第21話 万屋覚の正体
「セージ、今日はもう帰って休みたまえ」
そう言った万屋さんは、いつも通りの彼だった。さっきの恐ろしい怪物のような姿が嘘のようだ。
「万屋さんは?」
「依頼人に報告してから、警察の知人の所へ詳しい事情を説明に行く。それから、依頼人の名誉の為に、犯人に全ての罪を白状させなければ」
「警察に協力するというよりも、依頼人の方が大事みたいですね」
「問題か?」
「いえ、探偵っぽいなって」
「そうか? 私は依頼人を裏切ってしまった……探偵失格だ」
「でも、万屋さんのおかげで犯人は捕まりました!」
「それでも、依頼人は傷ついた。それに、もしセージがいなければ、私は動揺した依頼人を放り出して犯人を追いかけていただろう。君が代わりに怒ってくれたから、私はあれでも少し冷静でいられたんだ。夢魔の方は焼き殺してしまったがな」
そう言ったあと、彼は自虐的な笑みを浮かべた。
「君もさすがに気付いただろう。魔法使いは、悪魔と契約して魔法を使うんだ。私はあの犯人と同じ、いや、もっと邪悪だ。私は、悪魔に気に入られてしまったせいで、悪魔になりかけてしまっているんだ」
「じゃあさっきの、あの狼の姿は……」
「あれが私の正体だ。私は、【悪魔マルコキアス】と契約した魔法使い。今はまだ変身魔法と自作の魔法薬で人の姿を保っていられるが、たまに自制が効かないんだ。さっきのようにな……。野蛮な上司で失望したかね?」
マルコキアスはグリフォンの翼と蛇の尾を持ち、口からは火を吹く黒狼の姿で現れる。戦闘を好む為、召喚者の闘争を喜んで助けるが、人の姿をとるときは、あらゆる質問に誠実に答える貴公子だと、万屋さんは教えてくれた。
「君には、悪い事をした……。最初に話しておくべきだったが、どうにも、切り出しづらく……」
「すみません、嫌な思いをさせてしまって……」
「どういう意味だ?」
「万屋さんに混ざってしまった怪異のこと、秘密にしたいなら、そっとしておこうと思ったんです。でも僕を助ける為に、なりふり構わず急いで来てくれたんですよね。本当に、申し訳なかったです」
「それは、夢魔を焼き殺した奴に言うセリフか?」
「あ、そうでした。助けてくださって、ありがとうございました!」
「いや、だから、そうではなくて……本当はもっと何かあるんじゃないか? 私の事が怖くなっただろ。蔑んでくれて構わないんだ。私は君が魔法使いと悪魔の関係を知らないのを良い事に、自分の本性をあやかし混ざりだと濁して、悪魔になりかけている事を黙っていたんだからな! 助手をやめたくなっただろ?」
「続けますよ。僕にも都合ってものがありますから」
「都合? ……そういえば、まだ理由を聞いていなかったな。君はどうして、私の助手になってくれると言ったんだ」
「わかりません。村で万屋さんの助手をした時、何となく、助手を続けてみたいって思ったんです。万屋さんの正体を知っても、その気持ちは変わりません。嘘じゃないって、万屋さんには分かるでしょ」
僕がそう言うと、万屋さんは何とも言えない複雑そうな顔をした。
「……わかっているとも。さっきから君はずっと、嘘を吐いていない。だからこそ恐ろしいんだ。私は悪魔になりかけている癖に、人の本心も欲望も、見透かすことができないから……私にとって、あまりにも都合の良すぎる君の言葉を、信じることができない」
「助手に誘ってくれたのは万屋さんなのに、随分勝手ですね。僕の気持ちは無視ですか。まさかこのまま、クビにするつもりじゃないですよね」
万屋さんは目を逸らした。図星かよ……。
「さすがに、その方法は不誠実だったな。助手になってくれた君の信頼を無下にしてしまったら、私は悪魔に堕ちてしまう」
そういえば、始めに彼が何を思って僕を助手に迎えたのか、それすらも内緒にされてるな。
「いいですよ、別に。僕も初めて万屋さんと会った時、本当に相談していいのかどうか疑ってましたし。だから、万屋さんが僕の信頼を勝ち取ったのと同じように、僕もその内、あなたに信じてもらえるような助手になりますから」
再び向けられた怪訝そうな深緑の目に、僕はできるだけ不敵に笑って返した。
「まだ頼りないかもしれませんが、これからに期待しておいてくださいね」
「君という奴は……」
万屋さんは何か言いたげに口をもごもごさせていたけど、何かに気付くとフッと笑った。
「セージ、家まで送ろう。よく見てみたら、君はスリッパを履いたままのようだしな」
「うわっ本当だ! 書斎から転移したせいで忘れてました」
「ハハハ。よくそれで犯人を捕まえられたものだ」
——ああ、もう! 僕はカッコつけるとすぐコレだよ! 大口叩いておいて恥ずかしいな!
「セージ、次の事件では、犯人に怪異が憑いているかどうかだけじゃなくて、足元にも注意しておきたまえ。いくら君でも、スリッパじゃ本気を出せないだろ」
——次?
思わず彼の顔を見ると、笑っていた彼は、また視線を下に落した。
「近いうちに、話をさせてくれ。どうして私がこうなってしまったのか、君には知っておいてもらいたい。君の信頼に応えたいんだ」
——とりあえず、カッコつけた甲斐はあったのかな。
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