第10話 滅茶苦茶やる怪異探偵

「村長さん、大丈夫ですか!」

 僕は村長に駆け寄ると助け起こした。


  室内の様子を横目に伺えば、ふゑあり様は万屋さんが用意した人工太陽照明灯の光を本物の太陽光と思い込んでいるのか、物陰に隠れて襲って来ない。


 僕は腰を抜かした村長を背負い、ふゑあり様の様子を窺いながら玄関に向かって後退する。


 じりじりと近づいてくるふゑあり様がいる。騙し続けるのも限界があるようだ。


 警戒しながら出口までの距離を測る——約5メートル、行ける!


 僕はふゑあり様に背を向けると玄関に向かって走り出した。


 玄関まであと少し!


 足音が迫る。ふゑあり様の指が足や肩に触れた。


 村長が情けない叫び声を上げると同時に、僕は引き戸のレールを跨ぎ、叫ぶ、


「万屋さーん!」


「セージ、よくやった」


 万屋さんが僕達を守るように、ふゑあり様の前に立ち塞がった。彼は杖をふゑあり様に向けると、

「そこまでだ」

 たった一言そう発した。

 彼が魔法を使うのは、その一言だけで十分らしい。玄関に押し寄せていたふゑあり様が、見えない力に押し返されるようにして家の奥へ消えていく。


「一先ずこれでいいだろう」

 彼はそう言うと、横目で僕が背中から下ろした村長の様子を窺った。


「ううぅ……。ふゑあり様は幻なんかじゃなかったんだ……」


「その通りですよ、村長。ずっと知らんぷりして閉じ込めていたうえに、居ないことにして居場所まで奪おうとしたから、罰が当たったのです」


 万屋さんは片膝を付き、村長の目を見て話し始めた。


「このままでは今のように、夜な夜なふゑありが現れるようになるでしょう。が、さすがに毎晩とはいきません」


 ——霊感って、何だその設定。

 思わず万屋さんの顔を見ると、彼はいたずらを仕掛けた子供のような顔で僕に目配せしてきた。


「そうだったのか……。昼間はすまなかった。君と君が連れて来た探偵の言った通りだった。ありがとう、醒司せいじ君。本当にありがとう……」


「それでは村長、ふゑありが成仏できるように手を貸していただけますね?」


「もちろんだ。君達の言う通りにしよう」


 その後、村長を公民館にお連れした。公民館は人工太陽照明灯で煌々と照らされていて、既にふゑあり様から助け出した村の役員達が避難していた。

 その中で、村長を見つけた一人が駆け寄って来る——僕の父だ。


「村長! よかった、ご無事でしたか」

「朝霧さん、お宅の醒司君のおかげで助かりました。なんと頼りになる息子さんでしょうか」

「私も醒司に助けられました。我が子ながら誇らしいです」


 公民館の玄関で無事を喜びあう僕の父と村長。そこへ咳払いしながら万屋さんが割って入った。


「公民館には念のため結界を張ってあります。私とセージはまたパトロールに出かけますので、陽が昇るまで絶対外に出てはいけませんよ」


 お礼を言いながら何度も頭を下げる村長と父達に、僕は複雑な思いで一礼して公民館を後にした。


「セージ、胸を張って堂々としていたまえ」

「無理ですよ! だって、こんなのマッチポンプじゃないですか……」



 そう言って、僕は昼間万屋さんと相談した内容を思い出した。


「ふゑありに村長達を襲わせ、ふゑありへの畏怖を思い出させる」

「力技じゃないですか!」


「蔵が壊されるまで時間が無いんだ、それに説得はできない。ならば、これしかあるまい」


「……わかりました。でも、どうやってですか? 

 ふゑあり様は、もしかすると蔵に居場所が限定される前のように、生前閉じ込められた場所になら移動できるのかもしれません。でも、それだと移動先が限定的です。

 蔵に村長達を閉じ込めるんですか?」


「閉じ込める必要はない。ふゑありが納戸神なら、納戸の中にも招けるはずだ。まずは君の家で試そう。ふゑありの依り代の木像も神棚も、今は納戸にあるから成功確率は高い」


「でも、納戸から外には出られるんですか?」


「おそらく、ふゑありは出られない。納戸を新しい居場所と捉えてしまうだろう」


「じゃあ無理じゃないで——」

「だが、出す」


「だが、出す!?」


「境界を維持するあわい横丁の管理人の権限を使い、家の中の仕切りという境界を曖昧にして、どこまでが納戸なのか分からないようにする」


「職権乱用じゃないですか!」


「いや、これこそが管理人の仕事だ。上手くいけば、木像を使って各家にふゑありの怪異を引き起こせる。そのあとはセージ、君の仕事だ」


「ぼ、僕に何をしろと」


「君が家の中に入って、ふゑありに怯える村長達を外に逃がすんだ。そしたら私がふゑありを蔵に送り返す」


「もし、ふゑあり様に捕まったら?」


「作戦決行は夜を予定する。さらに納戸には窓がなく、光が届かない。捕まれば、君も村長達もふゑありの仲間にされてしまうだろう。

 私は納戸の境界を曖昧にする魔法を制御するのに精一杯で助けにいけない。はっきり言うと、危険な任務だ。暗所と閉所を恐れる君には、より辛い物だろう……」


「やります。もう逃げたくないし、安全な所で傍観するなんてできません」


「よく言った。それではセージ、共にあの分からず屋達に灸を据えてやろう』



 隣から笑い声が聞こえ、僕は回想をやめた。


「万屋さん、何笑ってるんですか」

「フフ。納得がいかないという顔だな、セージ」


「当然でしょ。僕達は、ふゑあり様を認めない村長達に無理やり認めさせる為に、ふゑあり様を利用してるんですよ。それにこんな方法で意見を押し通すって、やり方が汚いっていうか……」


「忠告なら昼間した。それにいくら私でも、本当の祟り神になったふゑありの暴走はどうにもできない。

 たとえ昼間日光を当ててふゑありを溶かしたとしても、この村に囚われている限りふゑありは蘇ってしまうんだ」


 溜息が出た。彼に対してじゃなくて、この馬鹿げた事態に対して。


 ふゑあり様を見た癖に、本当は正体に気付いていたかもしれない癖に、幻だと思い込もうとした村長達が怖い目にあったのは、自業自得と言えば、自業自得だ。


 ふゑあり様が日光で溶けても、この村に留まり続けてしまうというなら、ふゑあり様を助ける為にふゑあり様を利用するしかないんだろう。


 つまり、僕達はふゑあり様を使って村長達を襲う事で、ふゑあり様を助け出し、村をふゑあり様から守ろうとしているということになる……。


 滅茶苦茶——怪異探偵を表すなら、この言葉しかない。


 そんな万屋さんを横目に見れば、彼は走りながら片手で村の地図を広げていた。地図に書き込んだ丸は標的の印、各家の納戸の位置は昼間の内にリサーチ済。


 次の家でも納戸に木像を仕掛け、怪奇現象を発生させた後にすんでのところで僕が助け出すという茶番劇を繰り広げた。


「ふむ。今ので最後だな。見事だセージ、素晴らしい働きぶりだった」


 そう言って、全く悪びれることなく爽やかに笑う怪異の探偵。


 だけど僕は、不思議と嫌な気はしなかった。


「万屋さんもお疲れ様。これであとは、朝になったら村長に蔵を開けてもらえば、事件解決ですね」


「そうだな。君は本当に、良い相棒だった。一緒に仕事ができて光栄だったよ……ありがとう、セージ」


 無敵で滅茶苦茶な万屋さんにそこまで感謝されると、少し照れ臭い。


 そのせいか、僕はもう少しだけ、彼の助手を続けてみたいと思い始めていた。

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