第18話 七尋幽霊の正体 1/2
「万屋さん、何かわかったんですか?」
「セージ、内間さんは箱について何と言っていたか、よく思い出してみてくれ」
「えっと、内間さんが大家さんに相談したら、大家さんが専門業者を呼んでくれたんですよね。そしたら業者さんが天井裏に置かれていた箱を見つけて、持って来てくれた」
「君は一つ思い違いをしている——彼女は箱を大家から受け取った。仕事で作業に立ち会えなかったから、業者の人間とは会えなかったようだ」
「そういえば、留守中に天井裏を見てもらったんでしたね。でも、仕事をしたのは業者さんなんだから、同じことじゃないですか?」
「天井裏に人が入った痕跡が無いなら、その箱を誰が渡したのかは、重要なことだ。内間さんが嘘を吐いていないなら、尚更な」
「答えがわかったなら教えてくださいよ」
「その前に、確認すべき事がいくつかある」
万屋さんは天井を見上げた。
「七尋幽霊は天井を叩いていた」
「原因は箱だったんじゃないんですか?」
「もし原因が箱だったなら、その後も出てきたのはなぜだ? 私が思うに七尋幽霊の目的は箱ではなく、まだこの上にあるんじゃないだろうか」
「でも天井裏は、さっきサガリさんが調べてくれました」
「分かっているとも。だから、更にその上だ。サガリ、引き上げてくれ」
「はいよー。セージ君も俺の手に掴まって」
訳が分からないままサガリさんの手を掴むと、ぐんっと引っ張られて、気付いたら別の部屋に立っていた。
目の前にはデスクトップパソコン、椅子の背もたれには薄汚れたルームウェアが雑にかけられている。大きさからして、男性用だろうか。
「もはや驚きませんが、何が起きたんですか?」
「サガリに上の階へ引っ張り上げてもらった。つまりここは、内間さんが住んでいた部屋の真上にある部屋だ」
「じゃあ、ここ、知らない誰かの部屋ってことですね!」
「大丈夫、大丈夫。ここの住人、朝からいないっぽいからさ。それに、まだ帰って来る気配もないよ~。俺家に出る妖怪だから、人の気配に敏感なんだよね」
「そういう問題じゃないですよ……」
天井から聞こえるサガリさんの愉快な声が、余計に僕の良心を咎めた。
「そんな顔するな。長居したくないのは私も同じだ、嫌な気配がする」
「まさか、悪魔の本体がここに?」
「いや、本体は取り憑いた人間の中にいる。マンションに張り巡らされた触手は、奴が作った巣のようなものだ。私が魔法陣に細工をしても本体が出てこなかったから、留守は把握している。しかし……巣の中にいるせいなのか、頭痛が酷い——」
部屋を観察しようとしたのか、後ろを振り向いた万屋さんは絶句して、ある一点を見つめた。
僕も振り返り、壁を見て言葉を失った。
壁に貼られた写真を見て、それが暴行された女性を写したものだと気付くのに時間がかかった。脳が理解を拒むほど、それは凄惨な光景だった。
写真はその一枚だけじゃなかった。醜悪な欲と悪意に塗れた膨大な量の写真の中には、盗撮と思われるものまで混ざって、隙間なく六畳間の壁一面を覆い尽くすようにして貼られていた。
目を逸らそうとした僕は、偶然にもその中に知っている顔を見つけた。
「内間さん?」
僕が見つけたその写真は、明らかに盗撮されたものだった。見てしまった罪悪感から、咄嗟に視線を床に落とす。
「彼女の後ろの窓、見覚えがある。これは、さっきまで私達がいた部屋じゃないか。他の写真も、現場はほとんど同じ間取りの部屋だ。全部このマンション内で撮られた写真と考えていいだろう。これで部屋に取り付けられていたカメラの意図がわかったな」
「この写真に写っている人達は、みんなここの入居者ってことですか?」
「そのはずだ。今も住んでいるかまでは分からないが」
「ねー、探偵。これ魔導書じゃない?」
サガリさんが部屋に置かれていた本棚を探って、怪しい言語が書かれた書物を引っ張り出した。
「魔導書って?」
「魔術の指南書のことだ。見せてくれ」
「はいよー」
万屋さんはパラパラとページを捲った後、魔法陣が書かれたページで手を止めた。
「魔法陣は、それ自体が呪文の詠唱と同じ効果を持つ。魔法陣に組み込めない呪文は詠唱で付け加えなければならないが、魔法陣だけで完成しているものなら、条件を満たせば素人でも扱える。
魔導書を売る魔法使いの中には、一度だけ購入者が使えるように条件を満たした状態で販売する奴がいるが、犯人はそのての物を買ったらしい。魔導書の魔法陣に使用形跡がある。悪魔召喚に成功したようだ」
「迷惑な購入特典ですね」
「全くだ。魔法陣によると、召喚された悪魔は夢魔の類らしい。異常な性癖を持つ犯人は、欲望を満たす為に夢魔と契約し、このマンションに住む住人達を食い物にしていたようだ」
それから万屋さんは視線をいくつかの写真に滑らせ、一枚の写真を指差した。
「見つけた。彼女が七尋幽霊の正体だ」
その写真には、浴衣を着た女性が写っていた。
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