第9話 べ、別に強くないよ?

「君、実はちゃんと強いでしょ?」


 いたずらそうな笑みを浮かべてアリスは言った。

 思わず俺のスッと表情が消える。

 狼狽えてはダメだ、狼狽えてはダメだ。

 自分にそう言い聞かせながら引き攣りそうな頬を必死に宥め、真顔をキープする。

 そして努めて平坦な声で言った。


「そんなわけないです」

「ホントかなぁ……? さっきの動き、素人の動きじゃなかったと思うんだけどなぁ……」

「強くなんてないです、本当です」

「えー、疑わしいなぁ」

「マジです。もう全然強くないです。最弱です、スライムにすら勝てません」

「いやいや、それはないでしょ」

「本当です」


 何度言っても疑わしそうな視線を向けてくるアリス。

 視線がぶつかり、本気で頬の筋肉が痙攣しそうになる。

 でも目を逸らすのもマズい。

 目を逸らしてしまったら認めたも同然になってしまう。

 静寂が訪れ、見つめ合いが続いた。

 長い時間だ。

 一時間にも、一日にさえ思えるような息苦しい時間が過ぎ去り──。


「……てっ、照れるな、これは」


 先にアリスが折れた。

 あっ、危ねぇ……。

 マジあと数秒遅かったら俺が根を上げていたところだった。


「意外とウブなんですね」

「意外とはなんだ、意外とは! 私は純粋純情なんだぞ!」


 俺の言葉にアリスはプンプンと頬を膨らませて抗議する。

 しかし彼女の言葉に周囲のファンたちが一斉に沸いた。

 口笛まで吹いている者もいる。


「お前らぁ! お前らまで私から嫌われたいか!」


 瞬間、ファンたちの歓声がピタッと止んだ。

 流石人気者。

 大衆の扱い方がよく分かってる。


「てか、そうやって話をズラそうとしたって私は騙されないぞ! 早くダンジョン行くぞ!」


 騙されなかったか。

 純粋だけど単純ではないようだ。


 俺は再び手首を握られ、引きずられそうになる。

 しかしここで本気で抵抗すれば自分の実力を示すことになってしまうだろう。

 どうしようか悩んでいたとき。


「ダメ。彼は私たちと潜る」


 そう言って割り込んでくる人がいた。

 天宮さんだ。

 彼女はアリスが握る手に被せるように俺の手首を握ってきて、自分の方に引っ張ろうとする。


「……む。なんで日本一の探索者である【アルカイア】のメンバーがここに?」

「この人は私の友人。今日は彼の手伝いをしにきた」


 天宮さんの言葉にアリスは訝しげに眉を顰める。

 不審げな様子だ。

 しかし天宮さんは被せるように言葉を続ける。


「彼の家は酷く貧乏。キャベツすら買えない。だから食い扶持を求めてダンジョンに来てる」

「……ホントか?」


 アリスは疑うように俺を見て尋ねた。

 俺は頷いて答える。


「はっ、はい。本当です」

「そうか……。私と同等の強さを誇る探索者がそこまで貧乏なわけないか……」


 そりゃそうでしょ。

 いくら弘明寺さんに詐欺られていたとはいえ、世界一の探索者と同等なわけない。

 俺の実力ならどんなに頑張っても中の上が限界だろう。

 天宮さんたち【アルカイア】の面々だって、結局は人気で日本一なだけで、おそらく実力だけで見れば中の下くらいだろうしな。


「というわけで、アリスさんは彼に手を出さないで。彼は私のもの」


 そう言うと、天宮さんは掴んでいた手首から手を離し、今度はアリスに掴まれていない左腕に抱きついてきた。


「なっ……!?」


 突然の行動に俺は驚きの声をあげる。

 アリスも驚き目を見開いた。


「あっ、あなたたち、そういう関係だったの……!?」

「いささか、そうかもしれない」

「それ、日本語として合ってる……?」


 天宮さんの不思議言語に困惑するアリス。

 マイペースな天宮さんはアリスの困惑すらものともせず、俺を引っ張ってエレベーターに向かおうとする。

 その時、少し離れたところから大声が聞こえてきた。


「みんな、澪こっちにいたぞ! もう、勝手にいなくならないでって、いつも言ってるでしょ!」


 そう言いながら近づいてきたのは【アルカイア】のリーダーらしき女性だ。

 黒髪ボブの仕事ができそうな人だった。

 それからゾロゾロと以前見た【アルカイア】のメンバーが集まってくる。

 そして彼女らは俺の方を見て、俺の腕に抱きついている天宮さんを見て、もう一度俺を見て言った。


「もしかして澪の彼氏?」

「澪ってこういう大人しそうな人がタイプなのねぇ」

「可愛い顔の子じゃない。後で私にも貸してね」


 黒髪ボブの女性、ゆるふわロングの女性、金髪くせっ毛ボブの女性、の順でそう言った。

 ……なんか凄い誤解されているような。

 俺がどう否定しようか迷っていると、天宮さんが颯爽と口を開いた。


「彼氏だなんんて……照れる」


 天宮さんはそう言って、恥ずかしそうにポッと頬を染めた。


 ……ん?

 ……んん?


 いつの間に俺たち付き合ったの?

 もしかして時空違う?

 ここは並行世界か何か?


 困惑している俺を傍目に、天宮さんは続けて金髪くせっ毛ボブの外国人の女性にこう言うのだった。


「ちなみにエリザ。この子は私のものだから絶対に貸さないよ」


 だからいつの間に俺は天宮さんのものになったのだろう……?

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