどさ。友達だった頃が長くて、付き合ったのは多分一ヶ月ぐらいかな。結局、恋人としては合わなかったんだよね」

「そうなんだ」

「ヤキモチ妬いた?」

 嬉しそうにヒカルが聞くので、妬いてねーわと肘鉄を食らわす。

「嘘つきだな、茜は」

「イチャイチャ、うるせー。家でやれ」

 透夜が睨んだ。何がおかしいのかヒカルがまた爆笑する。相変わらず、よくわからないツボで笑う奴だ。


 ヒカルの家に帰って、ベッドで寝る準備をしていたら、

「今日会った子、美奈子っていうんだけどさ。デートしてほしいってメールが来て」

 ベッドに腰掛けて、僕を見てニヤっと笑った。


「付き合ってる人いるから無理って返事したら、じゃあ隣に座ってた可愛い男の子を紹介して、だってさ」

 僕が言葉を失ってると、速攻で断ったよと笑った。

「俺のだからダメって送ったら、それ面白いねだって。冗談だと思ってるんだろな」

「ダメだよ。そんな事言ったら。僕との事、バレたらシャレにならないだろ?」


 ごろんと横になったヒカルは、全然大丈夫と軽く笑う。前から知ってたけど、こいつは相当な楽天家だ。

「うちの事務所、かなりゆるいんだよね。社長は茜がうちに入って、二人で何かやればいいのにとか言ってんの。カップルで売るのもいいねとか、NGないのかなって多少は不安になるよ」


 ヒカルの横に僕も寝転んで、彼の顔を両手で挟む。

「事務所はいいとしても、ファンが離れるじゃん」

「その時はその時だよ。今は俺より、透夜の方が人気あるし。あいつってたまに素の毒舌キャラが出るから、俺もつい構っちゃうんだよな」

「ん。わかった。ヒカルはファンより俺様の方が好きなんだな」

 ちゅっとキスして、僕は布団に潜り込んだ。人肌の暖かさに安心して目を閉じる。


「何? もう眠くなった?」

 ヒカルは優しい。僕に腕枕をして、髪を撫でてくれる。

 いつだって平和で、穏やかな毎日。こんなに甘やかされると手放せないな。

 僕が口にすると、それが作戦なのだとヒカルはまた笑った。



 僕の過去。と言っても実はそんなに大層なものじゃない。


 高三の秋に、元カレが自殺した。一言で話せばただそれだけの事だ。

 別れてから半年経ってたし、亡くなった理由も知らない。でも有り得ないぐらいショックを受けた。


 一番大きかったのは悲しみよりも後悔で――彼を救えなかった事が本当に本当に悔しかった。


 何故なら、最後に磯山と話したのは僕だから。


 普通の会話しかしなかった。

 その当時ハマっていたゲームを、彼に貸す約束をした。磯山は楽しみにしてると言って笑ってた。その笑顔を思い出すたび、涙が止まらなくなった。


 恋人の部屋で練炭自殺を図った彼は、元々とてもナイーブな奴だった。

 チャラそうな外見の中身は、いつ壊れてもおかしくないほど繊細な部分がたくさん詰まっていた。

 だからこそ、死にたいと言った恋人に同調してしまったんだろう。


 その恋人、播磨という男の人は亡くなる少し前から鬱になり、心療内科に通っていたらしい。

 どうせなら一人で逝けば良かったのに。

 不謹慎かもしれないけど、僕は今でもそう思ってる。

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