第28話 致命的、されど才能
メールにあった『the East Coast』とは、文面からしても『アメリカ東海岸』のことらしい。
だけど、ジャックさんが送られてきたメールを解析した結果、メールは日本国内で送信されたと判明した。さらに彼は仲間の気配を追って、メールが日本のどこから送信されているかまで突き止めてしまったようだ。
「凄いですね!」
「グレムリンは機械に強いが、ジャックは飛び抜けて優秀だよ。ピンクメルトも、まさかこんなに早く居場所がバレるとは思っていないだろう」
一瞬、ジャックさんは得意げに口角を上げたが、今は焦りの方が強いらしい。「一刻も早く仲間を助けてやりたいんだ」と、キリッとした表情に戻った。
「新入り、今からピンクメルトがいる場所をお前のスマホに映すぞ」
ジジッとスマホからノイズが聞こえたかと思うと、一枚の航空写真が表示された。長方形の建物が深い森の中に埋もれるようにしてポツンと建っている。
「ジャック。詳細を」
「観光ホテルだったらしいぜ。潰れた理由は経営難。長い事放置されてたらしいんだけどな、曰くがあって五年前から心霊スポット扱いされてる」
「曰く、ですか?」
僕が聞くと、ジャックさんは頷いた。
「五年前、ここで人間の集団失踪事件があったんだ。いや、集団自殺って言った方がいいかもな……。失踪者全員の遺書だけが残されていたらしい」
得体の知れない寒気を感じて、僕は身震いした。
万屋さんは「遺体は見つからず、遺書だけが見つかったのか」と冷静に状況を分析していた。
「早速向かおう」
万屋さんが床にチョークで転移用の魔法陣を描き始めると、僕とジャックさんは荷造りをした。これから行く場所は敵のアジトかもしれないから、ということだったが……。
「櫛と火打石に手ぬぐいと……これは枯れ草が入った瓶ですか」
「ドライハーブと言ってくれ。囚われたグレムリンの為にヒイラギ、ホワイトセージ、南天などを調合したんだよ。セージ」
「醒司って呼んでくれません? 薬草と並べると紛らわしいですよ」
万屋さんの指示で彼の鞄に詰めた道具はどうみてもガラクタばかりで、武器になりそうな物は一つもなかった。困惑していると、ジャックさんが「全部魔法道具だ」と教えてくれた。
魔法道具か……。いよいよ善い魔法使いと悪い魔法使いの決闘らしくなってきた。
でも、魔法使いでもあやかしでもない僕は、どこまで役に立てるだろうか。
「おい、探偵。助手はここに置いてった方が安全じゃないか? あわい横丁は世界の間にある。侵入できる魔法使いはそういないだろ」
「いや。敵の実力が分からない以上、この横丁が安全とは限らない。セージは私の近くにいた方が安全だ」
全く戦力として数えられてないのか……。
「役立たずで、すみません」
「そんなことはないよ」
万屋さんが顔を上げた。
「セージの恐るべき身体能力があれば、敵の裏をかくこともできるだろう」
「もしかして、何か作戦があるんですか?」
「あるにはある。だが……私は、セージに戦ってほしくない」
彼はまた魔法陣に視線を落とした。
「君が魔法使いを殺すところは、見たくない」
『殺す』——その物騒な単語に、背中にぞわりとしたものを感じた。悪い魔法使いと戦うという事は、そういうことになるのか。
一気にファンタジーから現実に引き戻された気分だ。ピンクメルトが殺人鬼で悪い魔法使いだとしても、グレムリンを救って良介を護るためだとしても、殺すだなんて……。
ふと、万屋さんが笑った気がした。
「戦いになる前にグレムリンを救出しよう。上手くいったら、セージとジャックはグレムリンを連れて逃げてくれ。ピンクメルトの相手は私がする」
僕達が魔法陣に乗ると万屋さんは呪文を唱えた。そして、瞬きのうちに景色は荒れ果てたホテルのエントランスに切り替わった。
割れた窓ガラスから植物が部屋の中にまで侵入している。昼間なのに薄暗く感じるのは、このホテルが鬱蒼とした木々に覆われている所為だろう。
「妙だな。こんな簡単に侵入できるとは」
万屋さんが首を傾げた。
「気配はある。だが、どういう訳か薄い。薄すぎる」
彼は腕を組んで何かを思案した後、ジャックさんに視線を向けた。ジャックさんはその意味を理解したらしく、
「仲間の気配を辿ればいいんだな?」
と、長い兎の耳をピクピクと動かした。
「ずっと上だ。微かに声が聞こえる」
僕達は階段を登って、一階ずつ確認していった。どの階も荒れ果てているばかりで、今のところ手掛かりになりそうなものは何も見つからない。
でも、一つだけ気になる事があって――。
僕は立ち止まり、辺りを見回した。
階段を登り始めた時から、ずっと何かの気配を感じている。姿は見えない。だけど、それは纏わり付くように僕の周りを離れない。
最上階が近付くにつれて、気配は強くなっている。
「……し……にえ」
突然、耳元で声が聞こえた。
「きょう……どうし……あく」
男性か女性かは分からない。でも、声は何かを訴えている。
――冷や汗が止まらない。
「教祖様。どうして私を悪魔の贄に?」
――息ができない。
「セージ!」
万屋さんに肩を叩かれると、僕の肺は思い出したかのように空気を求めた。
「それは気にしない方がいい」
「『それ』って?」
「残留思念。おそらく、ここで亡くなった人間達の怨恨だろう。横丁のあやかしや先日の七尋幽霊と違って、話は通じない。形もなく、理由もなく、ただ想いに触れた者を憑り殺す」
万屋さんは何かを思案するように僕の顔をまじまじと見た。
「ふゑありの件でも思ったが。やはり君には、ああいったものに触れる才能がある」
そう言って、彼は最上階への階段に足をかけた。僕も慌てて追いかける。
「才能があるって、良い事ですよね……?」
「持とうと思って持てるものじゃないが、運が悪いと才能に殺される」
「それって悪い事じゃないんですか!?」
「使いこなしてしまえば長所だ。私の師は、そういった才能を持つ者を特別好んで弟子に迎えていたらしい。その内の何人かは、修行中に憑り殺されたそうだが」
「ス、スパルタ教育! 万屋さんの師匠って、どんな人だよ……」
「鶏の足の上に建つ小屋に住み、冬と死を統べる【バーバ・ヤガー】の、名を冠した大魔女だよ。生と死の狭間にいる師匠だからこそ、現世と幽世の境界を操ってあわい横丁を作り出せた」
偉大な師匠を持つと苦労するよ、と万屋さんは溜息を吐いた。
「色々とご指導いただいたが、私が唯一まともに扱えるのは境界を操る魔法だけだな。使えてしまったから管理人をやらされているとも言えるが」
「その師匠は今どこに?」
「六十年くらい前に幽世見物の旅に出た。あともう数百年くらいはあっちで羽を伸ばしていただきたいところだ」
「もしかして、師匠が苦手なんですか?」
「……恩人ではあるんだがね。酷い気分屋で、怒ると更に手が付けられない。たとえば、サガリは師匠を驚かせようとして薪に変えられ、炉にくべられそうになった」
「サガリさんも悪いけど、報復がえげつない!」
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