第2話 昇段級審査の後で ウォール・ストリート・ジャーナル

4月のある月曜日。

日曜日、明治大学和泉校舎で行なわれた昇段級審査で、○○大学のキャプテンSがウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal英文)を読んでいた、という話になりました。

杉山「さすが○○大学だな。辞書なしだったよ。」

小松「なんや、ウォール・ストリート・ジャーナルいうんわ。」

三堂地「アメリカの日経新聞みたいなもんだよ。」(当時、朝日・読売が60円、日経が80円、ウォール・ストリート・ジャーナル(英文)は100円か120円した。学生アルバイトの時給が400~450円の時代。)

桜井「小松は経法やから読まなあかんのやないの。」

小松「ほなら、明日巣鴨の駅の売店でこうてみるか。」

平栗「バカだな、お前。同じ東京といっても池袋や大手町とちがって、巣鴨なんてのは、とげ抜き地蔵にお参りに来る爺さん・婆さんの街だぞ。ウォール・ストリート・ジャーナルなんて置いてあるわけないだろう。

  あの人たちの関心は、現世のカネやモノじゃなくて、死んでからあとのことなんだぜ。だから、巣鴨駅の売店にあるのはだな、あの世タイムズとか冥土通信なんていう新聞ばかりよ。」

ここで、桜井・小山・杉山・三堂地・原は笑いを堪える。

小松「東京には、そんな新聞があるんか。ほしたら、今日、帰りにこうていくか。」

三堂地「ばっかだなぁー。夕方行っても売り切れてるよ。ジジババは朝早いんだから。」

小松「ほんなら、明日1限やさかい、8時かそこらに行けばええやろ。」

・・・

翌日、彼は私たち同期に口をきいてくれませんでした。

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練習開始は昼の12時ですので、1年生は11時に部室に来て、前日干したタオルやバンデージを取り込み、畳んだり巻いたりしていました。

11時半になると2年生がやって来ます(当時、3年生はいなかった。)

そして、11時45分頃になると、3人の幹部がやって来て、煙草を一服しながら胴着に着替えて、という一連の儀式というか流れになっていました。

私たち1年生が、ウォール・ストリート・ジャーナルのことを再び話題にしていた土曜日のこと(昔は日曜日だけが休みだった)、どういう訳か、4年生の松本先輩が11時半頃、部室に入ってこられました。相手が2年生であれば、座ったまま「押忍!」と挨拶するだけですが、幹部に対しては全員立ち上がって「押忍!」と言いながら一礼することになっています。

慌てて立ち上がり礼をする私たちの間をすり抜けて窓際の椅子に座った先輩は、煙草をくわえながら「おう、杉山、お前も競馬やるのか。」なんて仰います。

杉山「? 押忍、いいえ・・・」

松本先輩「いま、扉の外で聞こえたけど、なんとかストリートとか言ってたじゃねえか。明日の○○賞にそんな馬でるのかな?」なんて、独り言を言いながら、競馬新聞を拡げました。

練習後、幹部(4年生)も2年生もいなくなった部室で、私たち新入生は、同じ4年生でありながら「ウォール・ストリート・ジャーナル」と「競馬馬」の違いに自分たちの未来を重ね合わせ、暗澹たる気分になりました。

2024年5月1日

V.2.1

平栗雅人

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