第8話 latte 04:30oz




ラテと呼ばれる私は

ノワが作ったこの星に

最初に迷い込んだ人間だった。

そこから、

ノワやこの星のことをずっと見てきたけれど、

今までに

こんなにも星のあちこちがざわめくことはなかった。

クレムの時も、モカの時も、

この星に誰かが辿り着く前は

『誰かがやってくる』

静かに星はノワや私に教えてくれたというのに。


特に鏡の泉が『欲しい』と星中に手を伸ばそうとするほどで、

ノワは終日、

鏡の泉との対話をやめずに

落ち着くようなだめ続けた。


『なにかが、これまでと違う』

私たちはみんなそう思っていたが、

辿り着いたその子は、心細そうに、小さく、

そして自分の美しさを知らないまま、

扉の前にクレムに担がれて現れた。


私はそれで緊張が解けてしまった。

こんなにもこんなにも、

怯えた魂に、私たちが恐々、

張り詰めたまま触れてはいけないでしょう?

モカも一瞬でそれを察し、

甲斐甲斐しく、不器用ながら大切に触れようとしていた。


名前がないのも、

名前を捨てたり、失ってしまった私たちと

何ら変わりない。

だから、大丈夫。

あなたは何も悪くない。

悪くないのに

どうかそんなに小さくならないで。


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ノワは1人きりになるためにこの星を創ったけれど、誰かが迷い込んだり、たどり着くことを

決して拒む事はなかった。

『こんだけ人間を避ける仕組みを詰め込んだのにそれでもここへたどり着くっていうのはさ、きっとそれはもう、僕らの手には負えないものが働いてるんだよ』

そんなことをポツリと私に話してくれたことを覚えている。

『手に負えないもの?』

『そう。“運命”とか“絆”とか身勝手極まりないのになぜか尊ばれがちなものたち。』

そう言って少し笑っていた。

私はノワにどんな過去があって、

なぜこの星を創ってまで

1人になりたかったのか、

そして、

そうまでしたのに、

なぜ私たち迷い人を受け入れられるのか。

先に勝手をしたのは僕だから、

なんて言って

私たちの勝手を許してくれる。

何も聞いた事はないけれど。

けれどそれが自然なことのように受け取ったり受け流すことができる彼をとても好きだと思った。


そんな彼だからか

星がこんなにざわめくというのに、

星や私たちとは対照的で

ただ泉や星の声に耳を傾けたりしているだけ。

誰が来るのか、何故こんなに星が騒いでいるのかはさして興味がないようだった。


『怪我をしないといいんだけれど』

興奮した森や草原や泉に辿り着いたその者が怪我を負わないか、その心配の方が大きいようで、それぞれの様子を把握してなだめて欲しいと私たちに協力を仰いだくらいだ。


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さて、ショコラ。

私は、君がここにどうやって、

何故きたのか

断片的な話を聞いただけじゃ

わからないけれど、

そんなことより大事なことがあると思うんだ。

温かいお湯に香りを調合したよ。

何かに縛られて小さくなった手足を

ゆっくりと伸ばせるといいな。


猫足バスタブの準備を終えて

私は泉に向かった。

ノワ、交代しましょう。

だって泉の気持ちを鎮めるにはショコラに

『泉に挨拶に行く』約束を取り付けるのが1番なはずだから。


ノワは美しい長い髪をはためかせて屋敷へ走っていった。

ノワはきっと、平穏が好きなんだ。

平穏のために一生懸命になる。

泉の心が取り乱しているなら、

全力で泉の平穏を取り戻せるように走り、

誰かが泣いてここにたどり着くと、

その涙がすーっと消えるよう

出来ることを、

かける言葉を、全力で探す。


この星を創ったあたたかい人。


そう思わない?鏡の泉。

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