3話. 当たり前で普通な生活

意味もなく学校に来てしまった、理由が理由なので怒られる事は無かったが、それにしても家に引き返せば良かったと、自分でも思う。


生徒の一人すら見当たらない学校の中、完全に学校が終わって、生徒達が下校した後だった。

少しの希望を考え、晴香が待ってるかと思ったが見当たらない、流石にもう帰ってしまったのだろうか。


そうしていると神崎さんが歩いてくる、向こうもこちらに気がついたのか目線が合う。


「あら、今から登校かしら?余裕ね」


「はっ、ちげぇよ、晴香から聞いたんだろ?」


「バレた?」


「バレバレだよ……また残って勉強?」


「えっ?あ、あああそうよ、なの」


「頑張りますね、優等生様は」


「嫌味かしら?」


「褒めていますよ」


「ふふっ」


意外にも笑った顔は可愛い、クールな見た目とのギャップという奴だな。これに弱い男子も多いだろう。


「あ、電話折り返してあげた?」


「へ?あ!…見てない、忘れてた!」


そんな呆れた顔を俺に向けないでくれ、頭が回らなくなるほどに余裕がなかったのだ、仕方がないだろ。


スマホの画面を見ると、晴香と友成から着信が入っていた、少しだけ安心する。その場ですぐに電話をかけると、すぐに出た。

電話の向こうには、友成と長良さんもいるらしい、みんなでハンバーガーを食べているとの事なので、俺も直接向かう事にする。


神崎さんは塾があるようなので、来れないそうだ。


指定のお店に向かおうとしていると、遠くに愛染さんがいた、初めて面と向かったような気がする。


確かに晴香の言う通り、不思議な雰囲気がある。髪も黒かと思ったが翠も見えていた、その髪色も不思議な雰囲気の一つだろうと思う。愛染さんは、今まで出会った人の中で一番綺麗だと思う、それほどまでに整った容姿をしていた、肌も白く、スタイルもいい。

まさに“完璧”、という言葉が一番似合いそうな人だ。


「あの…愛染さんですか?」


「はい、今朝はどうもありがとうございました」


声もいいときた、妙に心を惹かれる声が耳に響く。

その声を聞いて思い出した、昨日の女性に似ていると。すれ違い様に言葉を置いていった、あの声に。


「とんでもないです!あれから大丈夫でしたか?」


「はい、おかげさまで」


「それは良かった……あの、こんな状況でなんですが、昨日会いました?」


「?いえ、初めてかと思いますが…」


どうやら違ったらしい、急に恥ずかしくなってきた。

これでは、変にナンパしようとしている雰囲気だ。


「あ、そうですか、何かすいません」


「いえいえ、大丈夫ですよ」


「良かったらこの後、どうですか?今日一緒にいた晴香…琴浪さんもいますよ」


「ごめんなさい、この後は用事が…」


「あ、そうでしたか…それは失礼」


「うふふっ、また誘ってください」


そう言いながら、愛染さんは去っていく去り際も綺麗な人だった。俺は完全にナンパに失敗した男になってしまった。穴があったら、さらに掘って全身を埋めたい。


残された俺はこの出来事を殺し、待ち合わせの場所へと向かう事にする。もう、思い出したくない。


待ち合わせは有名なハンバーガーチェーン店で、中は学生達で賑わっていた。同じような事を考えている人が多いらしい。


「おーい!誠、こっちこっち!」


友成に呼ばれてテーブルに向かう、三人はすでに食べ終わった後らしい。俺も飲み物だけ注文してくる。

メニュー表を見ていると、季節限定ドリンクが出ているようで、それにする。


席に着くと、今日の事について早速質問される。


「今日はえらい活躍だったらしいな?」


「何にもしてないよ」


「えぇ?ヒーローみたいだって聞いたぜ?」


「だぁー、何にもないって」


「にしては時間かかったっすね?」


「あぁ、警察と駅員さんに捕まってたの」


渋々、事が起こった経緯を説明する、これ以上の質問攻めは面倒くさい。

ひとしきりの説明を終えると、晴香と目があった。何か説明が足りていない事でもあったのだろうか。


「それで??」


「え?なんで知ってるの?」


特に何もなかったが、思わず聞き返してしまった。

もしかして、ナンパみたいなやりとりになっていた事が、バレてしまったのだろうか。


「あ、帰る時に聞かれたから」


「校門で会って声かけられたぐらいだよ」


それ以上も、それ以下も何もない。あんな感じになったのだ、今後も会うことはないだろう。こっちから話しかけない以上、向こうから何か話しかけられる事も無いだろうから。


「あ!新良、ジュース頂戴っす!」


「あ、馬鹿お前!」


俺の制止も振り切り、長良がストローに口をつける。ようやく取り返した俺は、思いっきり頭を叩く。

なぜなら、中身が全部飲み干されていたからだ。


「おまっ、俺ちょっとしか飲んでねぇぞ!」



「お前、幸せそうな顔しやがって……」


友成と晴香がこちらを見ていた。

やり過ぎたのか、ような気がする。

まぁ、頭を叩いた時の音も大きかったからな。


長良は頭をさすりながら、喜んでいる。でもその気持ちはわかる、この飲み物は美味しかっただろうさ。

俺は全部飲みたかったんだぞ、と心の中で叫ぶ。


「あっ!そういえば俺のクラスどこ、先生から晴香に聞けって言われたんだけど」


そう言うと、全員がこっちを見てニヤついている。

もしかして俺だけ違うクラスとか、それは最後の高校生活が楽しく無くなるぞ。


「な、なんだよ…」


「なんと、全員同じクラスでーす!!」


「おぉ!マジか!」


「そうっすよ〜ちなみに咲良もっす」


「また今年もよろしくな!誠!」


最後の年に全員が一緒になるとは。これからの行事ごとが、一層楽しみになる。これなら、最後の高校生活になるとしては、問題なく最高の思い出になるだろう。


そうして、これからやりたい事などを楽しく話した、時間の事をすっかり忘れるほどに。

気がつくと、外が暗くなり始めたので解散する事にする、また明日も会えるのだから。


お店の前で皆と別れる。晴香とは家が隣なので、一緒に帰る事にする。これもまた、いつもの日常だ。


「今日は朝から大忙しだったね〜」


「そうだな、あんな事はもうこりごりだ」


「愛染さんみたいに、綺麗な人を助けたのに?」


「関係ないって、たまたまだよ」


「じゃあ〜私でも助けてくれた?」


「もちろん助けるよ」


そう答えると、晴香が嬉しそうにスキップしている。

それを見てるだけで俺も嬉しくなる、勿論何があっても助けると、心から思えるからだ。



「ごきげんよう」



二人で自宅近くの駅から降り、家までの道を歩いていると、後ろから声をかけられたので振り返る。

俺は驚いた、聞き覚えのあった声は愛染さんだった。


「びっくりした、こんばんは」


「あ!愛染さんだ!やほ!」


「お二人は今お帰りかしら?」


「あぁ、この近くでさ、家が隣同士なんだよ」


「仲が良さそうね、幼馴染なのかしら?」


「そうだよ〜産まれた時からだね〜」


「腐れ縁ですよ」


「なにそれ〜」


ふくれっ面を浮かべながらこちらを見ている。そんな俺と晴香のやりとりを見て、愛染さんが笑っていた。

ちょっとだけ恥ずかしくなる、そんなに可笑しい事をしていただろうか?


「愛染さんも帰りですか?」


「ええ、私もこの近くなの」


「ねぇねぇ、愛染さんも同じクラスだよ」


「あ、そうなんですか?」


「はい、これから一年よろしくお願いします」


とても綺麗なお辞儀をする。動作の一つ一つが、洗練されていると感じる。どこかのお嬢様なのだろうか。

そう思えるほどに、気品もあり、纏っている雰囲気も不思議なものだった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


もう話すことはないと思っていた、まさかクラスまで同じになるとは。愛染さんとも、これから一年過ごす事になるのだろう。


「それでは、また明日」


「はい、また明日」


「ばいば〜い」


そうして、愛染さんと別れる。

俺たちとは逆の方に歩いて行くので、たまたま見かけて声をかけてくれたのだろうか。良い人だな。


「愛染さん綺麗だね〜つい見惚れちゃうよ」


「そうか?綺麗だとは思うが…」


どこか寄せ付けない雰囲気が、少し苦手にも感じる綺麗だとは思うがそれだけだ。

それ以上の感情が芽生える事はない。


「あっ〜!やっぱり見惚れてたんでしょ!」


「ちげぇよ、別に何にもないよ」


「ふ〜ん、こんなに可愛い幼馴染がいるのに…」


「知ってるよ」


「ほぇっ?」


暗がりでも分かるぐらい、晴香の顔が赤くなっていた、少しおどけた表情が可愛いと思う。


「ほら、帰るぞ」


「あ、待って〜!」


晴香と帰り、挨拶を交わしながら家の前で別れる。俺の家へと歩き扉の鍵を開ける。家に入るため、扉を開けようとノブに手をかけると、後ろらから誰かに抱きつかれた。


どうせ晴香がからかいにきたのだろうと、振り返る。


「おい、何だはる……」


そこにいたのは、先ほど別れた愛染さんだった。俺に後ろから抱きついてきていた、ここにいる事もそうだかなぜ抱きついて!?


「えっ?愛染さん!?」


「へへっ、もう一回お礼が言いたくて来ちゃった」



そう言いながら、頬にキスをした。



俺には、何が起こったのか理解できなかった。


「えっ…」


「これもお礼だよ…改めて一年間よろしくね」


頬が熱くなっている気がする。いや、手を当てるが、気のせいじゃないく熱い。呆然とする俺を置いて、そう告げながら、愛染さんは帰っていく。


一人取り残され何もわからないまま立ちすくむ。


「えぇーっ……なにそれ………」


しばらくして家に入る、中に入っても頬の熱は冷めなかった、ずっと熱が残っている気がする。玄関でしゃがみ込み、心を落ち着かせる。先ほどから煩いぐらいに鳴り止まないから。


でもこの心臓の止め方を、俺は知らない。時間に任せるしかない。


落ち着いて来たら、自分の部屋に上がる。


今日のことは忘れよう、単なるお礼と言っていたのだから、そう自分に言い聞かせ着替えを済ます。

向こうは何も思ってないさ、初対面なんだし、愛染さんなりのお礼のつもりなんだろう。



そう思う事にし。リビングに降りる。そこには、一人分の食事が待っていた。母は深夜までパートに働きに出ており、父は日付が変わるまで残業だ。我が家が顔を揃えるのは、朝の時間だけ。


これが俺にとっては、普通の日常。


そうして、明日からも、変わらない普通の日々がやってくる。それでいい、そうして普通の学生生活を楽しむ。卒業したら普通に就職して普通に暮らす、ゆくゆくは普通に結婚して、普通に死んでいく。



そんな当たり前で、普通の生活を送りたい。



普通の恋だってしてみたい。



まだ好きな人はいないけど、そんな人が現れたなら。




ただ、俺に普通の高校生活は訪れなかった ―

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