10話.時間逆行

「誠、早く行こうよ!」


(なんだよ、そんなに引っ張るなって)


晴香が俺の袖を引っ張りながらどこかへ連れて行こうとしていた、不思議な優しい雰囲気を感じる。

いつもの日常の風景のはずなのに、どこか夢の中へと迷い込んでしまったかのような。


そんな不思議な感覚だった……。


「何考えてるの?」


(何も考えてないよ、ただこの光景が…)


「ねぇ聞いてる?……へんなま…」


すると突然、晴香の腹部に包丁が突き刺さる。

その場に倒れ込む晴香、俺の手には真っ赤な液体が滴っており何もする事が出来ない。ただただその光景を眺めている事しか。


声も出さなければ、動くこともできない。


その向こうでは愛染が、狂った様な表情で感高い笑い声を上げていた。狂気にも満ちた姿を見せながら迫り来る彼女が、目前まで近づいた瞬間……。


俺はいつも通りのベッドの上で目を覚ます。


「はあっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


汗が凄く動悸も止まらない。震えた体を起こし、言い表せないほどの恐怖感が俺を襲っていた。


慌てながらもスマホを確認すると、時刻が朝六時と表示されていた。あれから一日中気を失っていたのだろうか、警察と救急隊が来てくれてその後は…。


「そうだ、晴香は…晴香は助かったのか!?」


ベッドから飛び降り部屋を飛び出す、そのまま家の玄関を開けて隣の家へと走っていく。

その勢いのままインターホンを鳴らし、自分を落ち着かせながら待つ。


『はいはーい?…って誠、どうしたの朝早くに』


インターホンから聞こえてきたのは晴香の声だった。


「あれ、えっ?晴……えっ、晴香?」


『ちょっと待っててね〜、今出るから』


「あ、いや……えっ…」


間の抜けたようなやり取りが続いた。


「あれ、なにが…?」


その言葉通りに、待っていると晴香が扉の中から現れた。その顔は瞳はいつも通りに俺の方に向けられていた、何事も無かったかのように歩いてくる。

俺の方が急に朝早くに訪問して、おかしい事をしているかのように。


「こんな朝早くにどうしたの?」


「あ、いや……昨日愛染に刺されたんじゃ…?」


「えっ、昨日?昨日は一緒に遊んでたじゃん?」


「え?いや、それは一昨日だろ?」


「何言ってるの〜ふふっ、もしかして寝ぼけてる?」


「お腹の包丁は?」


「さっきも言ってたね?愛染さんに刺されたんじゃーって…大丈夫?」


そういいながら晴香の手が額に触れる。その手の暖かさと変わらない声、姿に思わず涙が溢れそうになる。

本当にあれは夢だったのだろうかと、錯覚してしまいそうになるぐらいの非現実的な記憶。

ただ、それを夢と思わせてくれないぐらいには鮮明に今でも思い出す事が出来る。


それでも、目の前にいる晴香は元気に生きている。

見間違意じゃ無い事を噛み締めながら。


「ごめん、夢でも見てたのかな?」


「なに〜、泣いてるの?」


「な、泣いてねぇよ!あくびが出たんだよ」


「私が愛染さんに包丁で刺されたーって?」


「だから違えって」


「ふふふふっ、お寝ぼけさんは目が覚めたかな?」


「なんかごめんな、こんな朝早くに」


「ううん、勉強のしすぎたんじゃない〜?」


今なんて言った、今日の中間テストに向けて…今日の中間テスト?今日の…中間テスト……。確かに受けた気がする、みんなのおかげでテストの点数も良かったはすだ、それに対してもお礼を言ったはず。


俺は倒れそうになる体を無理矢理支えて、頭を抱えながら家に戻っていく。


自室に戻ってベットに座り、冷静になってスマホの画面を覗いてカレンダーアプリの日付を確認する。

そこには確かに、中間テストの日付が表示されていた。何度見ても本日の日付がそこになっている。


慌てて一階に降りて、両親に日付を聞いてみる。


「何を言ってるんだお前は、どうせまた試験の勉強をしていなくて慌てて確認しに来たんだろ」


嫌味を言われながらも、父親の口から出た日付は俺の思っていた日付が間違っている事の証明にしかならなかった。


「期待してないから早く学校に行け、最後の悪あがきでもしてこい」


「ちょっと、そんな言い方…」


「ふん、構わんよ」


言い返す気力も考えも思い浮かばない、訳もわからぬまま自室に戻り制服に着替える。朝ごはんは食べずにそのまま家を出ていく。


夢の出来事だと思っていたが、時間が戻ったのか?いや、そんな筈はないと思いたいが、そう思わせない材料が揃いつつある。


あの日、中間テストの後に起こった出来事は真実で何かの拍子に時間が戻っただけなのだと。すなわち、この後に中間テストを終えて同じ様な道筋を辿れば、同じ結末を迎える事になると。


もしかして、愛染が最後に取り出していた…。


扉を開けて家を出ると、今俺の身に起きているこの状況の原因が立っていた。


そう、愛染だ。


「おはよう、長良さん」


「な……ん、で」


「あら、挨拶をされたらなんと言うのでしたっけ?」


愛染がここにいる事は勿論だが、本当に時間が戻っているのであればここにいるのはおかしい。


「いや、だ?」


「ははっ、……とは?」


「その返答…お前…っ!」


体の内側からドス黒い感情が噴き出して来るのを感じる、明らかに自分のやった事を分かっていてここにいる、そしてこの返事を返してきている。


あの日にやった事を…こいつは!


俺は愛染に詰め寄り、胸ぐらを掴む。


「お前っ、色々言いたい事がぁっ!!!」


「誠…?」


その声に思わず振り返る。


無理もない、昨日まで普通に楽しく過ごしていたはずの二人が、朝早くに家の前まで大声を荒げながら詰め寄っていたのだから何が起こっているのか心配にもなるだろう。


「二人とも、何かあったの?」


「いや、これは…その」


「琴浪さん大丈夫ですよ、長良さんにお願いをしていただけですから」


「お願い?…お願いであんなに声をあげて?」


「えぇ、実は私。女優になる事を目指していまして、その一環で怒られるというシーンに苦戦しておりまして」


「えっ、それでこんな朝早くに怒られてたの?」


「そうなんです、試験勉強のお礼にって事で今日の放課後のお約束に伺ったのですが、何を勘違いされたのか…ここで急に始められまして…」


「そう…なの?誠」


「あ、あぁっ!俺の勘違いでな、今すぐにして欲しいのかと思ってな…だからこんな朝早くに来たのかと!」


なんとか笑顔を作り上げる、かなり苦しい。この言い訳もそうだが、愛染が晴香の近くにいるかと思うと、怒りで自分がどうにかなってしまいそう


今だけは、この気持ちを必死に抑えて笑顔を向ける。


「そう…だったんだ…に?」


「そ、そうそう!その時に…な!」


「そっか…びっくりしたよもぉ〜、朝から怒鳴り声が聞こえたから何事かと思ったじゃん」


「悪い悪い、今朝からごめんな」


「いいよいいよ、愛染さんも今から登校だよね?」


「えぇ、ご一緒しても?」


「うん、行こうかっ!」


(また学校に着いたら…屋上で)


そう耳元で囁きながら伝えてくる。今はこの言葉に従うしか無い、晴香は俺たちの間に何があったのかは知る由もない、知っているのは俺と愛染だけ。


これをそのまま知らなかったで放置も出来ない。


愛染が時間を戻す事が出来たのであれば、何故も一緒に戻された?そして、戻した理由とは。

今は二人が普通に笑い合って会話をしているこの光景が、吐き気がするぐらいの異常な光景に思える。


愛染のしたことと内に秘めた事。


この後の屋上で全て吐かせてやる。


そして、晴香の事は俺が守る。

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