第6話 陽が怖い妹

 足を止めた僕達の後ろから、小さな足音と大きな声が近づいてきた。


醒司せいじお兄ちゃん! いつ帰ってきたの~?」

「ミユ……」


 僕は反射的に身構えてしまった。


 朝霧ミユ、たくさんいる僕の弟妹の一人で今年中学二年生になる。昔から僕を慕ってくれるし、幼い弟妹達の面倒を見てくれるいい子だ。


 それなのに僕が身構えてしまったのは、ミユが少し特殊な事情を抱えているからだ。


 ミユは今日みたいな曇りの日でも、日傘を差してサングラスをかけている。着古したパーカーとスラックスにはやや不釣り合いな装備にみえるけれど、ミユにはいつだって日傘とサングラスが必要なんだ。


 小学生の頃、蔵に閉じ込められた後からミユは日光を怖がるようになった。まるで光に弱いふゑあり様と入れ替わってしまったようだと、僕は今まで思っていたけど……。


「こんにちは、お嬢さん」

 万屋さんがミユに向かって気障な挨拶をした。


 このド田舎には不釣り合いなほどの正装、おまけに僕から見ても美青年な彼を見てしまったミユは、サングラスをかけていても誤魔化せない程顔を赤くして僕の後ろに隠れた。


 そういえばミユ、小学生の頃から面食いだったっけ……。


「ねえ、お兄ちゃん、連休は忙しいから帰らないって言ったじゃん。イケメンの友達連れて帰って来るならもっと早く教えてよ。もっと可愛い服いっぱいあるのに、こんな服着て来ちゃったじゃん」

「痛い、いたいっ背中叩かないでミユ」


「私が無理を言って連れてきてもらったんだ。お兄さんを許してくれるね? 可愛いお嬢さん」


 フォローのつもりかもしれないけど、これ以上万屋さんをミユに近づけちゃいけない気がした。案の定、耳まで真っ赤にしたミユは大事な日傘を放り出して家の方へと走って逃げていく。


 万屋さんは日傘を拾い上げると、壊れていないか確認するようにくるくると回してから僕に渡した。


「探偵が泥棒ですか」

「傘なら今返したじゃないか」

「気付いてない所が余計にダメです!」


 万屋さんは首を傾げながら、ミユが走り去った方角——僕の実家の方——へ足を向けた。


「その日傘も、今まで君が帰省を避けた理由の一つか。あの杉の木を見るまで近所の風景を思い出せないほど帰らなかっただなんて、余程恐ろしかったんだな」


「仕方ないでしょ。というか、ミユだけじゃなくて、この村にはミユのように日光を異常に恐れる人がたくさんいるんですよ。それも全員、蔵に閉じ込められた後です。

 さっき万屋さんは、ふゑあり様は人と入れ替わって外に出られないと言いましたが、やっぱり蔵から出てきた途端に日光恐怖症なるなんておかしいですよ」


「だからふゑあり様と入れ替わったと考えた方が自然だと?」


「そう考えたくはないですけど、そうとしか考えられないですよ」


 彼は哀れみの目を僕に向けた。


「道理で実家に帰りたくない訳だ。自分以外の周りの人間が、得体の知れない怪物かもしれないという不安に、今の今まで悩まされていたんだな」


「……実際どうなんですか。万屋さんの考えは外れていて、あのミユは本当のミユと入れ替わったふゑあり様なんですか?」


「彼女は本物だ。もし仮にふゑありが入れ替わっていたとしても、奴は日光に当たるだけで溶けてしまう。ただの光恐怖症じゃ済まないだろう。だが、ふゑありと遭遇したことで今のようになったとは考えられる」


「ふゑあり様の祟りですか?」


「祟りは、そんなかわいいもんじゃない。原因は君が暗くて狭いところが恐ろしくなったのと同じだ。

 ふゑありという怪異に遭遇したミユさんは、君と同じようにトラウマを植え付けられた。ただし、彼女は君と違って一度ふゑありに捕らえられてしまったのだろう。

 入れ替わろうとしたふゑありの代わりに、他のふゑありと蔵の中に残された彼女は、自分がふゑありになってしまったと思い込んでしまったんだ」


「あのミユが本物なら、入れ替わったふゑあり様はどこに行ったんですか」


「蔵から出て、日光に焼かれてしまった。

 蔵の戸を開ければ光が差し込むから、他のふゑありはミユさんを解放して逃げ出した。それを見た彼女は、ふゑあり様になった自分は光に当たると同じように溶けてしまうんじゃないかと不安を覚えたんだ。だから光を避けている」


「思い込みってことですか? でも、いくら何でもここまで思い込むって……」


「それだけ恐ろしかったんだよ。君だって、まだ閉所も暗所も克服できていないだろ」


 反論できない……。


 もし彼の仮説が当たっているなら、ミユもまた僕と同じように、孤独を抱えてしまっていたんじゃないだろうか。

 自分自身がふゑあり様になってしまったと打ち明けたら、蔵に閉じ込められてしまうと思って、きっと誰にも言えなかったんだ。


 もし、僕がミユと蔵の中でのことを話せていたら、ミユは光恐怖症なんかにならなかったかも……。


「セージ、大事なのはこれからだ。大切な妹さんの為にも、しっかり私をサポートしてくれたまえ」


 頷いて返事をすると、万屋さんは静かに微笑んだ。


 ようやく実家の玄関が見えてきた。ふと、何かに気付いた万屋さんが足をとめる。


「蔵を取り壊すのか」

「え?」


 彼の視線の先には重機が置かれていた。急いで裏口に回ると、蔵は養生シートで覆われている。


 同じタイミングで、万屋さんの鳥が舞い戻った。彼の腕にとまると鳥は一鳴きして、彼に何かを伝えたようだった。


「なるほど。今、偵察から戻った私の使い魔が教えてくれた。どうやらこの村では蔵を取り壊そうとする動きがあるらしい。しかもマズイことに、この蔵で最後だそうだ。道理で眷属が横町に紛れ込む訳だ」


「眷属? いや、それよりも蔵を壊すって、何でそんなことを」


「理由はこの中だ」


 万屋さんが家の壁に耳を付けたので、僕も耳を付けた。たしかこの壁の向こうには座敷があったはず。


「……この度は……いただき……」


 聞き取りづらいけど、声が聞こえる。


 でも万屋さんが杖で壁を叩くと、音がはっきり聴こえはじめた。また魔法を使ったんだろうか。


「ありがとうございました。おかげさまで、うちも先日から解体作業に入ることができました」


 父の声だ。

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