第4話 真っ黒なストーカー
結衣から仮面姿が配信されてしまったことを聞いた翌日。
俺は一人でスーパーに買い物に来ていた。
ダンジョン帰りだ。
もちろんあの仮面はリュックにしまい、何食わぬ顔で野菜コーナーを眺める。
「……最近、値上がりがヤバい」
なんだよ、キャベツで300円越えって。
せっかくもう一度【不死鳥の尾羽】をゲットして、一万円も手に入れてしまったから、ちょっと豪勢な食卓にしたいと思ったのに。
流石にキャベツ300円は買えん。
そんな風にスーパーを物色していると、ふと背後からの視線を感じた。
チラリと高速で後ろを見る。
出来うる限りの最速だ。
これなら一般人には後ろを振り向いたことすら察知されないだろう。
……なんか怪しいヤツ、いるぅうう。
黒マスクにサングラス、真っ黒なパーカーを被った小柄な人が棚の陰からじっとこちらを伺っていた。
あの周囲に人が寄ってないことに彼(?)は気が付いていないのだろうか。
てか、誰だよ。
もしかして借金を取り立てに来る人が変わったのか?
冬でもアロハシャツとハーパンを着て、ブリーチのし過ぎでガビガビになった金髪で、夜でもグラサンをかけている弘明寺さんには到底見えない。
でもあんな目立つ格好するか、普通……?
そう思って首を傾げるが、他に心当たりはな……って、そうか、昨日俺の仮面姿が全世界に大公開されたんだった。
まだ正体がバレてないと思ってたけど、そうじゃないのか?
もう正体バレてる……?
だとしたらいったんマズいか。
未成年でダンジョンに潜ってるってことがバレたってことだもんな。
ワンチャン、警察の可能性もあるか?
……うん、逃げるか。
急いで袋の焼きそばともやしだけ買い、スーパーを出た。
やっぱりついてきてる。
覚悟を決め、俺は一気に地面を蹴り上げて駆け出した。
「あっ……! ちょ、ちょっと!」
後ろから声が聞こえる。
高い声だ。
もしかして女性だったのか?
確かに小柄だったしな。
だが関係ない。
街中で出しても良さそうな程度の全力で駆ける。
……って。
「待って! ちょっと待って! ――ああもう、速すぎ! いいから止まって!」
何故か俺と並走している。
もしや一般人じゃない……?
探索者か。
でもそれだったら俺に何の用だろう?
ともかく、警察じゃないと分かった俺は、いったん足を止める。
するとその女性も足を止めるが、ぜえぜえと荒い息を吐いてへたり込んでしまった。
「はあはあ……速すぎだって……。いったい何層まで潜ってるの……」
そう言いながらその女性はマスクを外し、着ていたパーカーも脱ぎ始めた。
その下はやけに薄いタンクトップだった。
「って、ちょっ! なんでいきなり脱ぎ始めるんですか!?」
思わず叫んだ。
下着すらつけてなさそうなくらい、はっきりと胸の形が分かる。
確かに夕暮れ時で薄暗いし、いつの間にか誰もいない裏路地まで来てたけどさ!
まだここ公共の場なんですが!?
そもそも見知らぬ人の前で脱がないで欲しかった!
「ん? ああ、いや、暑いし」
つけていたサングラスも外して、ようやくその顔が分かる。
一昨日に助けた冒険者パーティーのうちの一人だった。
一番小柄で、黒髪のさらさらしたロングヘアが特徴的な、どこかボンヤリしていそうな女性だ。
もしかするとまだ少女と呼べる歳かもしれない。
まあダンジョンに潜っている時点で二十歳を超えているはずだけど。
未成年じゃないかと思えるほど幼い顔立ちだ。
「走ったから暑いのは分かりますけど……」
思わず呆れてそう言う。
なんだか逃げる気もなくなってしまった。
って、ただでさえゆるゆるの襟をパタパタ仰がないで欲しい。
先端まで見えそうになってるから。
俺はあえて意識を逸らすようにその女性に質問した。
「それよりも、何で俺をつけたりしてたんですか? もしかして逮捕しようとしてます?」
「逮捕……? 悪いことしてるの?」
あっ。
やっちまった。
変な情報与えちゃった。
俺がそれに気が付いた時にはもう遅く、興味津々といった表情でグイっと顔を近づけてきた。
微かな汗の香りと、女性特有の匂いが混ざりあって、なんだかクラクラしてくる。
「ねえねえ、何で逮捕なの?」
「いえ、知りません」
「えー、教えてよ。いいじゃん、ちょっとくらい」
「駄目です」
「じゃあ、何してくれたら教えてくれる? おっぱい見る?」
「見たいd……いえ、見ません」
危ない危ない、危うく騙されるところだった。
そんな、見せてくれるわけないだろ普通。
絶対教えた後に『やーい、騙されたー!』とか言われるんだろうな。
そう思って断ると、女性は口を尖らせて拗ねたように言った。
「ホントなのになぁ……」
「教えるので、見せてください」
そして俺はゲロった。
ちなみに、とても鮮やかで可愛らしい感じだったとだけ伝えておこう。
「そうなんだぁ……仮面君って未成年なんだぁ……って、え? 未成年?」
ボンヤリと呟いた後、その女性はピシリと固まる。
そしてギチギチと壊れたロボットみたいな動きで俺のほうに顔を向けた。
俺は仮面君ってあだ名のほうが気になるんだけど。
受け取り手によっては悪口になるあだ名だからね、それ。
「未成年でそんな強いの?」
「え? ああ、強いかは分からないですけど、未成年なのは間違いないです」
そんなことを言いながらも、俺はてれてれと頬を掻く。
強いって、そんなぁ。
俺なんて全然強くないよぉ~。
でも、確かに、お世辞だったとしても、少しは嬉しいかなぁ~。
こんな美人……ってか、もはや美少女に褒められるなんてなぁ。
「何年ダンジョンに潜ってるの?」
「ええと、何年でしたっけ? 確か……八年くらいだったような」
10歳前後から潜ってるからなぁ。
両親が借金を残して死んだのも八年くらい前だったし。
俺の言葉を聞いたその女性は、目を見開き固まって、口を震えさせながらこう呟くのだった。
「は、八年……?」
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