第7話 奇妙な木像
「ありがとうございました。おかげさまで、うちも先日から解体作業に入ることができました」
「いやいや、今はどこの家も蔵にあるのはガラクタばかりと悩んでおりますし。維持も難しく、壁や屋根が崩れたまま放置するしかないと嘆く声も聞こえます。うちの村ではこういう時のために自治会費の一部を積み立てていますので」
「うちのように補助をだしていただけて助かった家は多いと思いますよ」
父と話しているのは誰だろう。
「使い魔の報告によると、村長と自治会役員だ」
万屋さんが耳打ちしてきた。
「彼らは蔵を取り壊す予定がある家に自治会費から補助を出す事に決めたらしい。理由は今彼が話した通り。昔と違って今の時代じゃ蔵は負の遺産になっている家が多いようだ」
「だから父さんは、補助金が出るなら今取り壊そうって考えたんですか」
「そのようだ。しかし、妙だな。君の村はふゑありを祀っていたはずだろ。それなのに、なぜふゑありが宿る蔵を取り壊そうとするんだ」
万屋さんは片手を顎に添え、思案を巡らせているようだった。
「ともかく、ふゑありの問題が解決していない今、蔵の取り壊し進めるのは非常に危険だ」
「それなら早く何とかしないと」
「ふゑありを外に出せるのは、村長だけだ。村長の許しがなければ、怪異になった今でも、彼らは蔵の外に出られない」
「僕はどうしたらいいですか?」
「私を紹介してくれたまえ。そしたら私が彼を説得する」
僕は万屋さんを連れて玄関から中に入った。
「ただいま」
「ようこそお越しくださいました」
玄関を開けるとなぜかシャツワンピースに着替えたミユが恭しく出迎えてくれた。というか、お越しくださいましたって何だ。そこはお帰りじゃないのか?
「丁寧にどうもありがとう」
万屋さんが会釈すると、ミユがはにかんだ。なるほど、僕のことは眼中にないってことか。
「はいはい、僕と万屋さんは大事な用があるから通してね」
「その前に、ミユさんに聞きたいことがある」
「は、はいっ」
ミユが跳ねるように返事をした。
——聞きたい事って何だろう。まさか、ナンパじゃないだろうな。
「蔵を取り壊す作業に入る前、蔵の中から家の中に神棚を移したかどうか、教えてくれたまえ」
「え、えっと、ふゑあり様の神棚ですね。今は納戸にあります」
「見せてもらっても?」
ミユは頷くと、家の奥にある納戸に万屋さんを案内した。
戸を開くと、仄かにかび臭い匂いが漂ってくる。納戸は窓が無い小さな部屋で、電気も付かない。物置として使っていたけど、あまり掃除はしていなかった気がする。
埃をかぶった懐かしいおもちゃや、使わなくなったトレーニング器具と一緒に並ぶ神棚を見つけた僕は、納戸の中に足を踏み入れた。
「かわって」
声が聞こえた瞬間、飛び退くように納戸から足を引いた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ミユ、何も聞こえなかったのか」
ミユは首を傾げた。
幻聴だったんだろうか……。
「おもちゃやトレーニング器具に並べて地面にそのまま置くって、なんであんな雑な扱いしてるんだよ」
僕が文句を言うと、すぐにミユは反論してきた。
「だって、お父さんが急いで片付けたから……。私だって、別の場所に移そうと思ったけど、重くて運べなかったんだもん」
僕達がケンカしている間、万屋さんは神棚を観察していたらしい。祀られていた木像を指して、僕を手招きした。
「このふゑありの木像、何かに似ていると思わないか?」
木像に目を向ければ、ふゑあり様は頭巾を被って米俵に乗った穏やかな表情で表されていた。言われてみると、どこかで見たような気がしてくる。
「大黒様に似てるような……」
「そうだな。だが、大黒天が持っているはずの、大きな袋と打ち出の小槌を持っていない。どういう訳か、村人はふゑありを大黒天に似せて祀っていたようだ」
万屋さんは納戸を閉めると、次に座敷への道案内を僕に頼んだ。
「じゃあミユ、またあとでね」
僕はミウのブーイングを受けながら万屋さんを座敷まで連れて行った。
「あの、万屋さんを村長に紹介するのってどうやったらいいですか?」
「嘘を交えず正直に話したらいい。この村で育った人間なら、皆一度はふゑありに遭遇しているはずだ」
僕は頷くと正座して、「失礼します」と一声かけてから襖を開けた。
「
驚く父に目礼すると、父は僕を村長達に紹介してくれた。それに合わせて、僕は深く頭を下げて挨拶をする。
「お世話になっております。この度は蔵の解体を援助してくださり、ありがとうございました」
「いやいや、これはどうもご丁寧に。構いませんよ。今は村中がそうですから」
「実はその事で、折り入ってご相談したいことがございます」
「相談? 何かあったのかね」
「その……ふゑあり様についてです」
「ふゑあり様、だと?」
一瞬にして空気が凍り付く。しかし、怯む訳にはいかない。
「蔵の中にはふゑあり様がおられます。解体工事を進める前に、ふゑあり様を自由にして差し上げたいんです」
途端に笑いが巻き起こった。父も村長も部屋の中にいる僕以外の全員が大口を開けて笑っている。
「な、何で?」
「醒司はまだそんな迷信を信じてるのか」
「ははは。いや、失敬。村の中でも、一部の方は信じていらっしゃいますよ。子供の頃に暗いところに閉じ込められて見た幻は、なかなか忘れられないものでしょう。かくいう私も、成人するまで蔵をまともに見られませんでしたからな」
「村長もですか。実は私も、昔は日光が苦手でして」
これはどういうことだ? 父も村長達も、ふゑあり様を見ていたのに、それを夢や幻だと思い込んでしまっている。
「お願いします、話を聞いてください。ふゑあり様は本当にいるんです。蔵の中に閉じ込められたまま亡くなってしまったから、ふゑあり様になってしまったんですよ!」
「そんな事実はない」
ピタリと笑いが止んだ。村長の顔を見れば、その視線の冷たさに寒気を覚えた。
「悪い噂に惑わされているようだが、この村でそんな悍ましい事が起きたなんて記録はない。蔵の中に不都合な身内を隠したまま死なせてしまうなんて、そんなことは全くなかった」
「……え?」
「今の時代、躾で蔵に閉じ込める事が問題されているのは知っています。でも、この村の風習がそんな悍ましい因習の名残だなんて、そんな訳がない。
村の外に出た君には異質に映るかもしれないが、これはこの村の文化なんだ。閉じ込められて反省して、みんな大人になっていくんだよ」
——ふゑあり様になった人達そのものが、いなかったことにされている。
「どうして……。閉じ込められた人達から名前を奪って、ふゑありと呼んだ次は、村の体裁の為に存在そのものを消そうっていうんですか?」
「醒司、やめなさい。村長さんに失礼だ。村長さんがそうおっしゃるなら、それが真実に決まってるだろ。悪い噂を真に受けるんじゃない」
「真実から目を逸らすのはやめてください! 僕だって恐ろしかった。でも、なかったことにしちゃ駄目だ。僕はただ、ふゑあり様を解放してあげたいだけなんです!」
そのときだった。僕を援護する声は、意外にも低い場所から聞こえた。
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