第30話 横丁のお医者さん
あわい横丁の住民のほとんどは、あやかしだ。そういう不思議な場所だから、現世の常識が通じないのは分かっていたけど、まさか医者も常識外れだとは思わなかった。
なんと連れてこられた医者は河童だった。
甲羅の上から白衣を羽織り、爬虫類のような目で僕を見た河童は、「どうもぉ」と首を上下させた。会釈のつもりだったのかもしれない。あまり頭を下げると、頭の皿の水が零れてしまうから……。
河童先生が診察を始めると、万屋さんが小声で河童が医者をやっている理由を教えてくれた。
「河童の伝説に妙薬に関するものがあるだろう。彼もまた、優秀な薬師だよ」
万屋さんの言う通り、河童先生は腕利きの医者らしい。薬草と一緒に瓶に収められた液体がグレムリンだと一目で見抜いてしまった。
河童先生は瓶を光にかざすようにして振ると、
「あぁ。悪魔の仕業だねぇ。時間をかけて溶かされたんだねぇ……かわいそうに。でも薬草が悪魔の穢れに効いてるねぇ」
そう言って万屋さんを横目で見た。
「さすが薬草魔女の調合ですねぇ。あ、男だと薬草魔術師になるのかなぁ?」
「薬草魔女と呼ばれていたのは、私の母だ。私は
薬草魔女。その単語が気になってメモした。後で調べよう。
「ところで、この瓶に使った薬草はまだありますぅ?」
「裏庭に沢山生えてる。至急使い魔にとってこさせよう」
「じゃあ、薬草代は医療費でお支払いするということでぇ」
「おや。君の技術料を私のハーブと交換していいのかね?」
「だって万屋君の店、当院で使う薬草の仕入れ先だしなぁ」
河童先生と万屋さんが話している間、僕はジャックさんが妙に静かなのが気になっていた。
ジャックさんは、河童先生の足元でずっと瓶に入ったグレムリンを眺めていた。彼の双眸には涙の膜が張っていて、僕が「ジャックさん」と呼びかけると、遂にボロボロと零れ落ちた。
「何でだよ。何でピンクメルトはこんな事するんだよ! 酷すぎるだろ! こいつが何したっていうんだよ!」
その時になってようやく、僕はジャックさんについて万屋さんが言っていたことを思い出した。ジャックさんは、仲間との繋がりを大事にするグレムリンだ。きっと彼は、仲間がされたことを自分がされた事のように感じて辛いんだ。
「ジャックさん。大丈夫。きっと治りますよ」
無責任な言葉が僕の口を衝いて出た。これは僕の希望でしかないのに……。
僕は半ば祈るような気持ちで、河童先生と万屋さんに向き直った。
「どうにか助けてあげられませんか? 何か僕にできることがあれば教えてください。それでこのグレムリンが助かるなら、何でもやります!」
河童先生は「へえぇ」と鳥のような嘴の隙間から吐息を漏らした。まるで珍しい物を見たとでも言いたげな表情に、僕は首を傾げる。
「人間君。えっと。名前は何だったっけぇ……」
「セージだ」
「そうだったねぇ。薬草魔法使いの助手のサルビア君」
「ヤクヨウサルビアならコモンセージの別名だから間違いではないな」
間違いだらけだよ! いつから僕は朝霧コモンセージになったんだよ!
でも今は突っ込んでる場合じゃない!
「真面目に聞いてください!」
「そんな不安な顔しないで、サルビア君。万屋君の薬草が効いてるから、三日以内にはもとの体に戻せるよぉ」
「ほ、本当ですか⁉」
「先生はこれでも横丁を預かるお医者さんだからねぇ」
これくらい治せないとねぇ。と、笑う河童先生はとても頼もしく感じた。
「それにきっと、サルビア君はこれから大変になるだろうしなぁ。今は少しでも体を休めておいた方が、いいんじゃないかなぁ」
河童先生は万屋さんに視線を戻した。
「万屋君。おっかない悪魔と戦うなら気を付けなよぉ。いくら先生でも、死者は治せないからねぇ」
「……肝に銘じておこう」
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