13話.何度目の朝
何度目の朝を迎えたのだろう、同じ日を…何度も。
四度目までは俺も考えていたし、なんとか状況を変えようともがいていたが、何も変わらなかった。
来る度、来る度愛染が晴香を殺す結果しか残されていなかった。その末に諦めに似た感情が生まれ、愛染に時を戻すように懇願する、この事が幾度となく繰り返されていた。
目覚めたベットの上で考える。
何度目の同じ朝を迎えたのだろうかと。
体が重い、頭が痛い、視界が歪む。何度繰り返せば気が済む、あの手この手で何度も何度も何度も、同じ結果をもたらすあの女は、一体…いつまで。
「俺が晴香と付き合わなければいいのか?」
そう思い、今日を迎える前回の時に心苦しくも晴香からの告白を振ったのだが……。
ー 前回を思い返す。
「実は、誠の事が前から好きだったの!」
その顔は何度向けられたことだろうか、その事を晴香は知らない。知らなくて仕方ないのだが…今回でこの笑顔を見るのは最後になるだろう。ごめん…。
固唾を飲み込み、口を開いて言葉を絞り出す。
「ご、ごめん…晴香とは。付き合えない」
顔を見れない、目を合わすことができない。閉じたままの固い瞼を下に向けながら答える。
「え、そ…そうなん……だ…」
「………」
「他に…好きな人なんかいないよね?」
いるはすがない、最初に告白されたあの日に晴香の事が好きだって気づいたんだから。
それ以外の理由すらも、浮かぶはずがない。
「そんな事あるはずないよね!?、何かの間違いかな?ドッキリかな?」
「ごめん……本当に、ごめん…」
うっすらと瞼を開いた先に見えたのは、晴香の顔だった。
ただし、その顔は今までに見たことの無い形相を浮かべていた。俺を一点に見つめるその瞳は、少し恐ろしくも感じてしまうほどだった。
その瞬間に腕を引っ張られ、視界が歪んでいた。
そうして、何度目かのいつもの朝を迎えた。
「告白を受け入れても駄目、断っても駄目……」
こうなれば俺の取れる選択肢はただ一つだけだ、引きこもるは言い過ぎなので、告白をされないようにどうすればいいのかを考えないといけない。
会話をしないようにするのも、学校で会わないようにするのも不可能に近い。今日もこの後一緒に投稿するだろうし、既に今日告白しようと決めてから家を出ているとすれば打つ手は限られてくる。
「帰りは一人で帰るか……」
いつも二人で一緒に帰っていることが多かったが、これまでも俺から誘って寄り道しながら帰った際に告白されるパターンが定着していた、そうでなく一人で帰れば取り敢えず告白される事は無くなるはずだ。
でも、それからはどうする……。
逃げ続けることなんて出来ないだろう。
「取り敢えずは今日を乗り切ってみる、その後はなんとか考えるか…あの女をどうにかするか…」
色々な事が繰り返し起こりすぎて頭が回らない、頭痛や眩暈が先ほどから酷く襲いかかってくる。取り敢えずは今日一日、告白されないようにしよう。
そうして重たい体を無理やりベットからおろし、制服の袖に腕を通して階段を降りていく。
いつもと同じく朝食を食べるために席に座るのだが、目の前に広がった光景を見た途端に吐き気を催し、トイレへと駆け込む。
理由は分からないが、食欲が湧かない。
空になった胃からは何か出るわけもなく、苦しい嗚咽が何度も繰り返させる。心配したのかドア越しに声が聞こえるが、返答する余裕はなかった。
ドアを開けると母が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫だから、ちょっと食欲がないだけ…食べずに学校に行くわ」
体を掴もうと腕を伸ばしてくるが、途中で止めた。
そんな事に気を取られるわけもなく、体を引きずるようにして玄関へと向かっていく。何か言われているような気がしたが、気にも留めない。
これ以上、あの食卓を見たくないと…そう感じた。
いつもより早くに家を出てしまったので晴香が出てくる気配はない、メッセージを送ってとりあえず学校に向かうことにする。
そうして駅まで歩いていると、後ろから走ってくるような足音が聞こえた。もしかしてと思い振り返ってみると、晴香が服装を乱しながら向かってきていた。
「ちょ、どうしたの今日は〜っ!」
「なんだ、来たのかよ」
「なんだとはなによ〜っ、置いて行くとは何事か!」
息を切らしながら頬を膨らまし俺にそう言っていた、正直今は会いたくなかった。今の俺の顔はかなり酷いはずだから。
「あれ、どうしたの誠?顔色悪いじゃん」
「そ、そうかな…ちょっと寝つきが悪くてさ」
「
「そう…なんだけどさ…よく知ってんな?」
「ふふーんっ、幼馴染ゆえの超能力です」
「ははっ、なんだそれ」
そりゃそうだ、晴香は今何が起こっているか知る由もない。何度打ち明けようと悩んだことが、信じてはくれると思うがそれ以上に巻き込みたくないという思いの方が強かった。
知らぬまに、過ごせればどれだけいいかと。
「変な夢を見たみたいでさ…それで……」
「ほほう、試験結果発表前の不安に駆られたのでしょうな…どんな内容だったか聞いてしんぜよう」
「誰だよ…」
「ほれほれ、言ってみぃ言ってみぃ」
「あ、…実は晴香が……いや、何でもない…忘れた」
「なぬっ!?私が出てきて忘れたとな」
「ごめん、忘れたわ」
「気になるところではあるが、仕方なし」
「はははっ、だからさっきから誰なんだよ」
「ふふふっ、誠はそうやって笑ってるほうがいいよ」
その言葉は今はやめて欲しい、だから会いたくなかった。それは今の俺にとって心を突き刺す刃でしかないんだ、何度も何度も突き刺されてボロボロになった俺の心に深く突き刺さる、刃に。
「いこっ、今日は余裕があるからゆっくりとね〜」
「はいはい」
学校に着くまでの間は他愛もない話を繰り返していく、今までになかった展開で話の内容だったが、今はこの時間が息苦しく感じて仕方がない。水に溺れて掴むものもなく、ただ…深く深く苦しみながら落ちていくように。
終わりの見えない下は真っ暗で恐ろしい、光の届かない闇が飲み込むその世界から、見つめられているようで。
そうして学校が始まり試験結果が発表される。
ここで結果が伝えられ、感謝の意味も込めて皆を誘っていたが今回は何も言わない。感謝の言葉を伝えるだけ伝えて、大人しく席にすわって待っている。
終礼のチャイムが鳴るその時を。
チャイムが校内に鳴り響き、皆が帰り支度を進める。今回は声をかけなかったので普通に帰れる。
「ねぇねぇ、帰りにどっか寄って行かない?」
「ごめん晴香、ちょっとやっぱり体調悪くてさ」
「えぇ〜っ、大丈夫??」
「ほんとごめんな、また埋め合わせはするから」
「わかったよ…また今度ね、じゃあ私だけか…」
「ごめんな、俺は帰るわ……またな」
「うん、またね」
そうしてお互いに手を振り、教室を出ていく。体調が悪いのは嘘ではない。正直、この時間まで学校にいるのも限界だった。
家に帰れると分かった途端にまた体が重たくなる、鞄すらも何倍にも重たくなったように感じる。
だが、これでルートを変える事は出来たはずだ、一時凌ぎとはいえ告白される心配はない。このまま真っ直ぐと家に帰り、今日一日大人しく家から出る事もなく大人しくしたいよう。
校内を歩き門へと向かっていく、いつもより遠く感じるが踏ん張りながらも校門を出ていく。
すると、目の前にはあの女が立っていた。
一体何の用事だ、今更何も起こっていないはずだが。
告白される事も、振ることもない、今までにない選択肢をとったつもりでいたが、また時間を戻されるのだろうか。
これ以上はもう無理だ、何をしたいのかが分からない。
「ごきげんよう、新良さん…ちょっとよろしい?」
「何のようだ、もう用は無いはずだ」
「いえ、最良の選択だったと感じていますのよ」
「それがどうした、一体何が目的だ!」
辺りを通っていく学生たちに不思議そうに見られる、これ以上目立つのはまずい。時間を戻されないとなれば、変な噂を立てられかねない。
俺は横を通り駅の方へと向かう事にする、その隣を引っ付いてくるかのように並んで歩き始めた。
「ようやく分かっていただけましたか?」
「何がだ」
「ふふっ、私の気持ちと本気度ですよ」
「……あぁ、十分にな。分かったからこれ以上は俺に構わないでくれ、頼む」
「あら?それは出来ないですよ。私が本当に欲しいもの、見たいものがまだですから」
「お前とは付き合うつもりはない」
「あら、ついに呼び捨ても無くなりましたか…案外ショックですよ?」
「分かったら頼むから関わらないでくれ」
そう告げると、身を翻しながら俺の前に立って体をかがめながら俺に近づきこう返してきた。
「すでに時間は動いています、私の本当の目的のために新良さんと関わらない選択肢はありません。どうか、これからもよろしくお願いしますね?」
魔性の笑顔を向けられさらなる恐怖を覚える、目的を聞いても答えてくれない、これ以上に何をするつもりだ、何が起こるのか。言い表せないほどの不安感と同時に襲い掛かり、その場に崩れ落ちたくなる。
「では、ごきげんよう……また、明日」
そう言いながら、手を振り帰っていく。
最寄り駅までは付いてくるつもりは無いらしい、今にも倒れ込んでしまいそうだか、なんとか家に帰ってからと必死に足を動かしていく。
そこからの記憶はほとんどない、気がつけばベットの上で仰向けに天井を眺めていた。手に持つスマホの着信で意識がはっきりし始めたのだ。
電話が鳴っているようで、画面を見てみると『晴香』と表示されていた。
時刻は夜になっていたが、普段は電話をかけてくる事はほとんどなかった、家が隣ということもあり何かあればお互いに直接話していたからだ。
何かと思い電話に出てみる。
『あ、誠…ごめん今いいかな?』
少し暗い声で話しかけてきた。
『どうした?』
『ちょっと外出て来れる?』
『わった、今行くわ』
電話が切れ、外に出る事にする。が、ふと冷静になって考えてみると、これは告白ではなかろうか。こんな時間に、暗い声で急な電話をかけてきたのだ、今までの事を考えると辻褄が合う。
それは俺にとって、最悪の事ではあるが。いつなんどき、どこから見られていたのかは見当もつかない。
それでも、行くと言った以上は行かねばならない。
半分以上の諦めと絶望、わずかな希望に心祈りながら家を出ていく。
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