第三章 ナイト・ハンティング

第17話 血による出迎え

 ユンバー市。

 外国のようだが、れっきとした日本の都市だ。


 北の大地にある、広大な景色……。


 ラシーヌ学園の制服を着た男女が、ポツンと立っている。


 調査に出向いた俺と井上いのうえ亜沙乃あさのの2人は、そこでの滞在を余儀なくされたのだ。


「まさか、ヘリの故障とは……」

「仕方ないわよ! 日本でも珍しい光景を楽しみましょ?」


 文明崩壊の前から過疎化が進んでおり、インフラも旧式だ。

 ところが、それが幸いして、長距離ミサイルの応酬による大破壊を免れた。


 立ったままでぐるりと見れば、白い塗装による豆腐型の校舎。


 外周を囲んでいる白い塀の中には、ブレザーの制服を着た男女がこちらを見ている。


 “夕――”


 元々の名前であろうプレートは、そのまま残されていた。


 それとは別に、“ユンバー高等学校” のプレート。


「ひとまず、挨拶をしておくか」

「そうね!」



 ――校長室


 窓をバックにした役員机にいる老齢の男は、迷惑そうな表情だ。


 両肘をつき、手を組んだままで話す。


「カワサキ市の管理官である美優みゆさんから、連絡を受けた……。本土は、余裕があって良いねえ? こっちはご覧の通り、自給自足で――」


 ひとしきり愚痴を言った校長は、置いてあった書類を手にする。


「君たちの宿泊場所は、駅前のホテルだ。諸々の費用は美優さんとやり取りするから、いちいち支払う必要はない」


 置かれた書類が、そのまま差し出された。


 片手で拾う。


「どうも……」


 お礼を述べて、廊下に出る――


「ああ、そうだ! 夜に雨が降ったら、外に出ないほうがいい!」


 立ち止まった俺は、振り返った。


「なぜ?」


「命が惜しかったらな?」


 答えになっていない返事をした校長は、片手を振った。


 出ていけ、という合図らしい。


 隣にいる亜沙乃を見れば、肩をすくめた。

 相手にしないで行きましょう? という雰囲気。


 ドアノブに手をかけて、開ける。


 ガチャッ バタン


 外の光がそのまま入ってくる、明るい内廊下だ。


 キーンコーンカーンコーン♪


 チャイムが鳴った。


 ガヤガヤと賑やかに……。


 ガラララ


「ふー! 終わった、終わった!」

「何する?」


 けれど、俺たちを見つけたことで、ブレザーの制服たちが注目する。


「お?」

「誰、あれ?」

「知らん」

「ひょっとして、転校生?」


「マジ!?」

「女子のほう、すげー美人じゃん!」


 ドドドと、制服のグループが押し寄せてきた。


 男子は亜沙乃に群がり、名前や連絡先……いや、住所を聞いている。


 しかし、ラシーヌ学園で女王だった彼女は慌てない。


 近づきすぎでボディタッチを試みそうな男子には視線を送ることで牽制しつつ、片手をガードするように向け、さり気なくポジションを変え続けている。


「急いでいるから、通してくれる?」


 よっぽど刺激に飢えているのか、連中はしゃべり続けるだけ。


「ここ、他所から人がやってくるのが珍しいんだよ。ごめん」


 女子の声で振り向けば、小動物のように可愛い姿。


えん由利ゆり! よろしくね?」


「俺は、高天こうてん早渡はやとだ」


 傍にいる女子は、会釈した。


「……大月おおつきあやの」


 その後に、亜沙乃が突破してくるのを待ったが――


「キリがないな……」


 呆れた俺に対して、由利が動いた。


「ねえ、みんな! その人、困っているじゃない! 嫌われちゃうよ?」


 ピタッと止まった男子どもが、おずおずと由利を見た。


 その隙を逃さず、彼女が主張する。


「だから、ね! みんなで遊ぼう?」



 ――駅前


 高校生に見合った遊びで、グループ向けのカラオケホールへ。

 普段入らないらしく、制服の男女はどちらも興奮している様子。


 相変わらず、男子は亜沙乃を気にしている。


 俺のほうは、女子に囲まれていないが――


『井上さん、好きです! 俺と付き合ってください!!』


 調子に乗った男子が、自分の番で告白してあっさりフラれるなど。


(単に、遊んでいるだけだな……)


 そう思っていたら、今の状況を作り出した張本人である園由利が話しかけてきた。


「アハハ! さっきも言ったけど、こういう機会が少ないから」


「そうか……」


 俺と亜沙乃の支払いは、こいつらが分担してくれた。


 さすがに、これで払えと言われたら、キレるぞ?


「そろそろ、お開きにしたほうがいいよ……」


 発言したのは、大月あやの。


 俺たちが見つめたら、彼女はポツリと呟く。


「日が暮れると……襲われるわ」


 何に?


 俺と亜沙乃は疑問に思ったが、由利は何も言わずに立ち上がった。


 傍のテーブルに置いてあったマイクを持つ。


『ハーイ! そろそろ、終わりだよ! 暗くなる前に、自宅へGO!』



 ――ホテル

 

 比較的マシと思われる部屋で、一息ついた。

 ダブルベッドだ。


 こういった場所で、一緒の部屋だと恥ずかしい、なんてアホなことをしたが最後。

 寝ている間に捕まるか、殺される。

 あるいは、ベッドなどに仕掛けをされるだろう。


 丸テーブルとチェアも備わっていて、そちらに座った。

 インスタントコーヒーを淹れ、クッキーといただく。


 マグカップでも優雅な、井上亜沙乃。


「疲れたけど、まだ紳士的な――」

 ギャアァアアアッ!


 男の悲鳴が、夜に響いた。


 俺たちは、それぞれの武器を手に取り、部屋の外へ飛び出す。

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