俺の時間は君に奪われた(休作)

のうみ

1話. かけがえのない時間

俺の名前は、【新良にいら まこと】今は高校二年生の春休みが終わろうとしている頃だ。

この春休みが終われば次は三年生だ、やれ受験や、将来の事などを考えると憂鬱になる。


明日の事も分からないのに、もっと先の事なんて分かるはずもないのだから。

成績だって、良くもなく悪くもなく、運動はそれなりに好きな方ではあるが得意では無い。


特にやりたい事もないのが、今の俺だ。


それでも、何となく大学には行こうとは考えている。

とりあえずは学生の延長って感じで考えている、それまでに何か見つかればいいだろう。


親も、それで納得はしてくれている。



今日は、付き合いの長い友人と遊びに行く予定をしていた、出掛けるために服を着替え荷物を整える。


「よし、忘れ物も無いな」


準備の整った俺は、自分の部屋を出て玄関に向かう。

気心知れた友人なので、よく一緒にいることが多い、この春休みも、連日会っているのではないか。


楽しみな気持ちを抱えて靴を履き、扉に手をかける。


「行ってきまーす」


と、言ったところで返事は返ってこない。

この時間には俺一人だけしかいないから。


これから三人で遊ぶ予定をしている。

その内の一人は隣に住んでいるので、そのまま家の外で出てくるのを待っている。


家の前に歩いていくと、扉の開く音がする。

隣の友人は家の中から元気よく飛び出してきた、そして俺と目が合うと笑って答える。


「おや、待ってくれていたのかい?少年よ」


「うるせえよ、今出たって知ってるだろ、“晴香”」


「ふふふふっ、お待たせ!行こっか!」


彼女の名前は【琴浪ことなみ 晴香はるか】、昔から隣に住んでいる、言わば幼馴染だ。

俺からしたら、ただの腐れ縁だが。


高校三年生に近づくと、急に大人っぽくなっていた。

セミロングの明るい茶髪を揺らしながら、誰に対しても明るい表情を浮かべている。

女性らしいそのスタイルは、世の男子が放って置かないだろう。その証拠に、同級生は勿論、先輩からも後輩からも告白された事があると言っていた。


本人はあまり嬉しそうではないが。

俺に以前、そんな告白れた経験はあるかい?と自慢して来ていたのは最初の方だけだったっけ。


まぁ、俺にそんな経験はないのだが。


「さて、“友成”のとこに向かうか」


「はいさー!」


二人で待ち合わせ場所に向かって歩いていく。

もう一人とは、駅前での待ち合わせをしており、今日は一日中某屋内運動施設で遊ぶ予定をしている。

春休みの最終日だ、思いっきり体を動かそうとの事。



駅に着くと、既に待ち合わせ場所で待っていた、こちらを見るや声を上げ、走りながら駆け寄ってくる。



「やっほー!待ってたよー!」


「げ、テンション高すぎぃ〜」


「連れない事言うなよー!な、晴香ちゃんっ」


「う、ざ、い、ー」


「はははははっ、相変わらずつれないねっ!」


このやたらテンションの高い奴は【藤安ふじやす 友成ともなり】、今の高校に入ってから知り合った親友とも呼べる。

見ての通り活発な奴で、俺たちのムードメーカーでもある、黒に近い茶髪で、ピアスも開けているので側から見たら、ただのチャラ男みたいな見た目だが。


だが、こんな見た目でも面倒見があり、周りをよく見ている、見た目以上に信頼のおける親友だった。


「さて、行こうか」


「初めて行くから楽しみ〜」


「あれ、晴香ちゃん初めてなの?」


「うん!行く機会を外しちゃっててさ」


「あぁ…前に俺が誘った時は熱出してたっけ」


「そうそう!だからようやくなの!」


「なら、今日は楽しめちゃうね、だって僕がいる!」


「それが、う、ざ、い、の〜」


この三人で過ごす時間は心地いい。

春休みも終わりに近づいてるとはいえ、そんな二人のやりとりを見ていると俺も楽しくなってくる、三年生になっても同じクラスならいいなと願う。


そんな事を考えながら、目的地に向かっていた。


今向かっている施設は、駅直結のビルにある。到着すると、晴香が口を開けながらビルを見上げていた。

かなりの高さなので、驚くのもわかる。


俺と友成は、それを見て笑っていたら怒られた。

子供扱いするなーって、可愛いふくれっ面をこちらに向けながら。


そうして、中へと三人で一緒に入っていく。

少し薄暗い雰囲気がお洒落な感じがする、外とは隔離されているような、そんな空間を作り出している。


「おぉ〜、なんかおしゃれやね〜」


「だよな、わかるわかる」


「さぁさぁ、受付しちゃうよ」


そのまま友成に案内される形で受付へと向かう、無人の受付となっており、何度も来ているので、ここはいつものように全部任せる事にした。


二人で辺りを見渡していると、見知った顔が見える。


「おい、晴香…あれって…」


「ん?……んん?」


向こうもこちらに気づいたのか、手を振っている。


「お〜いっ!“咲良”ちゃん!“真実”ちゃん!」


晴香が、その二人の元へ駆け寄る、声をかけたこの二人も同じ学校の同級生だ。

こんな所で会うとは、珍しい組み合わせではあるが。


「おやおや〜お二人でデートっすか〜?」


「ち、違うよ!友成もいるよ!」


「あ、ほんとだ、手振ってるよ」


「あちゃ〜、勘違いっすね」


ロングヘアでメガネをかけているのが【神崎かんざき 咲良さくら】、成績優秀で学年の成績は常にトップクラス、真面目な態度も合間って、教師からの信頼も厚い。

身長も高く、女子からの人気もあるとか。

下手な男子よりかっこよく見えるのも頷ける。


ショートヘアで肌が焼けているのは、【長良ながら 真実まなみ】陸上部で、地区大会の出場経験もあり、将来有望と言われており、その明るい振る舞いは、周囲からも人気がある。


こう見ると、晴香が一番スタイルがいいな。

ついついそんな事を考えてしまう、仕方がない、俺だって年頃の男の子なのだから。


勿論、口には出さないが。


「誠から、いやらしい視線を感じる…」


「は、誰が!」


「最低ですね…」


「エッチ…」


「何も見てないって!」


何を言っても駄目みたいだ。

女子は視線が分かると言うが、本当らしい。


次からは気をつけよう。


「そういえば、二人もここで遊ぶのか?」


「そう!気晴らしにね〜、咲良ったらずっと勉強で箱詰めだったし、私が誘ったの!」


真実は誇らしげな顔を向けているが、咲良は呆れた顔をしている。無理やり連れてこられたのだろう。

しかし、この春休み中もずっと勉強とは流石だな、受験に向けてだろうか。


「ならさ、一緒に遊ばない!?」


「え、晴香ちゃんいいの!?」


「もっちろん!誠もいいよね?」


「そうだな、大人数の方が楽しいだろ、友成には俺が今から言ってくるよ」


そう言い残して、受付カウンターまで歩いていく。

三人はその場に残って話しをしているようだ。


状況を察していたのか、受付は五人になっていた。

俺、空気読めるだろってドヤ顔が腹立つ。



それからは、俺たちの番号が呼ばれ中へと入る。

建物の中はフロア毎に遊べるものが変わっており、どれから行こうかと、迷うほどに種類が豊富だった。


「ふぁ〜!すごいねこれは!」


「どれから行こうか迷うっすね!」


「ねぇねぇ、どれからいくの!?」


「そうだなぁー…」


色々話し合った結果。

とりあえず僕たちは下から上に向かう事にした。

軽いものから慣らしていき、上に向かうにつれ本格的な運動をしていこうとの事だ。


「ねぇねぇ!はやくいこうよ!!」


晴香が先頭を歩き、皆が後をついていく。

本当に楽しみにしていたようだ。

まだ何も遊んでいないのに、大はしゃぎしている。


そんな、かけがえのない時間が僕には眩しかった。

幸せすぎるがゆえに怖くなる、これが壊れてしまったらと考えてしまう。


大人になれば、こうして会う事も無くなるだろうか。

変わらないものは無いのだから。

それでも、変わらずこの普通な時間を大事にしたい。


そう思うんだ。




ーーーーーー。


夜になり、体力も尽きてきたので終わる事にする。


「いやぁ〜楽しかったっすね!」


「さすが陸上部期待の星、体力オバケだな」


「そんな、新良はへなちょこっすね!」


「うるせえ…や、やめろって!頭かくなって!」


「へっへへ〜鍛えてあげるっすよ?」


「あら、私もお願いしようかしら?」


「おおっ、咲良も一緒にやるっすか?」


「俺はやらねぇよ!今で十分です!」


「あら、残念」


「えぇ〜勿体無いっすね〜」


「うるせっ」


最近はよくからかわれるようになった、出会った時はこんな感じではなかったのだが。

仲良くやって来たからだろうか。


すると、背筋が急に凍りつく。

どこからか嫌な視線を感じたのだ。


辺りを振り返るが、こちらを見ている人はいない。

友成と晴香がこちらを見て微笑んではいるが。


気のせいだろうか?


「どうしたの?」


「変な視せ…いや。晴香、なんでもない…気のせい」


「もしかして、疲れすぎたんじゃねぇの?」


「かもしれねぇな…早く帰ろうぜ」


確かに感じたとは思う。

何かかは分からないが、気味が悪い。今までに感じた事ないような…背筋の凍る視線を感じたはずだ。


でも、考えることは止めた。辺りには誰もいなかったのだから。友成の言う通り疲れていたのかもしれない。


帰ろう。


皆を追いかけようと、足を前に出す。




( 楽しそうね、 )



すれ違いざまに声をかけられた。

黒髪の綺麗な女性が通り過ぎていく。


「あ、あの…?」


振り返った時にはもう遅かった。

声をかけようとすると、人混みに消えたのだから。


誰か分からないが、一方的に言葉を置いてかれた。

俺のことは知っているような口ぶり。


「誰だろう…一体…」


人混みに消えていった女の人は、もう見えない。

顔すらも確認できなかった。


家に帰ってからも、その声が耳に残る。

誰かも分からないあの声が。

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