2話. 通学時間ですら青春だ

朝、目を覚ます。

昨日は一日中運動していたからなのか、寝つきが良かった、久しぶりに気持ちよく起きる事が出来た。


俺も運動を始めようかな…。

だが、長良さんの笑顔が目に浮かぶのでやめた。あの運動量に付き合ったらろくな事にはならない、無尽蔵の体力馬鹿と、俺みたいな一般人を同じにしないで欲しい。それに、にやけ顔が腹立つ。


そんな事を考えながら、ベットから身体を起こし自室から出ていく。俺の部屋は二階の角にあった。

一人っ子なので、広めの部屋を与えられている。そこは親に感謝だな。


朝の支度をするので一階へと降りていく、リビングには父がニュースを見ながら、朝ごはんを食べていた、母は、俺と自分の朝食を準備していた。


「おはよう」


「おう、おはよう」


「あら、今日は機嫌いいみたいね?おはよ」


先に朝食を食べる前に顔を洗い、歯を磨いておく。こうして朝食を食べて家を出るまでが、俺の日常だ。

ただ、今日はいつもと少しだけ違っていた。それもあまりよろしくない方向で。


席に座ると、父が声をかけてくる。この時点でいつもと違う、いつもは挨拶しか交わさないくせに。


「今日から新学期だ、勉強を疎かにしないように」


「わかってるよ、朝からいちいち…」


「神崎さんの娘さんは成績優秀だと、耳にタコができるほど聞かされているよ、誠も励めよ」 


「あーいよ、わかりましたよー」


前に聞いたが、俺の父と神崎さんの父は同じ会社らしい。だからといってこっちに振らないでくれ、親の関係と、俺たちの事は関係ないだろと思う。


俺だって、神崎さんが人一倍努力するのは知っている。朝早くに学校に来て勉強、終わってからは塾。

本当に努力家で凄いと思う、俺にはあそこまでは出来ない。


そうして、日常が戻り父の方が早くに家を出る。父が家を出た後に朝食が運ばれてくる。

あまり会話をしたくないと、こちらまで伝わる。

そこまで露骨にしなくても、俺だって話したい事は何も無いよと思っている。口に出したいぐらいだ。


そうして朝食を終え、着替えをしに自室へ戻る。

朝から少しだけ嫌な気分になりながらも、学校へ行く準備をする。着替えてる最中にインターホンが鳴っていた。


母が玄関を出ているが、これも日常だ。


俺は支度を終え玄関に降りていく、案の定晴香が迎えにきていた。母が嬉しそうに話しているのが、家の中まで聞こえてくる。


「あら〜ほんっと、大人っぽくなって!」


「いえいえ、私なんて…」


「ほんとに綺麗よ!毎朝ありがとうね〜」


「家が近いだけですから!高校も同じですし…」


「それでもよ、ちょっと待っててね呼んでくるから」


もうそこまで来ていた、いちいち呼ばなくても分かる。そう言いたくなるが、口を抑え飲み込む。


「いいよ、もう来たから」


「遅いよっ、早く行きなさい!晴香ちゃんがわざわざ来てくれているんだから、もう少し喜びなさいよ!」


背中を勢いよく叩かれた、少しだけイラッとする。

今まで特に干渉もしてこなかったくせに、こういう時だけいい母親ヅラをするのは勘弁してほしい。


父も母も、本心が丸見えだ。自分の事ばっかり、俺のことは二の次、自分が良く見られたいが為の言動。


「いいって!」


「本当ごめんなさいね〜いつも遅くて」


「いえいえ!そんな事ないですから!」


「ほんといい子ね!早く、行ってらっしゃい!」


「うるせえよ、朝から声がでかい…」


「はいはい!行くよ〜、おばさん行ってきます!」


晴香に背中を押されながら、家を出ていく。


高校は同じなので、いつも学校がある時は一緒に投稿していた。小中高と同じなので、本当に腐れ縁だと思う。親同士も仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしている。


まぁ、昔と比べて綺麗になったとは思う。女子ってこんなに変わるものかと驚くほどに。そんな晴香と一緒に登校すると、先程までのイライラが和らいでいく気がする。


「いっつも、いいお母さんだね?」


「そんなことねえよ」


「またまた〜そんなこと言って〜」


「嘘じゃねえよ」


本当に嘘じゃない。

昔は愛されていた思うが、どこか空っぽに感じてしまう事があった。それが高校に上がってからは、愛情が中身の無いものだと気づくようになた。

理由はわからないが、父も母も最近はどこかよそよそしい。言いたい事は分かるが、いつも鬱陶しく感じる。感謝はしている、しているが…何なんだろう。


「そ、それより昨日は楽しかったな」


「うん!また行きたい!」


「ははっ、そうだな!またいつでも行けるよ」


そんな事を話しながら、いつも通りの普通な日常が待っている学校へと向かう。学校までは最寄駅から三駅ほど離れていた、こうして歩く時間は家から離れていくので嫌いじゃない。


すると、途中で春の桜が道を作っていた。この桜が散った跡を見ると、最後の一年が始まったと考え、少しだけ寂しくなる。

沢山遊びたい、色々なとこに行きたい。後悔のないように、これからの時間を大切にしていきたい。


「ねぇねぇ!すごいね!桜の花道だよ!」


「確かにな、何年も通ってるがここまでの物は見た事が無かったな」


「ね!ね!ね!写真撮ろうよ!」


「はいはい」


そう言いながら、晴香が桜道の真ん中に立つ。

俺はスマホを取り出し、画面から美しく並んだ桜道とそれに浮かぶ晴香の姿を覗く。


その景色は、とても絵になると思った。


思わずシャッターを押した、撮るつもりではいたが、掛け声をする暇も無く、この景色を切り取りたいと思ってしまったからだ。


「ねぇねぇ、急にシャッター音が聞こえたからびっくりしたよ、どんな感じ?」


走ってこちらに向かってくる。スマホの画面を向け、先ほど取れた写真を見せる。


「すごいね!映えってるね!」


「な、凄いいいのが撮れたよ」


この桜を、来年に見る頃にはどうなっているだろうか。大学に進学しているのか、社会に出ているのか、今はまだ想像すらできないでいる。


この光景が、また笑って見れたらいいな。

こんな時間をまた過ごせたら。



「ねぇねぇ、あの子さんじゃない?」


「誰それ?」


肩を叩きながら、ある方向に指を刺す。


「えっ!?知らないの!?」


「知らない、後ろ姿を見ても分からない」


愛染さんは、去年の夏頃に転校してきたらしい。

不思議な雰囲気をまとっており、男子は勿論、女子からも人気があるそうだ。


後ろ姿はどこかで見たことがある気がする。


あの綺麗な黒髪を。


「ねぇ!……ねぇっ、聞いてる?」


「あ、悪い悪い、で、なんだっけ?」


「聞いてないじゃん!もしかして見惚れたりして?」


「流石に後ろ姿だけでは、ありえないだろ」


「…前から見たらありえるの?」


「それは、見てみない事にはな…」


「ふ〜ん、そうなんだ…」


「なんだよ、急に不機嫌に」


「べっつに〜?なんでもないですよ〜?」


何故か急に不機嫌になってしまった。

晴香が機嫌を損ねると、毎度面倒くさい事になった。

今までの事を考え、これ以上機嫌損ねないように、なんとか話を変えようとする。


「さっきさ、なんか言いかけてなかったか?」


「そうそう、みたいな雰囲気だっなて話をしているの」


「えっ、魔女?」


「そうそう、あの黒髪とか、寄せ付けないような不思議な雰囲気とか、あと…すっごく綺麗な人だからって」


「それだけで魔女?ふっ、馬鹿らしい」


「あ!見てないから言えるんだよ!私も一回だけ話したんだけどね、そう言われても不思議じゃないよ〜」


確かに、長い黒髪の後ろ姿を見ると魔女の様に、不思議な雰囲気を纏っている。まぁ、魔女を実際に見た事はないが、まぁ、つばの広いとんがり帽子と、箒を手にすれば…見えなくもないかもしれない。


「駅が一緒だね、ご近所さんだよ」


「近所ではないだろ」


「そっか…へへっ」


そうして、俺たちは改札を通って電車に乗り込む。珍しく車内は満員になっていた。

駅のアナウンスで、別の線が運休になったので、俺たちの車両に振替輸送を行っていると言っていた。


「ねぇ、今日すごい人だね」


「振替輸送のせいだな、大丈夫か?」


扉の前に晴香を立たせ、周りとの壁になる。昨今、こんな時には何が起こるか分からない、用心するに越した事はないだろう。


「う、うん…大丈夫…」


「もう暫くの我慢だ」


「うん…」


距離が近い、仕方がないとはいえ少し恥ずかしい。人に揉まれるのがこんなにもしんどいとは、社会に出たら大変だなと思う。

まぁ、今は恥ずかしさの意味でしんどいと感じているだけなのだが。


ふと、晴香の方を見ると目線が合う。慌てる必要はないが目線を逸らす、決して照れて晒しただけでは無い、断じて違う。


「ねぇ、今逸らしたでしょ?」


「………」


「聞いてます〜?」


「ちょっとごめん」


視線を逸らした先にさきほどの愛染さんがいた、晴香も俺の目線の先を追いかけて、見つけた。


「あ、もしかしてまた見…「違う、あれ」


愛染さんは下に俯いていて、少し震えているように見える。ここからはよく見えないが、様子がおかしい。

目の前のサラリーマンは寝ているし、周りはスマホを覗き込んでいるので、異変に気づいていない。


「ねぇねえ、あれって…」


「うん、様子がおかしい」


「私は大丈夫だから、行ってあげて、念の為」


「わかった、ちょっと離れるわ」


周りに声をかけながら、人をかき分けて向かう。この人混み中で、周りから迷惑そうな視線が集まる。

仕方なく、声を上げなら近づく事にする。


「お、おぉーい、おはよう!」


さらに周りの視線が俺に集まる。ただ、友人同士と思われたのか周囲の人が避けてくれた、体を擦りながらも、ようやく側まで来る事が出来た。


すると、愛染さんの後ろから腕が伸びていた。


やはり間違いじゃなかった。


俺は腕を掴み、上に振り上げながら叫んだ。


「おいおい!俺のケツ触って嬉しいのか!?」


この時点で、スマホを覗き込んでいる人はいなかった。周囲の人以外にも、車両の中にいた人全員が、俺の方を注目している。


腕を掴まれたサラリーマンは、逃げようとしていたが、決して離さないように力強く掴んでいた。


「な、ななななんだね君は!」


「あぁ!?こっちは、お前にいきなりケツを触られたんですけど!?」


「そそそそそ、そんなことするわけ無いだろう!」


「いーや、触られたね!この腕でがっちりと掴みやがって、次の駅で降りようか!?」


騒ぎが大きくなると、電車が駅に近づいているのか、減速していた。この満員電車では逃げれるはずもない、俺の降りる一つ手前の駅だが、スーツ姿のおっさんの腕を掴んだまま駅を降りていく。

この時は周りも協力して、扉までの道を開けてくれていた。


車内にいる二人に、迷惑をかけたくなかったので俺一人で済ませようとする。そして、電車がホームに着き扉が開く。周りの人が俺たちを優先して出してくれた、そのまま腕を引っ張りながら外に出る。


騒がしかったのか、誰か異変を感じて駅員を呼んでくれたようだ、降りて直ぐに駆けつけてくれた。

電車の扉が閉まる頃に、晴香が愛染さんの元へ駆け寄っているのが見えた。後は任せて大丈夫だろう。


俺は状況を詳しく説明する為、駅員室に案内される。

もちろん、スーツ姿のおっさんも一緒に。

それからは事の発端を話していく、愛染さんの事も念の為説明しておく。このままでは俺が、冤罪をでっち上げただけになりかねないからだ。


それでも、解放されたのは昼過になっていた、あの後は警察も来たりして大変だった。初めての事ながら、よく出来たと誰かに褒めて欲しい。


ようやく解放され、一人になった俺は学校へと向かう、隣の駅だったのですぐに着いた。

始業式初日でとんでもない始まりだと思うが、愛染さんは大丈夫だったのだろうか、晴香が側にいたので大丈夫かと思うが。

まぁ、わざわざ俺が聞きに行くのは駄目だろう、なんともなければそれでいい。


そうして学校に着いたのだが、待っていた先生達に同じ話しをする羽目になる。ただ、先生達と話をしていると余計に疲れた。


なぜなら始業式の終わりと同時に学校が終わっていたからだ、これでは真っ直ぐ家に帰っておけば良かったと後悔する。

時は、すでに遅しだが。

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