第10話 女の負けられない戦い
言い争っていても仕方がないということで、俺たちは第190層に来ていた。
一見すると普通の草原エリアのような階層だ。
出てくる魔物も【フェニックス】のようなギミックありの魔物ではなく、ごく普通の魔物だった。
しかし、それゆえに単純な戦闘力がものをいうエリアでもあった。
魔物の単純な戦闘力が高く、草原だから搦め手も使えない。
単純な探索者としての力が発揮されるからこそ、俺たちは第190層に来たわけだが。
ちなみにアリスのファンたちに第190層に来られる人はいなかったみたいで、今いるのは俺とアリス、そして【アルカイア】の面々だ。
「絶対に負けない」
「それはこっちのセリフよ! 蓮の一日使用権は私がいただくわ! 世界一の冒険者、舐めないでよね!」
地平線まで見える草原で天宮さんとアリスが睨み合い威嚇し合う。
今から始まるのは俺の一日使用権を賭けた戦いだ。
天宮さんとアリス、どちらが制限時間内に多くの魔物を狩れるかという勝負をするらしい。
第190層は万が一があっても死なない程度の階層かつ実力がもろに出る階層だから、ここが選ばれたというわけだ。
……って、俺の人権は?
俺、使用権を賭けた争いとか許可してないんですけど?
しかし二人は俄然やる気だ。
ここで水を差してやめさせるのも空気読めないと思われてしまう。
仕方なく諦めて俺は成り行きを見守ることにした。
しかし天宮さんに勝ってもらわないとストレスで俺が倒れるかもしれない。
アリスが勝てば間違いなく俺は彼女とダンジョンに潜らされることになる。
正体を隠したい俺としてはやはり唯一秘密を共有している天宮さんに勝ってほしいところだ。
だがアリスが世界一の冒険者だとすれば、間違いなく天宮さんの分が悪いよな……。
勝てるビジョンが見えない。
最悪、俺が付与スキルで援護するしかない気がする。
本当はやりたくないけど、背に腹は代えられない。
アリスが勝っていろいろボロを出すより、天宮さんがなんか覚醒しました、ってことにしたほうが誤魔化せそうだ。
「では、制限時間は一時間。どちらがより多くの魔物を狩れるかの勝負だな。判定は魔石の量と質で見る。それでいいか?」
天宮さんとアリスの間に立って腕を組んでる【アルカイア】のリーダー
それに二人とも頷いたのを確認すると、新城さんは腕時計のタイマー機能をセットする。
「それじゃあ、始めるけど準備はいいか?」
「ええ、もちろんよ!」
「問題ない」
新城さんは二人が準備できているかを尋ねる。
二人とも問題ないことが確認できると、胸を開き両足を広げて、すうっと息を吸い込んでから大声を発した。
「それでは、斉藤くんの一日使用権を賭けた女の譲れない戦いを――始めるッ!」
言い終わったと同時に駆け出す天宮さんとアリス。
二人とも一般人には出せない速度で消えていく。
最初から全力のようだ。
だが思った通り、天宮さんのほうが走る速度がかなり劣っていた。
その背中を見送りながら茶髪のゆるふわロングのお姉さん
「ねえねえ、やっぱり澪と付き合ってるの?」
「やっぱりって何ですか、やっぱりって。さっきエレベーターに乗ってるときに散々否定しましたよね?」
「えー、確かに否定はされたけどぉ。でも今も心配そうに澪のほう見てたし~」
俺の頬を面白そうに指先でちょんちょんと突きながら桜井さんは言う。
意外とよく見ている。
確かに先ほどから周囲に目を配っている感じはしていたけど。
そこまでよく見ているとは思わなかった。
こういう周囲の様子を伺い摩擦を減らそうとする人って、突然糸が切れたように気力をなくしてパタリといなくなったりするんだよな……。
俺は交友関係が広いほうではないけど、小中では周りを一歩下がったところで眺めるのが好きだった。
大抵、後から転校しただとか、引きこもってしまっただとか、そういったことを先生から聞かされることになる。
まあ桜井さんはもう大人だし、そこら辺は折り合いをつけてそうだけど、こういった冗談半分のからかいは俺の緊張を読み取ってだろうな。
少しは本気で楽しんでるかもしれないけどね。
「まあ、知り合いが負けるよりも勝ってくれたほうが嬉しいのは事実ですから」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか~」
俺がそう言うと、何かを含むように笑って桜井さんはうんうんと頷いた。
……やっぱりさっき考えてたことは間違いかもしれない。
普通に自分の楽しみ十割でからかってきてるだけかも。
自分の読みに自信をなくしそうになったところに、ガバッと後ろから突然抱き着かれた。
そして俺の背中に柔らかい女性の頬が触れ、すりすりとまるで猫がマーキングするかのように擦り付けてくる。
「んん~! 若い男の子の匂いがする~!」
【アルカイア】唯一の海外の女性、エリザさんの声だった。
……外国人だからなのか、ただの性格なのかは分からないけど、この人は極端にパーソナルスペースが狭い気がするな。
気に入ったらすぐに誰にでも距離を縮めそうなタイプだ。
正直、こういった陽キャ気質のタイプは苦手なんだが、エリザさんに関してはちゃんと細かい気遣いを感じるから嫌になれないんだよな。
現に後ろから抱き着いてきて俺の背中をクンカクンカしているけど、俺の腰に回っている腕は簡単に振りほどけそうなほど繊細な力加減だ。
その様子を見てしまった新城さんはバッと顔をそらして、耳まで顔を真っ赤に染めながら叫んだ。
「おい、エリザ! はしたないぞ!」
「え~、大丈夫だよ~! 斉藤くんだって嫌がってないし! でしょ?」
流石にそんな答えづらい質問は無視で。
そう思って無視していると、余計に絡んでくるエリザさん。
「ねえ~、返事くらいしてよ~。嫌ならやめるからさ~」
ぐっ……嫌がってないことを分かって言ってるな、これは。
こちらからは見えないけど、絶対にニヤニヤしてる。
その様子を新城さんは恥ずかしいのか、どうにかして視界に入れないようにしようとしているが、チラチラ見てしまっていて興味津々なのがバレバレだ。
そんなとき――。
ヒュンっと、いきなり氷の礫が俺の頬の横を掠っていった。
速すぎて捉えきれないほどだった。
つうっと頬が浅く切れ血が流れていく。
「……もう、やめよっか」
「お願いします……」
誰がこの氷の礫を飛ばしたのか、なんとなく分かってしまうが、それには触れずにエリザさんは気まずい感じで俺から少し距離をとるのだった。
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