第16話 バッドエンドの後にも人生は続く

 ヴヴヴヴゥウウンッ!


 ロッジの木製テーブルについたネネッタが、安物のテーバッグで入れた紅茶をティーカップで飲んだ。


「私にも、味覚はあります……。ちょっとした娯楽ですね?」


 ガンッ! ゴンッ! ガリガリガリ……


「たまには、こういった山荘で過ごすのも――」

「もう、現実に戻ってこいや!」


 俺が座っている椅子では、山の上にある軍の観測所の外に群がった巨大な昆虫が目に入る。

 トーチカのような、横に細長い空間が、外と繋がっているのだ。


 ネネッタにとっては、背中のほうだ。


「大量のアナバチをどうしたものか……」


 さっきから羽音やアゴで削り取る音で、うるさい。


 優雅にティーカップを置いたネネッタは、座ったままで振り返った。


「彼らも、ティータイムに加わりたいと――」

 べチャッ


 ああっ!?


 ネネッタの、高校のクラスで5番目ぐらいの、俺でもワンチャンあるかな? 話しやすいしと思われそうな美貌が!


 アナバチが吐いたツバで、ベチョベチョになった――


 タァ――ンッ!


 ネネッタは、テーブルに立てかけていたボルトアクション式のライフルを手に取り、立ち上がりながら両手で構え、唾を吐いたアナバチを吹っ飛ばした。


(すさまじいスピードだ……)


 彼女の右手だけが動き、ライフルの銃身から飛び出たハンドルはひねりつつ後ろへ引かれ、逆再生のように戻された。


 シャカッ キンッ

 

 内部の金属が動き、すれる音。


 ダァンッ! シャキンッ!


 ダァンッ! シャキンッ!


 5発ほどで、5匹以上の戦果。

 ライフル弾だから、貫通したらしい。


 ヴヴヴヴゥ………


 残ったアナバチどもは、たまげたように飛び去った。


 銃口を下ろしたネネッタが、顔をふく。


「まったく、知性のかけらもない――」

「俺の服をタオルにするんじゃねえよ!」



 ――10分後


 俺たちは身繕いを済ませて、数匹の大きなアナバチもさっきの場所に張りついた。


「じゃ、この状況を整理しよう!」


「はい」

「ええ……」


 同じテーブルについている井上いのうえ亜沙乃あさのも、返事をした。


 あと、外に張りついているアナバチは頷かなくていい。


「たぶん、さっきの真藤しんどうくんと愉快な仲間たちのせいだな……。あいつらが巣を刺激したから、連鎖的に巨大な昆虫どもが動き出したと」


 ため息をついた亜沙乃が、両手を上げた。


「そんなところね……。やっぱり、バカだったか!」


「今度があったら、まともな仲間を選びましょう」

「RPGじゃないんだぞ?」


 ネネッタに突っ込みを入れたが、そろそろ決断を下すときだ。


「不良たちは、もう助からんし、助ける気もない」


「当然ね!」

「はい」


 カチカチカチ


 女子2人と、顎を噛み合わせたアナバチが同意した。


COSコスの規模が分からん……。ここの特殊人的部隊が唯一の頼りで、もう全滅したっぽいから、グンマーの都市部も襲われているに違いない」


 納得していない亜沙乃は、反論する。


「ここを切り抜けて、戻れば――」

「いえ、マスターの言う通りです! 残念ですが、50万人の半分も生き残れば上出来だと割り切りましょう」


 説明したネネッタに尋ねる。


「お前は、自動人形クルトゥスだろ? 味方に通信は?」


「すでに完了済み……。現在、私たちが動かせる歩兵部隊と、臨時に集めた傭兵によるメック部隊で防衛ラインを突破させています」


「北は巨大昆虫、南は人類サイドで戦争か……」


「致し方ありません! このままでは、北から繁殖力があるCOSに押し切られますので」


 その時に、航空機のようなジェット音が響き、重機関銃の掃射音も。


 アナバチどもは、慌てて逃げる。


 チュイイン ドンッ!


 重い物体が落ちる音が、いくつか続く。


 さっきのとは違うヘビーマシンガンの音が重なった。


 生身の人間にしては、音の位置が高いし、重すぎる。

 おそらく、空挺降下したメック部隊だ。


『ハーイ! 可愛い私が、ボンちゃんで迎えに来てあげたわよー! 早渡はやとたちは、まだ生きてる? 私のボーナスのために出てきて!』


 スピーカーによる音声には、聞き覚えがある。


凛良りらも雇われたようだな……。じゃあ、行くぞ!」


「了解」

「早く帰りましょ!」



 ――家門かもんみつるのクエスト斡旋所


 生還した俺たちは、ご馳走を食べる。


「カワサキ市の管理官をしている美優みゆさんは、あっさり聞いたな?」


「3人で潜入捜査をしろと言うのが、そもそも無茶ですから」

「これでペナルティがあったら、怒るわよ?」


 いっぽう、凛良りら・デ・ロヴァーンは両手で持つスマホと睨めっこ。


「何をやっているんだ?」


「ん? ボンちゃんの整備と補給……。シュミッツさんに紹介された整備屋に預けたんだけど。買い換えたほうが早いかなあ?」


 呆れた俺が、指摘する。


「愛称で呼ぶのに、修理を諦めるのか?」


「そう言われてもねえ? すぐに乗り換えられるのが、メックの強みだし……。今のボンちゃんは、10代目ぐらいだったかな?」


 ともあれ、俺たちは生還した。


 美優さんからボーナスを受け取ったようで、凛良は満面の笑み。

 彼女の収支は、大幅プラスらしい。


 俺たちも、任務失敗とはいえ、危険手当などを受領。


 グンマーは南の防衛ラインで抵抗した結果、北の巨大昆虫と合わせて、かなりの被害が出たようだ。


 しかし、俺たちはそれを悩むほどの余裕はなく、その立場にもない。


 最善を尽くした。


 それだけだ……。

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