第19話 この女子の裸はプライスレス

 大雨が降り注ぐ中で、小型トラックの中に駆け込む人影。


 スパイ映画に出てきそうな指揮所になっていて、壁面のモニターが街の様子を映し出している。


 椅子に座ったままのオペレーターの男が、報告する。


「アルファ、ベータ、共にロスト! 追いますか?」


 黒いダイビングスーツのような男が、呟く。


「逃げられたか……。いや、いい! このまま帰還する」


 とたんに、エンジン音が響き、車体が小さく震え始めた。


 その部下らしき、同じ格好をした男と女が応じる。


「不安定な状態での狙撃だったからな……」

「できれば、あそこで仕留めたかったけどね?」


 彼らは高天こうてん早渡はやとが見つけた死体と同じ武装で、片目で見るためのナイトビジョンをつけている。

 今は、跳ね上げたまま……。


 隊長らしき男が、ふうっと息を吐いた。


「また、次の夜がくるさ……。あいつと戦うのは、できれば避けたいが」


 部下の男も、同意する。


「若いが、勘のいい奴だった! 俺が外したにせよ、いい反応だった」

「……あいつも?」


 女の疑問に、隊長と男も考える。


「別口だろう……」

「あいつらは、カワサキ市の管理官の直属だ。それぐらい、やる」


 彼らが悩んでいる間にも、特殊部隊らしき車両はどこかへ消えていく。



 ◇



 ずぶ濡れで疲れ切っていたが、俺と井上いのうえ亜沙乃あさのは昼に訪れた高校の校長室にいた。


 最低限の身繕いをしたが、ここの持ち主である校長は引きつった顔だ。


(応接セットが汚れるものなあ……。ただでさえ、深夜の呼び出しに)


 彼が文句を言わないのは、俺と亜沙乃が武装していて、昼とは真逆の雰囲気だから。


 向き合ったまま、ソファに座っていたら、別の場所から女の声。


「確認、終わりました! 高天さんの仰った通り、ビルの屋上にあった空薬莢はこのショットガンから発射されたと判明。お返ししますが、装填などの動作はお控えください」


 黒いショットガンを受け取り、傍に立てかけた。


「分かっています……。俺も、変に疑われての射殺は嫌なので」

「ご理解いただき、ありがとうございます」


 校長の横に座った女は、改めて自己紹介する。


「私は、ここの警察にいる刑事です。先ほどの事件について――」

「ちょっと待って!? 私、こいつに全部見られたんだけど!」


 俺たちの横に座っているえん由利ゆりが、立ち上がって俺を指さした。


 女刑事も、俺を見た。


「変則的ですが、この場で事情聴取を行います! 高天さんは、今の発言にご意見をどうぞ」


「食われた死体を発見した直後のため、敵としての対応だ。亜沙乃を呼ぼうとした時に、こいつが自分で立ち上がった」


 頷いた女刑事が、質問する。


「なるほど。では――」


 音を立てて、激怒した由利が立ち上がった。


 こちらを睨んだままで、叫ぶ。


「ひどーい! 高天くんが意地悪したからだよ!! 見たかったんでしょ!?」

「それは、ないわね!」


 亜沙乃が、冷静に割り込んだ。


 タイミングが良かったようで、由利は戸惑った。


 その隙に、亜沙乃がトドメを刺す。


「私がいるのよ? あなたの裸をわざわざ見る必要はないわ! せっかくホテルで良い雰囲気だったのに……。それとも、助けなかったほうが?」


 グヌヌと唸った由利は、言葉を失う。


 見かねた女刑事が、取り成す。


「高天さんに、セクハラする動機がないことはよく分かりました……。発言の信憑性は定かではないものの、猟奇的に殺されたうえで武装した人間を見つければ、慎重になるのも当然かと」


 まとめに入った女刑事に尋ねる。


「俺を狙撃した犯人は?」


「現場にいませんでした……。あなたが発見した死体も、分析中です。部外者には、教えられません」

「どーして、こんな場所で話し合ったのよ!? 取り調べなら、1人ずつでしょ?」


 由利の叫びに、女刑事が答える。


「この御二人は、本土でカワサキ市を治めている管理官の直属……。平たく言えば、昔の外交官と同じです。拒否されれば、それまで! 状況から犯人である可能性が低く、手短に済ませました」

「私は、裸を見られたけどね!?」


 無視した女刑事は、立ち上がった。


「あなた方の身元は、カワサキ市の管理官が保証しています。ゆえに、こちらで確保する必要はなく、命令する気もございません」


「それはどうも……」


 相槌を打ったら、女刑事はパートナーらしき刑事と共に立ち去った。


 用件が終わったので、俺と亜沙乃は立ち上がり――


「待ちなさいよ! 私の話は、まだ終わっていないわ!!」


 興奮したままの由利が、立ち塞がった。


 ギャーギャーと五月蠅い彼女に、うんざりした校長が告げる。


「明日、学校で話したまえ……」


「考えておきます……。とりあえず、ホテルへ戻るので」



 ――翌日


 眠い目をこすりながら当校した俺たちは、校長室へ呼ばれた。


「昨日の今日で悪い……。当校の生徒が、攫われたようだ」


 片手で差し出された手紙によれば、数人の男女を連れ去ったらしい。


「井上亜沙乃に、指定したポイントまで行かせろ……。警察には?」


「まだだ! 君たちの返事を聞いた後に、通報するかどうかを決める」

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