第9話 ポストアポカリプスの貴族子弟

 屋台の話し合いは、とりあえず学園を見学する、という話で決着した。

 カワサキ市長のお願いで、こちらにも益がある。


 日を改めて、ラシーヌ学園の正門へ……。


 詰所の警備兵に井上いのうえ甲堂こうどうの名前を出したら、あっさりと手続きを始める。


「お手数ですが、武器と通信機器は預けてください」

「ハイハイ」


 支配者の子供が詰め込まれている場所だけに、すぐ応じた。


 ホルスターから誤解されないように拳銃を抜き、ゆっくりと置く。


 付き添いのネネッタも、それにならう。

 こちらは、スリング付きの小銃とハンドキャノンだ。


 両手を上げてのボディチェックを済ませ、ゲストIDと専用のスマホを受け取る。


「井上市長のご息女は、高等部2年の政治・経営科にいらっしゃいます。敷地内のマップは、お貸ししたスマホをどうぞ」


「えーと……。自由に動いても?」


「はい。問題が起きた場合は、学園の校則が優先されますので!」


 どうやら、案内はないようだ。


「ありがとうございました」


 ネネッタを引き連れて、車がすれ違える広さの直線を歩き出す。


 俺がコールドスリープに入る前にあった光景……。


「いかにも、東京で金のかかった私立って感じだ」


 頭を傾けたネネッタは、横を歩きながら問いかける。


「井上亜沙乃あさの……。じゃじゃ馬のようですが?」


「会うだけ会ってみるさ! そこまでは、彼女の父親との約束だ」



 ――学生食堂


 学年ごとに食事ができそうな広さ。


 ブレザーの制服を着た男女が、そこかしこに……。


(思っていたよりも、人がいるな?)


 珍しそうに見てくる生徒に構わず、食券の販売機へ。


「……ゲストIDで払えるようだ」


 今回は、招待した井上甲堂に請求されると。


 ともあれ、何か注文しよう――


 ピッ


 躊躇いなくゲストIDをかざしたネネッタは、一番高いスイーツを選んだ。

 それから、女子向けの定食。


「容赦ないな?」


「これぐらいは、役得ですよ?」


 他の生徒が待っている気配。


 俺も同じように、高めの定食を頼んだ。



 規則正しい長テーブルに置かれた椅子で、黙々と食べる。


「どうですか?」


「普通に美味い……。文明崩壊の前でも、人気が出るだろう」


「目立っているわよ、あなた達」


 女子の声で、そちらを見る。


 制服を着ている凛良りら・デ・ロヴァーンがいた。


「本当に、生徒だったのか」

「生徒手帳を見せたでしょ?」


 両手を腰に当てた凛良は、嘆息した。


「市長の娘に会いたいって?」


「そうだ。お前のほうは?」


「マーシナリー科は、通信制みたいなものよ! 手助けしてもいいけど、ランチぐらい奢りなさい」


 ネネッタが、自分のゲストIDを投げた。


 反射的に受け止めた凛良に、説明する。


「食べ放題です」


「ラッキー! それでいいわ!」


 大喜びで、食券の自販機へ行く凛良。


 俺がネネッタを見たら、彼女はしれっと言う。


「必要経費です」



 ボリュームがある料理を並べた凛良は、食べながら、合間で話す。


「井上さんは学年が上で、学園の姫だから……。声をかけづらいわ!」


「奢らせておいて、それかい!?」


 凛良は、片手を向けることで止めた。


「政治・経営科の奴らは、カワサキ市と周りの支配者の家系ばかりで……。対応を間違えると、面倒よ?」


「俺たちは、父親に頼まれただけで。深入りする気はない」


「そう……」


「2級の遺跡『カワサキ工場群』で、ガードロボに追われていたが。あいつらの練度は?」


 両手を上げた凛良は、言い捨てる。


「まともに銃を撃てるかも、怪しいわよ? ハーッ! 井上さんが突っ込んで、気がある取り巻きがいたわけか」


「そのようだ……。井上は強いのか?」


「知らない! ここの剣術部だか居合部で、エースらしいけど」


 食堂の入口が、騒がしくなった。


 見れば、男女が混ざった人だかり。


「たぶん、井上さんよ?」


「まさに姫か……」


 わらわらとしている集団は、こっちへ向かってくる。


 その先頭にいるのは、ストレートの黒髪で紫の瞳をした、年上で身長があるわりに幼い感じの美人。


 ニコニコしているが、嫌な予感しかしない。


「トラブルになる確率、57%です」

「何の計算だよ、それ?」


 ネネッタに突っ込んでいたら、その美人が立ち止まった。


「あなた達が、お父様による派遣ね?」


「そもそも、どなたで?」


 俺の質問に、ある胸を張った美人はのたまう。


「私たちで、遺跡救助部を作るわよ!」

「知らんがな」


 立ち上がった凛良が1人だけ逃げようとするも、回り込んだネネッタに両脇の下へ差し込まれた両腕で拘束された。


「逃がしません、あなたは」


「いや、これ絶対に面倒なやつだって!」


 騒ぐ女子2人に構わず、取り巻きがいる美人は繰り返す。


「とりあえず、部室に来なさい」



 ――遺跡救助部(仮)


 小会議室を立派にした感じの、個室。


 いわば、生徒会室の雰囲気。


 そこに陣取ったのは、俺たちと、今は取り巻きがいない美人。


「私は、井上亜沙乃! じゃあ、今後の計画だけど――」

「だから、人の話を聞け!」


 ピタッと停止した亜沙乃は、こちらを見た。

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