12話.二択の決断

三度目の同じ朝を迎える、中間試験結果を発表されたあの日の朝だ。


ベッドから体を起こし念のためスマホを確認する、やはり間違っていなかった愛染がまた砂時計のリカラを使って時間を戻したのだ、抱きついた際に背後で砂時計をひっくり返したのだろうか。


最初の時も砂時計をひっくり返したような記憶がある、それが引き金になるのだろう。


「あの砂時計さえどうにかできれば……」


その為には晴香に告白される必要がある、自分言ってて照れるがあの日告白されたのは間違いない。晴香も俺のことを好きだということだった、愛染が現れたのは告白された直後だった。俺と晴香が結ばれることが気に食わないのだろう、それを壊そうと動いてくるはずだ。


それにしても殺す必要はあるのだろうか、時間を戻してしまえば変わらずに告白されることになるだろう。それを何度も繰り返した所で何も変わらないはずだ、俺のも同じく時間を戻さずに未来を変えようと動くのであれば理解できるのだが、その行動には理解が出来ない。


「考えてみても仕方がないか」


愛染の考えについては理解できないし、するつもりもない。


この後、家の前に現れるかどうかは分からないが、どっちにしろ中間テストを終えてからが勝負だ。その後の行動で元通りの正常な状態に戻す。


「そうして無事に晴香と付き合って、楽しい高校生活を送る!!」


ベッドの上で立ち上がり、ガッツポーズをしながら一人宣誓をあげる。


そうと決まれば早速制服に着替えて、リビングに降りていく。両親とは今回に限ってはいつも通りに会話もなく朝食を済ませる。いつもより早くに起きたことには驚かれたがそれ以上は何もない。


いつも通りに家を出るがそこに愛染の姿は無かった、今回は朝一に家の前に来ていないと言う事は、最初のあの日と同じ一日を過ごさせるつもりだろうか。


同じ一日を過ごして、同じ結果をもたらす。


そうする事で、晴香と付き合うなと言う警告のつもりだろう。そうはさせない、思い通りになんてさせるものか、俺が変えてやる。


家の前で待っていると、晴香が出てきた。中間試験の事を話しながら学校へと向かう。学校に着くまでの間も愛染が介入する事を警戒したが、教室に入っても声をかけられる事すら無かった。


だが、愛染は何食わぬ顔で席に座っている。

目が合うとこちらに笑いかけてきた、背筋が一瞬で凍るように感じ、その笑顔が今では恐ろしく思える。



周りが試験の結果でざわついているが、すでに結果を知っている俺としては驚きはなかった。暫くして、全員に試験の結果が言い渡されていく。


「皆んな、ありがとうな!おかげで点数はかなり良かったよ!」


そう言いながら、必死に笑顔を取り繕う。

刻一刻と迫る運命の時間に対して、焦り始めていたからだ。この後のことを知っているのは、俺と愛染だけ。周りに告げることも、相談することも出来ない。


きっとこんな話、誰も信じてもらえないだろうから。


俺は前回と同じように放課後に皆を誘ってみるが、一緒に行けるのは晴香だけだった。ここまでは問題ない、愛染の視線が気になるところではあるが、俺はそんなものには屈しない。


一緒に教室を出て行こうとすると声をかけられる、振り返ると愛染に呼ばれていた。


「な、なに…」


「これ、落とし物」


愛染が手に持っていたのは確かに俺の財布だった、鞄を確認するとチャックが開いていたのでそこから落ちたのだろう、こんな事に気が付かないほど頭が一杯になっていたのだろうか。


「あ、ありがとう」


「いいえ」


「誠〜っ、行こうよ〜!」


「あ、悪い。今行く!」


俺は財布を手に取ると、一緒に紙のような物も渡されているのに気がついた。ここで拒絶するのも分が悪い気がする、こんな所でまた砂時計を使われてしまったら元も子もない。


財布と紙を握り、晴香と教室を出ていく。


そうしてファストフード店に向かって歩いていくと、前回と同じ高架下をくぐっていく。ここまでは前回と同じだ、ここで晴香から……。



「好きなんだ…誠のことが…その、前から…」


やはりここでこの話が来たか、俺からの答えは決まっている。どんな未来が待ち受けていようとも、俺が守ってみせるから。


「俺も晴香の事が好きだ、付き合って欲しい」


「えっ、ほんとに?いいの…夢じゃ…ないよね?」


「夢じゃねぇよ、俺も好きだって言ってんの」


変わらない満面の笑みが広がっていた。ただし、この笑顔もほんの一瞬で終わりを迎えてしまった。


さぁ、来るなら来い。今度は思い通りにさせない。



……と、警戒してはいるが人の来る気配すらない。

周囲を手渡してみるが、誰も通らない。


「ねぇっ!誠!」


「は、はい!」


「ちょっと聞いてる?急に遠くの方見たり、周りをキョロキョロしたりどうしたの?」


「い、いや…なんでもない。なんでも……ないんだ」


諦めたのだろうか。そうであればいいが、そんな訳もないだろう、今もどこかでこちらを見ながらその瞬間を狙っているはずだ……そのはず…。


「もしかして、無理してる?」


「いや、そんなとことないだろ!」


「そ、そう?へへっ…これからよろしくね」


そう言いながら照れくさそうに、晴香が手を繋いできた。その手から伝わる体温はとても暖かく、俺の心を落ち着かせてくれた。


流石に二回目の告白を受け入れた俺の事を諦めてくれたのだろうと信じたい、あれほどの光景を見せておきながらも、怯む事なくここまで来たのだから。


そうして晴香と二人で約束通りに、ファストフード店に向かう、初めてのデートなのにお店のチョイスってどうなんだろうねと笑い合いながら、今までと同じはずなのに、違う距離感で話すその声は、何度も何度も俺の心の中をかき乱してくる。


忘れそうになるあの日の光景を頭の片隅に置きながら、この時間の幸せを感じている。


その事が、何とも言えない気持ちにさせられる。


お店に着くと、先に席着いたから注文をしにいく。俺はトイレに行きたかったので、その事を告げてトイレへと向かう、念の為店内や店の外に目線をやるが愛染の姿は見られなかった。


一抹の不安を覚えながらトイレを済ますと、先ほど手渡された紙の存在を思い出す。ポケットに入れてあったその紙を手に取り広げて中を見てみる。


どうやら、俺に宛てられた手紙のようだった。


[新良さん、貴方に大事な二つの選択肢を問います。この手紙を見ていると言うことは、トイレにでも行っているのでしょう?さぁ、外に出てきなさい]


俺は全身の血の気が引いた感覚に襲われ、慌ててトイレから飛び出し席に向かう。


「晴香…っ、晴香!?」


席には晴香の姿はなかった、代わりに机に一枚の紙が置いてある。手に取り中を見ると、[あの日の高架下で待っています]と書かれていた。


俺は考える余裕もなく、店を飛び出して来た道を走り戻る。さっきよりも遠く感じる、急いで足を前に出していくが、体が重たく進んでいない気すら覚える。


それでも、息を切らしながら必死の思いで高架下に辿り着いた。


そこには血を流して横たわっている晴香の姿と、あの人同じくパーカーで身を隠した愛染の姿があった。


「お前ぇぇぇええあぁぁぁっ!!!!」


「はいは〜い、新良さんどうも〜」


軽い声と、軽い絵がをこちらに向ける。手のひらを揺らしながら今回は包丁を片手に持っていた。


血の滴る、赤い包丁を。


「またっ、またっ、またっ、お前は!!」


「だって新良さんが悪いんですよ?忠告は以前にしたはずですからね?」


また守れなかった、あれほど警戒していたはず。今度こそ守ると誓ったはずなのに、何も守れなかった。

全身から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる。


下を俯いていると、愛染がこちらに歩み寄ってきて俺に話しかける。


「大丈夫ですか?」


「………」


返答する気力も、頭も回らない。


「はぁ〜っ、まぁいいですよ。手紙読んでいただけましたかね?」


「………」


「読んだとしましょう、書いてあった通り二つの選択肢を新良さんに問いますね?」


何を言っているか考えたくもない。


「まずひと〜つ、このまま琴浪さんは死んじゃって、その容疑者として新良さんが逮捕されちゃいます」


「……はっ?」


「ふた〜つ、私がこの砂時計で時間を戻して、今度こそ私の忠告を無視せずにいつも通りの学校生活を送る」


「いや…は?なんで俺が…」


「見てください?既に110番はしてあります、ここには無惨にも殺されてしまった可哀想な少女と、今にも襲われそうで怯えている美少女がいます」


「…何を言って」


「駆けつけた警察官はこの現場を見て、一体何を思うのでしょうか?」


なんとも残酷な二択を迫られたのだ、愛染の握る包丁は手袋をしてありその辺りの対策もして来ているのだろう。


今すぐに砂時計を奪ってやりたいが、それではこの状況は何も変えることの出来ない結果を生むだけ。微笑みながらこちらを見つめてくる愛染を見ていると、怒りの感情は不思議と消えていった。


残ったのは……。


「時を…戻して、下さい」


「えーっ、なんで?戻しても、また二人はお付き合いを始めようとするんでしょう?」


俺の頭には、晴香が生きていればそれでいいと。今回ではなくまたどこかで、愛染の問題を解決してからゆっくりと付き合いを始めればいいと。そう考えていた。


「ねぇ、私をどうにかして付き合おうって考えてない?」


「な、それ……」


「駄目だよ?何度だって繰り返させるよ?」


その目と声に抗うことは出来なかった、今の現状で俺に出来ることは限られている。


「わかった…わかったから……もうやめてくれ」


「ふふふっ、約束ね?……あ、あと…私の事は愛染だからね?」


「……好きにしてくれ」


「ではでは、仲良く時間旅行の旅へレッツゴー!」


そうして、抗えなかった結果に翻弄されながら何度目かななるこの光景、視界が歪み始めていく。


手に持っていた砂時計を逆さにされながら。

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