第31話 昔話
河童先生には休めと言われたけど、僕は万屋さんの使い魔を手伝って薬草を収穫して処置室に運んだ。とにかく大量に必要らしく、裏庭という名の広大な畑と処置室を何往復もした。でも、万屋さんが空き部屋のドアを診療所に繋げておいてくれたおかげで、運搬はそこまで大変じゃなかった。
作業が一段落すると、僕はいよいよ処置室から追い出されてしまった。河童先生曰く「働き過ぎだよぉ」とのことらしい。全然疲れてないと伝えたけど、相手にされなかった。
それなら万屋さんの手伝いをしようと思い、彼の部屋に向かった。彼は調べたいことがあるといってずっと部屋に籠っている。どうやら、あの廃ホテルにあった祭壇の鏡を持ち帰ってきたようだけど……。
部屋のドアには鍵がかかっていた。何度か呼びかけてみたけど、集中しているのか反応はなかった。
仕方なく僕は一度家に戻って泥を流して着替えて探偵局に戻った。応接室のソファに座っていると、僕と同じように処置室から追い出されたジャックさんが部屋に入ってくるのが見えた。ジャックさんは、溶かされたグレムリンを心配してずっと傍にいたようだ。
「早く治るといいですね」
声をかけると、ジャックさんは僕の膝に飛び乗った。
「……さっきは、ありがとうな」
「薬草のことですか? 僕は万屋さんの使い魔を手伝っただけで、ジャックさんにお礼を言われるようなことは何も……」
「それもあるけどよ。仲間のこと、本気で心配してくれたろ。アンタみたいな人間は珍しいんだ」
と、ジャックさんは僕の膝に乗ったまま僕の顔を観察するように見つめてきた。
「だいたいの人間は自分達の事ばかりに目を向ける。そうやって俺達の居場所を奪って行くんだ」
「僕達が、ジャックさん達の居場所を奪う?」
「人間の技術が進歩したら、俺みたいなグレムリンが入り込む隙はなくなる。現世にはいられなくなる。でも俺達の文化は人間に近いから、他のあやかしみたいに幽世には住めない……馴染めないんだ。あわい横丁がなかったら、俺はどうなってたか分からない」
「そんな……」
「でも、しょうがないって分かってるんだ。人間は弱いし、俺達みたいに長く生きられないからな。誰だって生きるのに必死なんだ」
生きているだけで、友人になれるかもしれない彼等の居場所がなくなるなんて。この感情は言葉にできない……。
僕の沈黙をどう受け取ったのか、ジャックさんはフッと笑った。
「どうして探偵がアンタを、いや、セージを助手に選んだのか、その理由が分かった気がする。こっち側に目を向けようとする人間は、そういないからな」
「……僕には分かりません。万屋さんみたいに何でもできる人が、どうして僕を助手にしたかなんて」
「違うね。探偵は役に立つと思ってセージを助手にしたんじゃないぜ」
ジャックさんは僕の膝に座り直すと、僕の片手を引っ張って自分の頭の上に置いた。撫でろということだろうか。
「俺は悪魔と契約した魔法使いが嫌いだ。なぜって、あいつらは最悪だからだ。直接見た訳じゃねぇけど、聞いた時は耳が腐ると思ったね」
僕が毛並みを撫でると、ジャックさんは気分よく続けた。
「これから俺が話すのは、探偵の師匠から聞いた話だ」
そう前置きして、ジャックさんは語り始めた。
ずっと昔。悪魔と契約した悪い魔法使いが、ヨーロッパを混乱に陥れたらしい。人間達は魔法使いや魔女を恐れ、魔女狩りを始めた。
そして、十七世紀。悪い魔法使いと魔女狩りの混乱は、ついに万屋さんの住んでいた森を飲み込んだ。恐怖に震える人間達には、悪い魔法使いと善い魔法使いの区別は付かなかった。多くの善い魔法使いが人間に殺されたらしい。その中には、万屋さんのお母さんと同じ薬草魔女もいたそうだ。知識で人を癒す薬草魔女は、混乱する民衆に理解されず迫害の対象になってしまった。
万屋さん達は身の危険を感じ、故郷を捨てて海を渡って逃げる決意をした。そして辿り着いたのが新天地、アメリカだった。だけど……彼等の悪夢は終わらなかった。
「移民の中に悪い魔法使いが紛れてたんだ。奴らは移民と先住民を混乱に陥れ、多くの人間が血を流した。悪夢は何十年も終わらず、植民地でも魔女狩りが始まった」
「どうして、ですか……? 悪魔に苦しめられたはずなのに、どうして万屋さんは、悪魔と契約してしまったんですか?」
絞り出した声は掠れてしまった。でも、僕は聞かずにいられなかった。
「万屋さんの敵は悪魔や悪い魔法使いだけじゃなかった。魔法の知識のない人間も万屋さん達を追い詰めた。人間を嫌いになってもおかしくない。それなのに……」
万屋さんは僕を助手に誘ってくれたのに、僕のことを疑っている。ずっと、どうしてなのか分からなかった。でもその訳が分かった。万屋さんが僕のことを、昔彼を苦しめた人間と同じだと思っているからだ。
「それなのに、どうして万屋さんは僕を助手に選んだんですか?」
ジャックさんは目を瞑り、腕を組んで何かを思案した後口を開いた。
「探偵に聞きな」
「……え?」
「直接探偵に聞けよ」
「え……えええ⁉ 教えてくれる流れじゃなかったんですか!?」
「教えるとは一言も言ってないだろ」
「そこをなんとか! だって、近いうちに話すとか言ってたのに、万屋さん何も教えてくれないんですよ!」
「手のかかる奴だな! さっきので察しろよ」
ジャックさんは、やれやれと溜息交じりに話し始めた。
「魔法使いと会ったら、自分も魔法を使いたいって思うのが普通だろ。少なくとも、探偵が自分の正体をバラした人間達はそうだった」
「普通はそうなんでしょうか?」
万屋さんが魔法使いって聞いた時、僕は驚きが勝ったせいか、感心して終わってしまった気がする。
その後も、僕は自分自身が万屋さんのような魔法使いになりたいとは思わなかった。あやかし混ざりだと言われたから、無意識のうちに諦めたんだろうか。
それに今は、悪魔と契約してしまった彼の苦悩を聞いてしまったし。
善い魔法使いがどんなものだったか聞いても、浮かび上がるのは彼が使った魔法だけで、やっぱり彼が善い魔法使いだったと安堵するばかりで、僕自身が魔法を使うかどうかまで想像できなかった。
——僕は魔法使いになりたいんだろうか?
「悪魔と契約したと伝えたら、大体は拒絶されるんだ。たまに、それでも良いから力を分けてくれと食い下がるイカレもいるけどな。……でも、セージはそのどちらでもなかった。お前はただ、探偵の善性を信じたんだ」
「だって万屋さんは、たまに滅茶苦茶やるけど善い人だし。悪魔の力を使ったのも、依頼人を助ける為だったから……」
「そういうところだと思うぜ。探偵は嬉しかったんじゃねぇかな」
ジャックさんはフッと笑った。
「心配しなくても、セージは十分探偵に信頼されてるよ」
——本当に、そうなんだろうか。
「何だよ教えてやったのに。もうちょっと嬉しそうにしろよ。……ああ、そうだよな。あいつの口から聞きたいよな」
ジャックさんは面倒臭そうに頭をガシガシと搔いて続けた。
「セージ。アンタは何で怪異探偵の助手を続けてるんだ?」
——万屋さんにも似たようなこと聞かれたな。
以前は分からないと答えた。
村で万屋さんの助手をした時、何となく助手を続けてみたいって思った。
本当にそれだけだ。
今もまだ、はっきりとした答えは出せない。
「答えが分かったら教えてやれよ」
ジャックさんが声を上げて笑った。
「セージと同じくらい、あの探偵は面倒臭い性格してるんだ。セージが答えを出せば、きっと探偵も覚悟が決まるんじゃねぇかな」
その時、探偵局の玄関を叩く音が聞こえた。
ジャックさんを膝からソファーに下ろすと、僕はドアを開けてお客さんを迎えた。玄関には、喫茶ひすがらの店員、ルナさんがピクニックバスケットを持って立っていた。万屋さんが四人分の夕飯を注文しておいてくれたらしい。
僕はお礼を言ってバスケットを受け取ると、早速蓋を開けた。中には具材たっぷりのサンドイッチと温かいスープが入っていた。鼻をくすぐる良い匂いが、自分が空腹だったことを教えてくれた。
ジャックさんの分を渡してから、河童先生に声をかけて処置室の前にトレイを置いた。それから、僕はバスケットを持って万屋さんの部屋に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます