第24話 変な相談
「あっ。
僕に声をかけてきたのは、友達の良介だった。
「新しく探偵助手のバイト始めたって言ってたよな」
「ま、まあね」
歯切れの悪い返事をしてしまったのは、万屋探偵局が怪奇現象専門だと良介に伝えていないからだ。言えば、きっと良介は僕が詐欺師に騙されているんじゃないかと心配する。彼はそういう良い奴なんだ。
「あのさ。もしできればでいいんだけど……」
良介はどこか遠慮がちに、言い辛そうに口を開いた。
「探偵を紹介してくれない?」
「えっ」
「無理ならいいんだ。でも、こういう時どこに相談していいか分からなくて。たぶん、イタズラだと思うんだけど……」
良介は「無理ならいい」と繰り返しているけど、本当に困っているようだった。
でも、僕は口を開こうとして、閉じてしまった。
もし話を聞いたとしても、力になれるか分からないと思ったからだ。
怪異探偵の万屋さんは、一般的な探偵とは違う。
まず、彼は常識が通じない異界の住人だ。それに、彼が怪異探偵を名乗り始めたのは、彼が管理しているあわい横丁に住む人達が彼をそう呼び始めたからで、あの人の本職はハーバリストっぽい。ハーブを育てて加工して出荷しているとか言ってたし。
中途半端に首を突っ込んで、良介を期待させてしまうのは可哀想だ。
普通に考えれば、断るべきなんだろう。
頭ではそう考えた。だけど僕は——。
「詳しく聞かせてくれる?」
助けになりたい気持ちが先走って、首を突っ込んでしまった。
きっと万屋さん達の常識の通じなさがうつったんだ……。
大学内のカフェに入ると、僕達は適当に注文して席に着いた。
僕は鞄からノートをとり出すと、良介の話に耳を傾けた。
どうやら、悩んでいるのは彼ではなく、彼の知り合いらしい。
良介は知り合いの事を、「Mさん」と呼んだ。
Mさんは英語が得意で、T●EFLでもビックリするような高得点を叩き出せる人らしい。
日本語すら怪しい僕からすれば、羨ましい話だ。でも、語学が堪能なのは良い事ばかりじゃないようだ。
Mさんは知り合いから英語力を頼られて無茶なお願いをされることが度々あるそうだ。
特に彼を困らせているのは、毎日のように翻訳をお願いするメールを送ってくる人物らしい。Mさんとその人物にはあまり接点がなく、知り合いの知り合いというような関係だった。それなのに、断っても断ってもメールが送られてくるそうだ。
「つまり相談っていうのは、Mさんに毎日メールを送ってくる人に、メールをやめさせてほしいってこと?」
——その問題の人物がやっているのは、ストーキングや嫌がらせの類だろう。やっぱりこれは怪異探偵じゃなくて、普通の探偵に頼んだ方が良さそうだ。
僕が内心そう呻いていると。
「……あのさ」
下を向いたまま、良介が話し始めた。僕の様子を窺うように「変な事聞くんだけど」と、前置きすると——。
「
質問に僕は目を丸くした。
僕の反応をどう受け取ったのか、良介は気まずそうに続けた。
「変な事言ってると思う。でも、変なんだその人。Mさんも不気味がってた」
「その人って、そのメールを送ってくる人? 確かに、断っても毎日メール送ってくるのはしつこすぎる気がするけど……。だからって、幽霊扱いするのは……」
「違うんだ!」
良介が大きな声を出したので、僕は続く言葉を飲み込んだ。
「ごめん。上手く伝えられなくて……。でも、他に何て言っていいか分からなくて、こんな説明になった」
良介はそう言うと、一枚の紙を渡してきた。
「メールを送ってくるその人、行方不明になってるんだよ。もう十年くらい前に」
手渡された古い新聞のコピーには、『アメリカ東海岸で日本人留学生失踪』という記事が載っていた。
「最初は、毎年行方不明になった日にメールが一通届くだけだったんだって。でも最近、増えたらしいんだよ。メールの量」
良介は「怖いもの見たさでさ、Mさんにメール見せて貰ったんだ」とスマホを弄りながら続けた。
「その人、ホームステイ先で変な物を見たらしいんだ。人間じゃない何かが家に居て、それをホストファミリーに伝えなきゃいけないのに、上手く英語で伝えられなくて、困ってるから助けてほしい。そんな内容だった」
良介はスマホを弄る指を止めて、画面を僕に見せてきた
「あんなメール、見なきゃよかったんだ」
画面には、ピンク色のスライムが映っていた。その塊の中に、恐怖の表情を見出した僕は目を見開いた。
気付くと同時に、目は細かな情報を拾い上げた。スライムの中に埋もれた男物のシャツとジーンズ。このピンクのスライムは——人間だったものだ。
そして、この地獄のように恐ろしい光景には、”Finally :)”というメッセージがピンクと青のポップなフォントで添えられていた。
「今朝、送られてきたんだ」
呟くようにそう吐き出して、良介は青褪めた顔で続けた。
「この写真がさ、メールに添付されてたんだよ。俺がMさんに見せて貰ったのと同じメールが、今度は俺に送られてきたんだ! 悪い冗談かと思った。でも、Mさんはそんな冗談言う人じゃないし。それに、このスライムに埋もれた服、見覚えがあって……」
「良介。まさか……ここに映っているのが」
「Mさんだ。なんとなく、面影がある気がする」
良介は、またスマホの画面を弄り出した。
「今朝からMさんと連絡が取れないんだ。接点のある知り合いにも聞いてみたけど、やっぱり誰もMさんの行方を知らなかった。それに……こんな変なメールを受け取ったの、俺だけみたいなんだよ」
「良介。もしかして、お前の依頼って……」
「質の悪いいたずらだって、探偵に証明してほしい。だって、そうじゃなきゃ、このメールを受け取った俺は……」
Mさんみたいに、溶かされるのか?
そう言って良介は、震えながら助けを乞うように僕を見つめた。
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