第11話 焦がれた陽射し
翌日、陽が高く昇った頃。万屋さんの指示で村長は村人全員を公民館に集めた。
狭い村だから、みんな既に何の騒ぎが起こっていたか知っていたようだ。すんなり公民館に集まってくれた。
「では今から蔵に向かいます。蔵に着いたら、村長、まずはあなたがふゑあり様に呼びかけ、外に出てきて良いという許しを与えてください。それから皆で外に出てきたふゑあり様を送り出します」
万屋さんの指示に、村長を含め村人全員が頷いた。
良く晴れた日だった。参列者の中には日光が当たらないように肌を隠して日傘を差す人や、サングラスをかけた人が多く出席していた。皆それぞれ、花束やお菓子を手にしている。ふゑあり様へのお供えのようだ。
「昨日は大変だったね。一晩中万屋さんと走り回ったんでしょ?」
そう話しかけてくるミユも、片手に日傘、もう片方の手にお線香を持っている。
「お兄ちゃんに霊感があったなんてびっくり」
「なんかそういうことになってるね」
ジトッと横目で万屋さんを見ると、
「嘘は言ってない、君には素質がある。だが、それはそれとして……昨日は君を家に居づらくさせてしまったからな。君が英雄になれば胸を張って帰省できると思ったんだ」
彼はどこかバツが悪そうに呟いた。昨日村長に抗議した後、僕が父と険悪になったことを気にしていたらしい。
「気にしなくて良かったのに……。言いたいことが言えて、僕はすっきりしましたよ」
「それならよかった!」
立ち直り早っ! でもそっか、万屋さんには今のが本心だってわかったのか。
ふと、ミユが足を止めた。
「大丈夫?」
僕が聞くと、ミユは力なく頷いた。帽子を目深に被ったうえにサングラスをかけ、口をマスクで覆うなど、露出が一切ない服装をしているから、暑さと息苦しさで参ってしまったんだろう。
——今日は昨日より陽射しが強いからな……よし!
「ミユ、おいで」
僕がミユを横抱きすると、恥ずかしいって非難の声が聞こえた。
だけど、万屋さんが「歩き辛いだろう。傘は私が差そう」と言ってミユの手から傘を取って僕とミユを陽射しから守るように傘を傾けると、ミユは急に大人しくなった。
——この扱いの差は何だよ……。
「あ、あの。万屋さん、色々ありがとうございました」
ミユは恥ずかしそうにしながら、万屋さんに話しかけた。
「お兄ちゃんから聞きました。ふゑあり様が成仏できたら、私はお日様に当たっても大丈夫になるって……」
これは、ふゑあり様に会ってミユのように日光恐怖症になってしまった村人達の自己暗示を解く為に、万屋さんが考えたシナリオだ。
「笑われちゃうかもしれないけど、夏は外に出るのも怖かったんです。でもずっと、友達とプールに行ってみたいって思ってて……」
「それはよかった、今年はきっと楽しい夏になるだろう」
作戦が上手くいったからか、彼は得意げに微笑んだ。
誰も彼に嘘を吐けないのに、彼は簡単に村人全員をペテンにかけるんだもんな。ほんと厄介極まりない。
でも、彼が嘘を暴くのも、人をペテンにかけるのも、探偵として事件を解決するためなんだよな……。
村に残った最後の蔵を前にして、村長が謝罪と許しの言葉を紡ぐ。
おそるおそる戸が開けられると、中に人の気配を感じた。一人二人と気配は増えて、遂に最初の一人が入り口に姿を見せた。
青白い肌の、半透明の男の子。頬には大きな痣があって、それを隠すように片手を添えていた。伸び放題の髪の隙間から見える彼の目は、外の様子を窺っているようだった。
不思議と僕は、顔も知らない筈のその子を知っているような気がした。
万屋さんの肩からクッキーを銜えたネズミのミスターが飛び降りて、男の子に向かって走って行った。男の子に拾い上げてもらって肩に乗ったミスターは、何かを男の子に囁いたらしい。
男の子が、僕と万屋さんの方を向いた。
視線を交わして、なぜだか確信した——彼はあの時、僕と入れ替わろうとしたふゑあり様だ。
男の子の不安げな視線に、僕は頷いた。
「大丈夫だよ、おいで」
男の子が蔵の外へ足を踏み出した。眩しそうに目をパチパチさせながら、一歩一歩踏みしめるように軒下を歩いている。
眩い光に照らされた色取り取りの広い世界に目を輝かせながら、陽射しの中に手を伸ばそうとして——思い止まったようにその手を引っ込めてしまった。
「おいで」
影の中へ、僕は手を伸ばす。
おそるおそる僕の手に触れた半透明な男の子の手を、ぎゅっと掴んで光の中へ引っ張り出した。
五月の日差しが男の子を包み込む。光への憧れが生んだ執心も、身を焼かれる恐怖も、まるで柔らかな陽射しが祓い清めたように、彼の表情が綻んでいく。
嬉しそうに男の子が笑ったのを見て、涙が溢れた。
男の子に続いて、次々と蔵の中から人が出てくる。みんな誰かと入れ替わって外に出ようとするんじゃなくて、その人本来の姿で光の中へと足を踏み出していった。
陽射しの中で安らかな笑みを浮かべたまま天に昇った霊達を見て、僕はようやく赦された気がした。
「セージ、君はふゑありから逃げ続けたと言っていたが、それは違うと思う。私が思うに、君が何度もふゑありの夢を見たのは、君が彼らを救いたいという強い願いを胸に秘めていたからじゃないだろうか。
現に、君は昨日私が開けた道を通って横町を訪れた。私は待っていたんだよ、ミスターと同じように、ふゑありと呼ばれた人間達を救いたいという願いを持った依頼人を」
袖で涙を拭いながら、僕は何度も頷いた。
僕達の村は、ふゑあり様と呼んで居なかったことにしてしまった人達を、ようやく迎え入れて、柵から解放してあげることができた。
この因習を断てたのは、万屋さんの協力があったからだ。
だけど、お礼を言おうとして振り向いた時——万屋さんの姿は消えていた。
「ありがとうの一言くらい、言わせてくださいよ……万屋さん」
それから、僕達は蔵の前にお供えをした。この蔵は取り壊される予定だけど、村長達は公民館の敷地内に碑を建てる相談をしていた。その碑は、今度こそ村の体裁の為じゃなくて、ふゑあり様と呼んだ彼らの為に建ててくれるそうだ。
子供を蔵に閉じ込める風習も、蔵がなくなったら絶えていくだろう。そうじゃなくても、きっとふゑあり様を見送った村人達は、それを文化と呼ばなくなると思う。
その後の連休は久しぶりに実家で過ごした。
何の準備もせずに帰省してしまったけど、歳の近い弟が服を貸してくれたり、両親は帰りの交通費を出すと言ってくれた。
幼い弟妹達は遊んでと毎日のように僕を囲んだ。
怪異探偵のおかげで、僕は家族の優しさや愛情を素直に受け取れるようになった。ミユには、万屋さんにお別れを言いたかったって恨まれたけど……。
そのミユも、連休中は随分と薄着だった。青白かった肌も、少し日焼けしたようだ。
あれからミユのように日光恐怖症を克服できた村人は多い。僕も、いつの間にか暗所と閉所が気にならなくなっていた。何もかも、万屋さんのおかげだった。
最終日、村から町のバス停まで車で送ってもらうとき、なぜかたくさんの人が僕を見送ってくれた。その理由は、バスの中で知ることになる。
都会に向かうバスは、何度か停まって人を乗せた。
「失礼、隣に座っても?」
「どうぞ」
予約したとき席の隣は空いていたけど、Uターンラッシュのせいか埋まってしまったらしい。相手の顔を見ずに応えてしまったのは失礼だっただろうか。でも、スマホから目をそらすことができなかった。何年か前に会っただけの親戚から、興味深いメールが送られてきていたからだ。
『突然すみません。
村の知り合いから、ふゑあり様の騒ぎと醒司さんの活躍を教えてもらいました。
醒司さんのおかげで私と弟は父を誤解していたことに気づけました。父は日光に弱い体質なのですが、私と弟は、父が本物と入れ替わったふゑあり様だから日光に弱いんじゃないかと疑ってしまっていました。
でも今は、心の底から父に感謝することができるし、父の体質を怖がらずに受け入れてあげることができます。
本当にありがとうございました』
——僕は何もしてないのに。
万屋さん、本当に僕を村の英雄に祭り上げたのか。本当の英雄はあなただし、僕はまだあなたにお礼も言えてないっていうのに。
あの時、どういう道順であわい横丁に辿り着いたのか、思い出そうとしても全く思い出せない。彼が再びあわい横丁への道を開けるまで、きっと僕はあの場所に辿り着く事はできないんだろう。
「万屋さん……またいつか会えますか?」
「呼んだかね?」
首を素早く隣に向ける。そこには、見慣れた緑の目と黒の長髪の——万屋さんがいた!
「何してるんですか!」
「おっと、バスの中だ」
万屋さんが人差し指を口元に当てる仕草をした。バスの中で騒ぐのはよくないって? 確かにそうだけどさ!
周りの視線に頭を下げると、僕は万屋さんに向き直った。
「酷いじゃないですか。事件を解決したら、さよならもなしに帰っちゃうんですから。もう会えないのかと思ってましたよ」
「そのつもり、だったんだがね……」
万屋さんは視線を逸らし、どこかバツが悪そうに頭を掻いた。
「こんな所で何してるんですか? 万屋さんなら、バズなんか使わないで魔法でどこにでも行けるはずでしょ」
「それは、そうなんだが……」
万屋さんは少し困ったように視線を泳がせた。
そういえば、さっきから全く視線が合わない。それに彼の性格からして、僕に伝え忘れた事があるなら開口一番に用件を突き出してきそうなのに、どうして今の今まで静かに隣に座っていたんだ?
伝え忘れた何かは、そんなに言い辛いことなんだろうか……?
「万屋さん、何かマズイことがあるなら早く言ってください。余計怖いじゃないですか」
「その、なんだ……」
視線を逸らしたまま、彼は珍しく歯切れ悪く言葉を紡ぎ出した。
「離れがたくなってしまった」
「……え?」
万屋さんは咳払いすると、早口に言葉を続けた。
「前に伝えた通り、私は姿形こそは人に近いが、本質は人間と異なるあやかし混ざりだ。
物事の捉え方が人間とは違うと理解している。人から見て不気味だということも承知している。
そんな私でも、たまに思うんだ。時には共に頭を抱え、時には事件解決の喜びを分かち合う、そんな苦楽を共にする相棒がいたらどれほど素晴らしいか、と」
万屋さんの目がようやく僕の方を向いた。いつもの鋭さや自信は鳴りを潜め、どこか遠慮がちで不安そうに僕を見つめている。
「セージ、もうしばらく私の助手をやってみないか? もちろん、君の意見を尊重するが……」
僕は迷わず、彼に向かって片手を伸ばした。
「
探偵は少しの間目を瞬かせた後、ようやく僕の手を取り、握手を交わした。
「もちろんだとも。よろしく、セージ」
「だから、醒司ですってば。もしかしてわざと言ってます?」
万屋さんは僕の手を固く握ったまま、照れくさそうに笑った。
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