第5話 天宮澪

「八年前……ってことは、もしかして10歳ごろからダンジョンに潜ってる……?」

「あ、はい。そうなりますね」


 追いかけてきた女性の言葉にコクリと頷く。

 すると彼女は難しそうな表情で眉を寄せ、考え込んでしまった。


 ……うっ、き、気まずいっ!

 考え事をしているから話しかけづらいし、そもそも何を話せばいいのかも分からない。

 ……今日もいい天気ですね、とか?

 いやいや、なにそのクソ薄い会話!

 見りゃわかるよ!

 てかそもそも暗くなり始めてるから天気とかよくわからないし!

 でも、待てよ。

 いきなり初対面で踏み入った話をするもんでもないか?

 最初はこういった話題から入るのもワンチャンありか……?


「どうして10歳から潜ろうと思ったの? ……って、おーい、仮面君。聞いてるー?」

「えっ!? あっ、ああ、すいません! ちょっと考え事を!」


 何を話そうか考えていたら、話しかけられていることに気が付かなかった。

 なんてこった、これじゃあ本末転倒だ。

 でも俺って考え事を始めるとそればっかり集中しちゃって、視野が極端に狭くなるんだよな。

 悪い癖だ。

 治したいとは思うけど、そう簡単に治せるもんじゃないしなぁ。

 ……って、マズいマズい!

 また考え事を始めそうになっちゃったよ!


「で、ええと、何を聞こうと……?」

「ん、どうして、どうして……って、あれ、何を聞こうと思ってたんだっけ?」

「忘れちゃったんですか?」

「う~ん、よくあるんだよねぇ。私ってすぐ言いたいこと忘れちゃうから」


 確かに俺もそれは経験あるな。

 俺は共感するように頷いて言った。


「思考があちこち飛んでいくから、直前に考えていたこともすぐに忘れちゃうんですよね」

「そうそう! 一秒前と考えていることが全然違うというか、ちょっとした刺激ですぐに思考が切り替わっちゃうんだよね!」

「あー、分かります! ホント、猫が目の前を横切っただけでその猫のことに思考を奪われたりしますよね!」

「うんうん、そうなんだよ~。困っちゃうよね~」


 ──って、また話ズレてるけど!?

 気分屋というか、思考が拡散しているというか。

 天然とか、ボンヤリしているとか言われがちな人はいつもこんな感じだよなぁ。


「それで、何を言おうとしてたんです?」

「う~む、やっぱり思い出せないから、後で思い出したらまた聞くね」

「そうしてください。てかそもそも、何で俺を追いかけてたんです?」

「あー、それは普通に一昨日のお礼をしようと思って。助けてくれたじゃん」


 助けたつもりじゃなかったんだけどね。

 正直、あれくらいの魔物に苦戦してるとは思わなかった。

 まあ口が裂けても言えないけど。

 そもそも彼女たちは日本一の探索者パーティーらしいし、俺の常識が間違ってる可能性も……。

 って、そうか!

 日本一と言っても、強さで日本一なんて結衣は言ってなかったな!

 結衣は人気者だって言ってたから、人気で日本一なだけで、強さはそこまででもないのだろう!

 ふう……危ない危ない、危うく勘違いするところだった。


「まあ、あれくらいの魔物なら任せてください! ちゃちゃっと助けますよ!」


 俺が言うと何故か女性は苦笑いを浮かべた。


「そう? それならお願いしようかな。そんなこと言えるの、仮面君だけだと思うけどね」

「……だから、仮面君はやめてください」

「えー、いいじゃん。可愛いでしょ、仮面君って」

「いや、全然」


 俺が真顔で首を横に振って否定すると、女性はピシリと固まった。

 それからじっくりと十数秒後、驚き目を見開く。


「…………えっ!? そんな馬鹿な!?」

「いや、仮面君とか何も可愛くないですよ。普通にヤバそうな人に聞こえます」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ……」


 俺の言葉に不服そうに口を尖らせる女性。

 この話は平行線を辿りそうな気がしたし、そろそろ家で結衣が夕飯を待ってると思うから、俺は一言告げて帰ることにした。


「それじゃあ、俺はもう帰るので。気を付けて帰ってくださいね」

「……ん? 私もお邪魔するよ? 君んち」


 何気なく言われたその言葉に、今度は俺がたっぷりと固まる番なのだった。


「…………は!? うち来るの!?」



   +++



「へぇ……! 本当に貧乏なんだね!」


 ストーカーの女性……もとい天宮澪あまみやみおは俺たちの家に入るや否や、そう言った。


「凄くはっきりモノを言いますね」

「お兄ちゃん、私この人きらい」


 家で待っていた結衣までむすっとして言った。

 まあ結衣の場合は貧乏って言われたことよりも、俺が女性を連れてきたことに苛立ってそうだけど。


「でも、その借金取りのぐ、ぐ、ぐ……紅蓮花って人に騙されてたんなんて、凄くかわいそう」

「弘明寺です。勝手に無駄にかっこいい名前に改名しないでください。……はあ、いろいろ聞いて自分の世間知らずさを思い知らされましたよ」


 俺は帰路の道中、天宮さんに事情を話した。

 すると俺が騙されていることを教えてもらった。


「そうだね~、めちゃくちゃ世間知らずだよね!」

「繰り返さなくていいので」

「ごめんごめん。でもまだ反撃を行動には起こせないよね~。未成年でダンジョンに潜ってる時点で10:0には出来ないから、弘明寺って人からいろいろ証拠とかを集めたほうがいいからね」

「そうですよね……。まだしばらくこの貧乏生活が続くのか……」


 それを聞いてガックシと肩を落とす。

 それを真似て結衣もガックシと肩を落とした。


「まあ、いっそ殺しちゃうって手もあるけど」

「う~ん、それはちょっと……。結局、借金を作った両親が悪いのは事実なので」


 すると再び天宮さんは思考の底に潜り込んだ。

 しばらく帰ってこなさそうだったから、俺は結衣のほうを向いてこう言った。


「それじゃあ、流石にかなり腹減ったし、まずは焼きそば、作るか」

「そうだね、お兄ちゃん! 久しぶりの共同作業だよ!」

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