第7話 op.19:00



初めてのお茶会で

みんなは大事なことを教えてくれた。

ここでの私の心のあり方、

気をつけないといけない場所、

そして『鏡の泉』の説得でお茶会に参加できていない、この星を作って浮かべたという人のこと。


自分でも気づかなかった体の凍えを癒すようにとモカさんやラテさんが勧めてくれたお湯に浸かり、私は用意してもらった服に着替えて

『ノワ』さんに挨拶に行くことにした。

自分が少し動くと周りの空気がラテさんが調香してくれた優しい残り香で揺れるのが心地よかった。


緊張するたびに、『ほら、力抜けって!』と笑うクレムさんの言葉を思い出しながら

その人がいるという屋根裏部屋の扉を3回ノックしてみると

キィ、とひとりでに扉が開いた。

扉の向こうには大きな窓があり、

その窓の手前にはまた大きな丸いレンズが重ねられている。

そして、私の住んでいる星から見える月と同じくらいに小さく見える月の光の下にその人は立っていた。


窓から射す月の光が透けているのかと錯覚するような薄い茶色の長い髪のその人は

私と目が合ったまま微動だにせず、

その瞳は何を思うのか読み取れないほど美しい紫色をしていた。


『あ…の、…私ショコラといいます。

ご挨拶にまいりました…』


時が止まったかと思うくらいには

お互いの姿を確認してしまった。

じっと見つめるなんて、見つめられるなんていい気持ちがするはずないのに、

私の心にはなぜが少しの影も落ちなかった。


『…あぁ、すまない。うっかり、時を止めてしまったかと思った…』

声を聞いてびっくりした。

女の人だとばかり思い込んでいたその人は

深い深い緑色の声を響かせてゆっくりこちらへ歩いてきてくれた。

『…あぁ、すまない、うっかり、髪を切り忘れてたせいで。髪が長いと良く間違われるんだ。』

“まぁ、間違いっていうのも変な話なんだけどね”なんて、のんびり笑いながら。


『いえ、私も自分の性別を知らないので、どのように受け取っていただいても…』

まで言いかけて

“この人”は、いや“この星の人”は

名前や性別や年齢や、そういったものにさして興味はないのだろうと、ふと思い、

ではこの星の人は何に興味があるのだろう…

なんてぼんやり考えていた。


『ははは、考え事をしているんだね。』


人と話している最中に、なんてこと…!

『ごっ、ごめんなさ…わっ!!』


この星の人は人を

抱えるのが好きなのかもしれない。

私は出会ったばかりの時のクレムさんとは違う抱き方でひょいっと持ち上げられ、

ソファに降ろされた。


『ラテの仕業だろう。湯に調香したとモカから聞いたよ。“自由”を司った香りが君にまだ残っているから、君の中の“規則”がうまく働かないんだろう。何も気にしなくていいよ。』


そう言うと、扉の向こうに向かって

“ココア!”と、クレムさんと仲良しのわんちゃんを呼んだ。


『もう少し、話をしたいのだけれど。

泉の話をみんなから聞いたかい?

いま、

ラテになだめてもらっているんだけどね、

長くは持たないから

泉に戻らなくてはいけなくて。

この部屋でゆっくりしてくれ。眠ってもいい。ココアが今にここへくるから、

何かあったらココアに打ち明けてくれ。

ココアは

とても賢く、ひまわりのような子だよ。


それと、いきなり頼み事をして申し訳ないんだけれど、

近い将来、泉に一緒に行ってくれないかい?』


急ぎ出発の支度をしながらそう聞かれた。

“自由”が作用している私は

なぜかほほえみながら

『よろこんで、ご挨拶に伺います』

と、返した。

自分の弛んだ口元の感覚が慣れない。


『良かった。その言葉を泉に伝えてくる。

では、また』

『あっ!ごめん、僕は“ノワ”。ここの人たちが勝手にそう呼んでる。僕も気に入ってるから是非、“ノワ”と呼んでね。ショコラ。』


そして柔らかい物腰と矛盾した階段を駆け降りる音と共に

屋敷の外へ行ってしまった。





いつ思い出しても、私にとっては

慌ただしいのに心地よい出会いです。

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